画家と騎士#1 【2014加筆修正版】

減衰世界 @decay_world

この廃屋は病に倒れ死んだ騎士の家だったらしい。大きな屋敷だ。だが、管理は行き届いておらず、庭木は伸び放題。窓ガラスはいくつも割れ補修してあった。治療費が無く病気などでそのまま死ぬのは、この世界ではよくある話だった。しかし土地だけはどうしても売れなかったのだろう。 21

減衰世界 @decay_world

廃屋は自治体によって封鎖されていた。ギルドの通行書で中に入れてもらう。作りのしっかりした家だった。元は裕福な家だったのだろうか。ミェルヒとクレンツは玄関から中へと入り、慎重に通路を進む。家具や照明器具の類はほとんど無かった。ギリギリまで切りつめていたのだろう。 22

減衰世界 @decay_world

そのとき、奥の部屋で物音がした。クレンツは驚きもせずつぶやく。「ヘヘ、ウサギちゃんかな？」　慎重に、音のした方へと進む。ミェルヒはその背後を恐る恐る歩く。薄暗い屋敷の中は埃が舞い、光を受けてきらきらと輝いていた。 23

減衰世界 @decay_world

◆3

減衰世界 @decay_world

扉を蹴破り、クレンツは剣を構えて部屋に飛び込む！　女性の悲鳴！　「きゃー！」　「ん…？」　部屋には、ボロを着た痩せた娘がいた。突然の侵入者に怯えている。「ななな、なんですかアナタタチ！　ひっ、ひとの家ですよぉー！」　ボサボサの黒い髪、碧の目。 24

減衰世界 @decay_world

部屋には、幾つもの絵が積み上がっている。床にはゴミが散らかり、しばらくここに滞在していたことを思わせる。「お前は誰だ。事情を話してもらおうか」　娘は怯えながらも事情を話し始めた。娘はエンジェという名前で、死んだ騎士の親戚だったらしい。この部屋の主だという。 25

減衰世界 @decay_world

騎士が亡くなる前から親戚のつてでこの家に住んでいたが、騎士が亡くなってからはしばらく引き籠っていたらしい。「……で、この騒動に気付いてなかった、と」　「レイオンはいいひとでしたー…ぐす、売れない画家のわたしを支えてくれて…」　レイオン――死んだ騎士の名前だ。 26

減衰世界 @decay_world

「ともかく、亡霊と言うものは、だんだん自我が壊れていくから非常に危ないんだ」　クレンツはエンジェを説得する。「いまお嬢ちゃんが安全でも、いつ牙をむくか分からない……なぁに、すぐ安らかに眠らせてやるよ」　「そうですね……それがレイオンのためですね……」 27

減衰世界 @decay_world

亡霊はすぐに暴走するわけではない。人並み外れた身体能力や、超常能力を得るが、性格はすぐには変化しない。しばらくは生前の行動を繰り返すのだ。学生であったら普通に登校したりするし、職人だったら仕事の続きをしていたりする。その間に、死霊を何とかするのが安全である。 28

減衰世界 @decay_world

ミェルヒはクレンツがエンジェを説得している間――部屋に散乱する絵を見ていた。上手い絵ではない。モチーフは凡庸で、売れそうにもない。しかし、どこか何かを感じさせるような……そんな絵だった。レストランの料理に及ばない手料理でも満足することができるように。 29

減衰世界 @decay_world

話声に涙声が混じる。ミェルヒはエンジェの横顔をちらりと見た。話を脇で聞いていると、騎士レイオンの支援が無くなり、思うように稼げず、金が底をついてきたらしい。エンジェの頬はこけて顔色は悪い。ここ数日あまり食べてないと言っていた。ミェルヒは少し悲しくなった。 30

減衰世界 @decay_world

その時である！　「ただいま……」　くたびれたような男の声が、玄関の方から響いてきた。全員に緊張が走る！　会話を止め、静かに耳を澄ます。足音が、次第に近づいてくる。金属のブーツの足音だ。「エンジェ……心配かけたね……いっぱい、稼いできたよ……」 31

減衰世界 @decay_world

魂が引き絞られるような囁き声。声量は小さいはずなのに、心の底まで響き渡る。すぐ近くの廊下まで、足音は接近してきた。クレンツが剣を抜き構える。「レイオン……なの……？　もう、もういいの！　もう、眠ってレイオン……」　壊れたドアの向こうの廊下に、エンジェは語りかけた。 32

減衰世界 @decay_world

やがて、ゆらりと、錆だらけで赤褐色になった鎧の騎士が姿を現した。頭を完全に覆う兜、バシネットを被っており表情は窺えない。部屋の入口に、その騎士……レイオンは棒立ちになっていた。「おうああああ！」　クレンツは叫び声をあげて、力任せに剣を振りおろす！ 33

減衰世界 @decay_world

――画家と騎士#1　（了）　#2へつづく