ケンペイ天狗「ブラックジャケット・アンド・サイバーサングラス」

アナ・イゴール @KNPITNG

「―――多摩」既に男の目には、既に仮面の上からでも分かるほど赤黒い炎が灯っていた。目を閉じ、その灯を眼窩に閉じる。男は悔悟と懺悔を吐き出し終えると、小さく息を吸った。「始めるぞ。私達、全員で」血を溜めた水盆のように赤い目を、開ける。 27 #ケンペイ天狗

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ケンペイとは旧世界の日本に存在した外法を以って外法を葬り去る暗黒制裁者の名。天狗とは日本に古来より伝わるフェアリー、人を救うボンズを目指す者が己の悪に飲まれて産まれる怪物の名。しかしその男はケンペイでもなく、天狗でもなく、ケンペイ天狗であった。 28 #ケンペイ天狗

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「ブラック提督！殺すべし！」死神が跳ぶ！恐るべき速度！しかし翔鶴は足を止め最後の矢を弓につがえた。戦艦主砲が敵にある以上、もはや遠距離を保てば良いというものではない。万全の姿勢で迎撃が妙手！「全機、発艦してください！」総勢８０を超える艦載機が全方位に飛び立つ！29 #ケンペイ天狗

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「イヤーッ！」零戦！彗星！流星！スコールめいた機銃弾と爆撃の雨の中を死神は飢えた肉食獣めいて身を伏して駆ける！「イヤーッ！」「イヤーッ！」十字砲火めいて飛来した二機の流星を対空砲で撃墜、さらに翔鶴へ１６インチ砲を放つ！「イヤーッ！」 30 #ケンペイ天狗

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KRATOOM！飛来する致死的な砲撃を翔鶴は側転回避！隣接する廃ビルが流れ弾を受け破砕倒壊！翔鶴は首筋に鳥肌が立つのを感じた。旗艦級戦艦ル級を想起させる威力、だが！「鉄底海峡に比べれば貴方など！第二次攻撃隊！フォローを！」１２機の流星が死神へ向けて飛ぶ！ 31 #ケンペイ天狗

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「イヤーッ！イヤーッ！イヤーッ！」「イヤーッ！イヤーッ！イヤーッ！」雷撃の雨と火柱の間を側転で回避しながら死神は翔鶴へ砲撃を続ける！互いに一撃でも受ければネギトロめいて死ぬであろう致死的応酬！「イヤーッ！イヤーッ！イヤーッ！」「イヤーッ！イヤーッ！イヤーッ！」32 #ケンペイ天狗

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「イヤーッ！イヤーッ！イヤーッ！」「イヤーッ！イヤーッ！イヤーッ！」翔鶴は艦載機を操る手を休めない。自身の空母カラテを破れるのは一航戦以外にはいないという絶対的自負。このような深海棲艦一匹、アイアンボトムサウンドの悪夢に比べれば。翔鶴は自分に言い聞かせる。 33 #ケンペイ天狗

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だが。翔鶴の掌にジワリと汗が滲む。目の前の狂人のこの圧力はなんだ。防空巡洋艦めいた対空火力。駆逐艦めいた機動力。戦艦めいた砲撃火力。まるで一つの鎮守府を丸ごと相手取っているかのような。「一気に……カイシャクを！」翔鶴がバックステップ！「全機！突撃！」 34 #ケンペイ天狗

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牽制のため周囲を旋回していた艦載機が一斉に渦を巻き死神へと収束していく。だがその瞬間、翔鶴はケンペイ天狗の目が一際赤く光るのを見た。「多摩！」ケンペイの足に縄めいた筋肉が浮かび上がり、「イヤーッ！」爆発的跳躍！全身を爆撃と機銃弾に裂かれながら翔鶴へ跳ぶ！ 35 #ケンペイ天狗

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「バカナ！？」今、翔鶴の周囲に艦載機はいない。そしてそれらが呼び戻されるより速く、両者は夜戦距離に突入した！「イヤーッ！」死神の斧めいて重鋭な空中サイドキックを翔鶴は左腕で受け止める！骨が軋む音と共に走る激痛！「ンアーッ！」 36 #ケンペイ天狗

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「彗星、戻って……！」「イヤーッ！」パイルバンカーめいた左ジキ・ツキが翔鶴の右肩を打つ！「ンアーッ！」飛行甲板にヒビが走る！翔鶴は霞む目で戻ってきた彗星を爆撃体勢に入らせる。この位置では相討ちになる。一瞬の迷いが脳裏をよぎる。「イヤーッ！」対空砲が彗星を撃墜！37 #ケンペイ天狗

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「イヤーッ！」「ンアーッ！」死神の回し蹴りに肋骨を砕かれ、翔鶴は崩れる身体を辛うじて膝で支えた。「流星……！」既に艦載機は戻ってきた。ならば。だが、死神は既に右腕を翔鶴の飛行甲板に向け構えていた。１６インチ三連装砲。翔鶴は避けようとした。足だけが僅かに動いた。38 #ケンペイ天狗

