「博物館に勤めていたはずなのに…」職員自らサケをさばいて販売する「サケの博物館」職員に話を聞いた

サケをさばく「師範」がいるらしい
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博物館の職員が「大量の鮭をさばく現場に立っていた」とX(Twitter)で報告し、話題になっている。

さばかれ吊るされる大量のサケ

投稿したのは、新潟県村上市にあるサケの博物館「イヨボヤ会館」(@iyoiyoboyaboya)のアカウント。館名の「イヨボヤ」は村上市の方言で「サケ」の意味。川の中で暮らすサケの生態展示や、村上市のサケにまつわる歴史・文化の紹介を行っている博物館だ。

「博物館に勤めていたはずなのに」という言葉とともに投稿された画像には、きれいにさばかれ干された立派なサケの姿が…。にわかには博物館スタッフとは思えない業務内容だ。投稿を見たXユーザーからも、「んん!? 博物館で干鮭?」「どういうことだってばよ」と関心を寄せる声が集まっている。

実は「イヨボヤ会館」ではサケの仕込み販売を行っており、職員が加工、真空パック詰めと箱詰め、全国への発送業務までを一通り行っているという。

箱詰めされていくサケたち

「イヨボヤ会館」でのサケの仕込み作業について、博物館職員の半田さんに詳しい話を聞いた。

年間500匹をさばく! 自宅で練習するスタッフも

サケの加工はどのようなことを行うのか具体的に教えてください。

当館では「塩引き鮭」と「鮭の酒びたし(さかびたし)」を作って販売しており、干す期間の長短以外は同じ工程で作られます。

例年11月~12月が塩引き鮭作りのシーズンとなっているのは、この時期に市内に吹く季節風が塩引き鮭の発酵熟成に欠かせないとされているからです。当館でも毎年この時期にのみ、サケの加工作業が業務に加わります。

加工の工程は大まかには以下のとおりです。
 
【仕込み】 

  1. 頭からヒレに至るまで、くまなく魚体のぬめりを取る。
  2. エラを取る。
  3. 腹部を開く。この時、必ず腹ヒレ付近を切らずに一カ所残す(切腹を嫌う城下町の文化から生まれた村上特有の風習)。
  4. 内臓を取り出し、血管から血を抜く。
  5. 魚体をていねいに洗った後、水分をよく拭き取る。
  6. 鱗に逆らって、魚体の腹の中やヒレ・頭にもくまなく塩をすり込む。
  7. 1週間程寝かせる。

【塩抜き】

流水をためた容器に魚体を18時間ほど浸し、余分な塩を抜く。

【仕上げ】

  1. 頭からヒレに至るまでくまなく、再度魚体のぬめりを取る。
  2. よく洗う。

【干す】
北側の風通しの良い日陰に干す。この時、必ず頭を下にして吊るす(大切な鮭に首吊りをさせないという、鮭のまち村上特有の風習)。

これらの工程を経て、塩引き鮭は2~3週間ほどで、鮭の酒びたしは約半年干して夏に食べ頃となります。

村上市には古くから守られてきた伝統的な塩引き鮭の製法があり、その中で一家一流とも言われるこだわりをもって各家庭や店舗でサケが仕込まれています。例えば、包丁の入れ方や塩の量、干す期間などがそれぞれ違います。  

当館では秋に「越後村上三ノ丸流鮭塩引き道場」という塩引き鮭作りの講習会を開いており、見た目と味にこだわった上記の製法を「越後村上三ノ丸流」として一般向けに伝授しています。

「塩引き」と「酒びたし」、それぞれ干し上げ初日からのビフォーアフター

1年に何匹くらいのサケを加工・販売していますか?

2023年度はおよそ255匹のサケを加工・販売しました。

1尾あたりの加工にかかる期間は、塩引き鮭で約1ヶ月、酒びたしで約半年です。

また当館では前述の講習会「塩引き道場」の参加者の皆様からサケをお預かりし、仕込みより後の工程をこちらで行い、出来上がったら参加者さまにお届けするという業務も行っております。合計すると、毎年この時期は500匹以上のサケと向き合うことになります。

「塩引き道場」の指南役師範・準師範を中心に、販売用のサケの加工と同時進行でこれらの業務を行います。 加工技術は、指南役師範の先輩スタッフから教えてもらいます。私はまだまだ未熟者なので、仕込みの日などは雑用をメインでやっています。 

今年準師範に昇格した勉強熱心なスタッフは、自宅でもサケを買って練習も兼ねて塩引き鮭を作っているそうです。

博物館の運営とサケの加工業務をする上で、大変なことを教えてください。

「鮭のまち村上」では、サケの遡上する晩秋から初冬にかけてが一年で最も賑わいを見せます。ありがたいことに、イヨボヤ会館でも毎年この時期は大変多くの方にご来館いただいています。

団体様に帯同してスタッフが展示解説を行う機会もぐっと増えます。またこの時期、村上のサケに関するさまざまな質問が、来館者様からのみならず全国からお電話でも数多く寄せられます。  

スタッフの人数としては小規模の博物館ですので、特に部署等はなくこれらの業務をスタッフ皆で手分けして行っています。

これらの博物館業務をこなしながらも、前述の「越後村上三ノ丸流鮭塩引き道場」の運営、そしてサケの加工作業も全て同時期に進めなければならないので、この時期はサケのことが頭から離れることはありません。

博物館職員としての仕事もこなしながら冬のシーズンに500匹のサケをさばくとは、さぞ大変なことであろう。特産品・食文化を展示・紹介する博物館ならではの珍しい業務内容に、驚くばかりのエピソードだった。

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書いた人
中野ようす

野生のフリーライター。本とお笑いを摂取し日陰で眠り、たまには濡れた犬の匂いが嗅ぎたい。Twitter:@nakano_books