燭へし同棲botログ:かき氷の日

16/7/25:赤と白を食べる。
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燭へし同棲bot @dousei_skhs

【かき氷の日】 「今日いいものをもらったんだ」 「いいもの?」 「いいもの」 珍しく二人とも早く帰れた日。夏至はとっくに過ぎたとはいえまだまだ日は長い。外の明るさだけ見ればまだ夕方と言ってもいい時間帯。光忠がリビングでごそごそ出したものは、プラスチック製の安っぽいかき氷器だった。

2016-07-25 18:30:34
燭へし同棲bot @dousei_skhs

この季節ホームセンターなどでよく見掛けるそれが何故我が家に。光忠はその少しへこんだ外箱を嬉しそうに開けながら俺の疑問に答えた。 「小さいお子さんのいる上司にね、家に二つあるから一つあげるって言われたんだ」 「……押し付けられたんじゃ」 「あげるって言われたんだ」 「そ、そうか」

2016-07-25 18:32:59
燭へし同棲bot @dousei_skhs

俺に少し怖い笑顔を向けたあと、光忠は箱から出したそれを台所に持って行った。一度洗うんだろう。シンクに水が落ちる音とともに、どこか弾んだ声が聞こえてくる。 「おやつっていうのも変な時間だけど、お腹に溜まるものでもないし、せっかくだからちょっと食べてみない?」

2016-07-25 18:36:06
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「え? それは賛成だが……肝心の氷はあるのか? そういうものは、なんだ、専用の容器に入れて作らないとだめなんじゃ」 「ううん。これは普通の氷でも出来るみたい」 俺の返事などあってもなくても同じだったようだ。光忠はまだ水滴の残るかき氷器をさっさと組み立てて戻ってきた。

2016-07-25 18:39:04
燭へし同棲bot @dousei_skhs

備え付けの容器には既に家の四角い氷が入れられている。……やる気満々じゃないか。そうこうしているうちに光忠はテキパキと準備を進めていく。ハンドルがついている蓋をパカッと開き、氷の入った容器をセット。蓋を閉め、「いくよ」と謎の気合が入った声と同時にハンドルを持ち、氷を削り始めた。

2016-07-25 18:42:06
燭へし同棲bot @dousei_skhs

丸く滑らかなものではない普通の氷だから、刃が当たってガツガツ鈍い音を立てている。――だが、下に用意された器に向かってほろほろとかき氷が出てくるのを見ると、俺も思わず「おお」と小さく声を上げていた。 「長谷部くん、面白い?」 「……まあな」 「ふふ」

2016-07-25 18:45:02
燭へし同棲bot @dousei_skhs

自分の些か子どもっぽい言動を後悔していると、光忠は氷を作りながら切り替えるように言った。 「冷蔵庫にシロップがあるんだ。出してくれる?」 「ああ」 「いちごとみぞれ」 「何故その二種類」 「紅白でめでたいでしょ」 その台詞にどこぞの白い人物の顔が浮かんだが、頭を振って追い出した。

2016-07-25 18:48:05
燭へし同棲bot @dousei_skhs

シロップを用意して、氷の変身していく音に耳を傾ける。 「……よし。はい長谷部くん、どうぞ」 不意にそれが止んだかと思うと、目の前にプレーンのかき氷が差し出された。いつの間にか一人分作り終わったらしい。 「え……いいのか、先に」 「もちろん。早く食べないと溶けてきちゃうよ」

2016-07-25 18:51:05
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「……ありがとう」 「うん。召し上がれ」 光忠は言うが早いが、自分の分の氷を追加して再び削り出した。その間に俺は言葉に甘えることにしてシロップの口を開け、削りたての氷にたっぷりかけた。俺が選んだのはいちごだ。白い氷が鮮やかなピンクに染まる傍から崩れていく。

2016-07-25 18:54:29
燭へし同棲bot @dousei_skhs

いただきますと手を合わせ、出来上がったそれをひと匙すくって口に運ぶ。 つめたい。 あまい。 「……うまい」 舌に乗せるとじわっと溶けるただの氷の味が、食感が、とても懐かしくて美味かった。

