完全番外編『間宮の過去』終局(後半)
- mamiya_AFS
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どれくらいそうして坐り込んでいただろうか。 陽の角度が変わった事で、境内の木々の隙間から洩れる光が顔に当たった事で、間宮はぼんやりと目線を動かす。 周りには誰もいない。 石畳に残る血痕だけが先程の光景が現実であったと彼女に再認識させる。
2014-06-07 14:22:01乾いた唇を震わせて、緩慢な動きで立ち上がる。 そして眩暈に数歩踊らされる。 まず感じたのは喉の渇きだった。 全力で駆けたり、長い石段を登ったりと。真夏の昼間だというのに運動をし続けた。 そうでなくても相次ぐショックな出来事の連続に、叫んだり涙を流したりと水分を失い過ぎている。
2014-06-07 14:25:39ほぼ本能的に境内の隅を見やり、とぼとぼと歩きだす。 社務所の裏手に蛇口が4つ横に並ぶ水道があるのは知っている。小さい頃から手を洗ったり喉の渇きを癒したりと何度も使ってきていた。 蛇口の1つはホースが繋がっており、だらりと伸びて建物の陰に吸い込まれている。 屈んでから、気付く。
2014-06-07 14:31:33思い出すのは今朝の医師の言葉。 「水」 どういう理屈かはわからないが、村では自分だけがまだ発症していないらしい。だが、それがこの先ずっとである保障など少したりとも無い。この水を飲めば、その瞬間リミットを超えて発症するのではないか。 危惧。 恐怖。 枯渇。 水が。
2014-06-07 14:34:04発狂した医師の姿が脳裏に浮かぶ。 異臭と恐怖を思い出し背筋を冷やす。 少女に撃ち殺された親子の光景が瞼の裏に浮かぶ。 悲鳴を口にする事も無く永遠に成長を失った男の子の顔が。 蛇口を掴んだまま彼女の動きを制す。
2014-06-07 14:38:45水を欲するという生命の根源から来る欲求を振り払う。 顔を横に振り、足元に伸びる藍色のホースを虚ろな瞳で見下ろす。
2014-06-07 14:40:09神主とその家族が所有している自動車の清掃や、境内への水撒きなどにホースが使われているのは知っていた。が、使った後には常に片されていたし、何よりもホースの先が建物の方向に続いているのが気になった。 水への欲求に背を向ける意味でも、好奇心に身を任せ夢遊病者のように立ち上がる。
2014-06-07 14:42:28場所が場所だけに、通常の家庭用のそれより遙かに長い管をなぞるように砂利を踏み締めて前に進む。 ごく普通の一軒家と変わらない居住用の建物の直角の壁に沿うように曲がっている。 別段何も考える事もなく、壁に手を当て、覗き込む。
2014-06-07 14:49:54建物の裏手。 広がる庭。 丁寧に育てられた花や木の葉が陽の光の中見えた。 中心。 大きなトタン板の上で先程親子の遺体を運び去った男達が、にくを貪っていた。 ある者は両手でだらりと伸びるピンクに歯を立て。 ある者は四つん這いで音を立てて噛み付いて。
2014-06-07 14:55:44転がる2つの大きなにくと小さなにく。 傍に脱がされたのか引き剥がしたのか衣服が適当に転がっている。 2本の鉈が転がっていた。共に赤と何かの白をこびり付かせていた。 間宮の悲鳴に彼らが揃って顔を向ける。赤だらけになった顔で、血走った瞳をぎょろりと動かして少女を見る。
2014-06-07 14:58:031人を残し、男達は再び音を立てて租借を開始する。 くちゃくちゃ ぴちゃぴちゃ 無心で腕の形を辛うじて残すにくや、だらりと垂れる桃色にかぶりつく。 間宮を見詰めたままの1人が、口だけを動かして言葉を発する。 「しみないんだ。これだけは、舌に。しみないんダよ」
2014-06-07 15:01:56「食べられるんだこれなら」「おいしいおいしい」「コラ、骨までしゃぶれよもったいない!」「舌にしみないんダ」「くちゃくちゃ」「おいしいおいしい」「しみない痛くないんダ」「おいしいよおぉぉぉ」「君も、食べるかい?」「それは俺が残しておいたんだぞ!」「ああああああおいしいぃぃぃぃ」
2014-06-07 15:04:21喋っていた。 共に段差を登った。 笑顔を知っている。 一緒に遊んであげた事も、晩御飯を御馳走になった事もある。 生きていた。 ついさっきまで。 手を繋いでいた。 泣いていた。 ついさっきまで。 銃声が響くまで。 日下河親子。 彼らの遺体が。
2014-06-07 15:08:56