スパイスを探しに#3

冒険者の二人がスパイスを取りにあるダンジョンを訪れたときの話です。そこには不思議な老人がいて…… #1はこちら http://togetter.com/li/798275 #2はこちら http://togetter.com/li/801267 #4はこちら http://togetter.com/li/809985 続きを読む
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奥に進むにつれ、ミェルヒは異常を感じるようになる。「なんだ……この声。誰かいるのか?」 そう、どこからともなく大人数の声が聞こえてくるのだ。ささやき声のような小さな声である。まるで静かな喫茶店から外の喧騒を聞くような……そんな声が聞こえるのだ。「エンジェ、何か見える?」 85

2015-04-12 19:06:15
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「分かんない……誰も見えない」 重機に遮られて視界が悪い。しかし、その重機にも異変が現れた。なんと、ぴかぴかとランプを光らせて重機が動き出したのだ! 重機が次々と坑道から巨大ホールに向けて動いていく! 「なんだ、おじいさん、生きているのか?」 二人は重機を避けながら進む。 86

2015-04-12 19:08:34
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ミェルヒは重機に挟まれないように進む。工場が全体的に活性化を始める。囁き声は大きくなっていく。やがて幾人もの影が見えるようになり始めた。それはまるで影絵の登場人物のようにはっきりしない。「今期の収穫は……」 「スパイスの発育が……」 そんな声が聞きとれる。 87

2015-04-12 19:11:53
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エンジェは必死にミェルヒの後を追いかける。「おじいちゃん、どこにいるの? この声は何?」 答えは返ってこない。やがて、二人は坑道の突きあたり、もうひとつのゲートへと辿りついた。手を触れると、ゆっくりと扉は開く。その先にあったのは……広大な、スパイス畑だった。 88

2015-04-12 19:16:55
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スパイス畑は、巨大なドームの中にまるで草原のように広がっていた。このドームにも先程のドームと同じように重機やクレーンが天井からぶら下がっていたが、例の芋虫の姿は欠片も無かった。赤い実をつけるスパイスが、風もないのに揺れていた。そのドームの中心に、石碑がひとつあった。 89

2015-04-12 19:31:50
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「ここは……」 ミェルヒは呆然と呟いた。エンジェは肩を抱いて言う。「ここ……普通の世界じゃない。魔法の空間。私の体に埋め込まれた魔法のシリンダーが疼いて仕方ないの」 ミェルヒはスパイスの草原をかき分けて石碑に近づいた。そこに全ての答えがある気がした。 90

2015-04-12 19:34:52
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石碑は背の高い草で覆われていた。草をかき分けると、そこに老人が座って祈りを捧げていた。先程糸の渦に飲まれて爆発したはずの老人が……。彼はゆっくりとミェルヒに振り返った。「これはワシの墓じゃよ」 石碑には大きく老人の名前……“グラード・ベリシュ”の名が刻まれている。 91

2015-04-12 19:38:08
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「本当はこんな豪華な墓など建てられておらん。工場内部で起きた爆発で、ワシは死んだ。工場は放棄されたまま、ワシの死体は回収されておらん。虚しい話じゃ。ワシの夢だけがこうして霊体を持って……夢の続きを叶えようとしておったのじゃ」 ミェルヒは石碑の前を見る。 92

2015-04-12 19:40:47
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石碑の前には、現金の山が築かれていた。老人は懐から財布を取り出し、中身を石碑の前に積み上げた。「夢の続きを追い求めるはずが、ワシのやっていたことは通行料を積み立てるだけじゃった……この工場に巣くう化け物を、一掃するだけの力を持った冒険者……それを雇うための」 93

2015-04-12 19:43:06
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「僕らがそれを叶える」 ミェルヒは力強く答えた。エンジェもその後ろから顔を出す。「そりゃ、僕らは半人前かもしれない……でも、夢を叶えることなら、僕らの本領さ」 そう言ってエンジェを見る。エンジェは少し恥ずかしそうにしていた。しかし、老人はまだ悲しそうな顔をしていた。 94

2015-04-12 19:45:11
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「何度繰り返しただろう。冒険者から通行料を取り、下層に侵入させて、ワシはそのサポートをする……結果はいつも同じじゃった。みな失敗して死んでいった。彼らも、お前達と同じように夢を叶えてやると言っていた。だが、実際は……無駄だったのじゃ」 老人はゆっくりと立ち上がる。 95

2015-04-12 19:50:01
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老人が振り返った時、ミェルヒとエンジェはすでに歩きだしていた。「どこへ行く気じゃ」 「あの芋虫を倒しに行くのさ」 ミェルヒはそう答えた。エンジェは振り返って言う。「わたし、不思議だったんです。どうして、あの化け物……芋虫たちがあんなに繁殖しているかって」 96

2015-04-12 19:52:37
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エンジェは続ける。「あの芋虫は魔力を餌にしています。それは初めは工場の動力源だったかもしれません。でも、いまは違います。あの芋虫は、おじいちゃんの魔力を奪って生きています。おじいちゃんの夢から生まれた魔法を……いや、おじいちゃんの夢を貪って肥え太っているのです」 97

2015-04-12 19:55:54
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そうなのだ。工場は閉鎖されて久しい。動力無しに動かすことはできないのだ。それが動いている……老人の魔力を元に動いているのだ。そうとしか考えられなかった。「ワシの……魔法」 老人は一人石碑の前に立っていた。「ワシは……心の底では、諦めていなかったんじゃな」 98

2015-04-12 20:01:38
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「ええ、素敵な魔法です。決して尽きない、素敵な夢です」エンジェは話すのを止めて、ミェルヒの後を追い去って行った。老人は天井を見上げる。そこには確かに、老人の魔法が渦巻いていた。 99

2015-04-12 20:04:22
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――スパイスを探しに#3 (了) #4へつづく

2015-04-12 20:04:36