2016-07-25 18:57:09
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「出来た! じゃあ僕もいただこうっと」 「えっ」 俺が余韻に浸っている間に、光忠が自分の分の氷を削り終わっていた。早すぎないか。 「僕はみぞれにしようかな」 「……お先に」 「はーい」 だが心底楽しそうな表情を見ていると、そんなことはどうでもいいかと思ってしまった。

2016-07-25 19:00:12
燭へし同棲bot @dousei_skhs

みぞれを手に取って(さっき俺がいちごと一緒に口を開けておいた)氷に掛ける。色がないから、傍目にはただただ氷が溶けていくように見えた。光忠はいただきますと同時にスプーンでがばっと氷を掬い、大きな口にそれを入れた。ああ、そんなことをすると……

2016-07-25 19:03:43
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「……ッ」 「……キーンときたか」 「キーンときた……」 ほら、言わんこっちゃない(言っていないが)。だが光忠は楽しそうに痛みの余韻を味わっているらしい。やっぱりかき氷はこれだよねと言って笑っている。それがどこか子どものようで、俺も思わずつられて笑った。

2016-07-25 19:06:04
燭へし同棲bot @dousei_skhs

しばらくお互い穏やかな沈黙のなか、氷を口に運ぶ。しゃりしゃり氷が溶ける音、かつんとスプーンが器に当たる音。小さなそれがまた耳に心地よかった。……そんなときだった。 「…………なんだ」 「え?」 「穴が開きそうなんだが」

2016-07-25 19:09:03
燭へし同棲bot @dousei_skhs

光忠の手がいつの間にか止まっていて、しかもその視線が俺に注がれていることに気がつかない訳がなかった。……よく見ると光忠の器は、俺より遅く食べ始めたにも関わらず既に空になっている。笑う光忠を軽く睨むようにして説明を促すと、光忠は頬杖をついて「だって」と言った。だって、なんだよ。

2016-07-25 19:12:18
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「長谷部くん、色っぽいから」 「は?」 「赤くなってる」 うっすらだけどね。そう言いながら、光忠は自分の唇を指先でとんとんつついてみせた。――俺は呆れた。当たり前だろう。いちごのシロップなんだから、触れる部分に色がつくのは当たり前だ。寧ろ色をつけずに食べることなど不可能だろうが。

2016-07-25 19:15:05
燭へし同棲bot @dousei_skhs

俺の眉間に皺が寄ったのに気づいたのか、光忠は少し拗ねた表情になった。 「長谷部くん、外でかき氷食べるときその味はやめた方がいいね」 「は?」 「いっぱいキスしたあとみたいになるから」 「お前」 テーブル下で光忠の脚を蹴ろうとするも上手い具合に躱され、悔しさが募る結果に終わった。

2016-07-25 19:18:18
燭へし同棲bot @dousei_skhs

溜め息をつきながら、俺は器を持ち上げて口元に近づけた。 「……外では食べない」 「ん?」 「家に帰ればそれがあるんだし」 俺は顎でかき氷器を示したあと、光忠に視線を戻す。

2016-07-25 19:21:11
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「そんなみっともない顔を見るのはお前だけで充分だ」 「…………」 「文句あるか」 「……ないです」 「よし」

2016-07-25 19:24:09
燭へし同棲bot @dousei_skhs

光忠が「やられたよ」と呟くのを尻目に、俺はつめたい器に口をつけ、ほぼ溶けて薄まったいちご味を飲み干した。 「……美味かった」 遅い夕方。外ではひぐらしが鳴いている。 【了】

2016-07-25 19:27:08
燭へし同棲bot @dousei_skhs

(おまけ) 「長谷部くん、いいこと考えた」 「あ?」 「外でどうしてもかき氷が食べたいときは」 「ときは?」 「ブルーハワイ一択でお願いします」 「何故」 「チアノーゼみたいになるから君に欲情する人は減ると思う」 「馬鹿なのか?」 「まあ僕は例外だけど」 「馬鹿なのか?」 (了)

2016-07-25 19:28:10
燭へし同棲bot @dousei_skhs

【管理人より】いつもより早い時間帯に失礼いたしました。かき氷が美味しい季節ですね。皆さまもあちこちで召し上がる機会があるかと存じますが、そのときにちょっと今回の話を思い出していただけましたら嬉しいなあと思う次第です。明日からも暑さに気をつけて、よい燭へし日和を。

2016-07-25 19:31:04