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「何度でも！水底へ！沈んでいけ！イイヤアアアーッ！」ケンペイ天狗の禍々しい艤装から赤黒い砲弾が放たれ、翔鶴の飛行甲板を破砕する！「ンアーッ！」翔鶴は後方へ倒れながら喘いだ。「提、督……指示を……！」艤装を失った強烈な衝撃と喪失感により、彼女は気を失った。 39 #ケンペイ天狗

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……廃兵院を燃やし尽くした火は消え、赤い雪は再び地面に降り積もり始めていた。 40 #ケンペイ天狗

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倒れた翔鶴の銀の髪に赤い雪が僅かなコントラストを作る。「……役立たずめ」ヨンダはそれを見て、腹の底から絞り出すように吐き捨てた。「ハイクを詠め、ヨンダ＝少将」その背後に死神が迫る。「よもやブザマに今更命乞いもあるまい」 41 #ケンペイ天狗

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「まさかアイアンボトムサウンドを生き抜いた俺がこんなところで死ぬことになろうとは」眉間に深い皺を作りヨンダが振り返った。「だが聞かせろ、我々ブラック提督を殺してなんとする。何も変わらぬぞ。深海棲艦は生まれ続ける。唯一対抗できる我々提督に人々は服従するしかない」42 #ケンペイ天狗

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「ヨン……グワーッ！」身を起こし何かを言おうとしたスズキをヨンダが痛烈に踏みつけた。ヨンダは朗々と語り続ける。「我々に従うよう産まれた艦娘と、我々にしか倒せぬ深海棲艦という敵。弱者は深海棲艦に食われて死ぬか、内地で我々の糧となるかの二択。当然の帰結だ」 43 #ケンペイ天狗

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死神は目を閉じ、ヨンダの言葉を黙して聞いていた。「この戦争が何十年続いてると思う？これは我々に与えられた新しい戦争、否、社会の摂理だ。我々強者が弱者を支配するのだ。ケンペイ天狗＝サン、お前ならば我々と」その時、死神の赤く禍々しい目が開いた。「関係無い。死ね」 44 #ケンペイ天狗

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「ザッケンナコラー！」「グワーッ！」激昂したヨンダがスズキの背を踏みつけ、銃を突きつける！「俺を殺すならばこの男を殺―――」既にその時、死神の決断的チョップは放たれていた。ヨンダの頭が胴体から転げ落ちる。機密保持用自決爆薬が着火し、「サヨナラ！」爆発四散した。45 #ケンペイ天狗

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赤い雪が火の消えた廃兵院へと降り注ぐ。「クソグラサン！大丈夫！？」曙がスズキを助け起こすのを、ケンペイ天狗はじっと見つめていた。彼らはこれからどうするのだろうか？だが、命は残った。静寂を遠いジングルベルが埋める。ケンペイ天狗は踵を返し、立ち去ろうとした。 46 #ケンペイ天狗

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「おい、待ってくれよ」不意の呼び止める声にケンペイ天狗は振り返った。曙に助け起こされたスズキが、今度は倒れた翔鶴を助け起こそうと肩を貸し、よろめいていた。「これからどうするんだ？」「ブラック提督を殺す」スズキは苦笑しケンペイに何かを投げる。「これ、持ってけよ」 47#ケンペイ天狗

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ケンペイは投げ渡された物を見た。漆黒のサイバーサングラス。スズキが着用しているものと同じ物だ。「スペアなんだが俺にはもう必要無いからな」「クソグラサン？」スズキは、壊れたサングラスを外し曙の目を見て微笑む。「貸したジャケットも一緒にやるよ、変装用に良いだろ？」48 #ケンペイ天狗

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「私は深海棲艦だぞ。敵に塩を送るような真似を」ケンペイ天狗は一瞬戸惑い、言った。スズキは笑って答える。「俺達提督や艦娘は怨念や憎悪に囚われちまった深海棲艦を浄化して艦娘に戻してやるために戦ってるんだ。深海棲艦は救出対象であっても、敵じゃあない」 49 #ケンペイ天狗

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「そうよクソ赤眼」曙が頷いた。「それに今は変装用でも、いずれは人間として暮らせる時が来るはずでしょ？」ケンペイ天狗は無言だった。表情はオメーンに堅く隠され、分かりようもない。そして僅かな沈黙の後、ケンペイ天狗は踵を返し、躊躇わずに跳んだ。「イヤーッ！」 50 #ケンペイ天狗

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……後ろ姿はすぐに雪とネオン街に紛れ、見えなくなった。「ねえ、クソグラサン。これからどうする？」曙はスズキを見上げる。「そうだな、他の艦娘達を呼び戻して……ああ、その前に」スズキは曙を見返して笑った。「新しい呼び名を考えてもらうか。もうグラサンじゃないし、な」51 #ケンペイ天狗