【隻腕の墓標】第一話

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ななみわかめ@創作 @S_Wakame_S

1-1 「提督が!」 神通さんが大粒の涙を浮かべながら嗚咽交じりに吐き出した言葉を、今も私は鮮明に覚えている。 私の愛した提督は、深海棲艦の凶弾をその身に受けて殉職した。もう1年も前の話である。

2016-08-02 21:07:35
ななみわかめ@創作 @S_Wakame_S

1-2 その出撃は、北方海域での深海棲艦基地制圧作戦に参加し、勝利を収め基地に帰投する直前の悲劇だった。そう、悲劇。あれは、悲劇以外のなにものでもなかった。

2016-08-02 21:07:58
ななみわかめ@創作 @S_Wakame_S

1-3 基地の本体が北方海域での深海棲艦を叩く隙をついて、基地近海まで潜航してきた敵潜水艦隊による襲撃を受けた。基地は目と鼻の先で、提督や他艦娘達が北方海域から帰投する私たちを港で手緒を振って祝福する、その最中の襲撃であった。

2016-08-02 21:08:32
ななみわかめ@創作 @S_Wakame_S

1-4 基地で待機していた神通さんから聞いた話では、提督は自身の身の安全より潜水艦隊の襲撃を受ける私たちを案じ、身を引くより先に基地の最前線で出撃の指揮を執っていたとのことらしい。あの提督のことだ、冷静さを欠いていたろうし、提督らしいと言えばらしいようにも思える。

2016-08-02 21:09:07
ななみわかめ@創作 @S_Wakame_S

1-5 提督は、基地方面に牽制か流れ弾か、放たれた魚雷による爆音と振動と波飛沫に抗えず、海に転落し、雷撃戦に巻き込まれた。 疲弊していた私たち主力部隊を叩くことが主で、基地にも可能な限り打撃を与えるのが敵の目的であったのだろうと、後に現提督となった男が話していた気がする。

2016-08-02 21:10:06
ななみわかめ@創作 @S_Wakame_S

1-6 疲弊していたとはいえ、主力部隊としての威厳を見せつけ、敵潜水艦隊を撃退するのは決して難しいことではなかった。しかしそれは艦娘に限った話であり、基地港は修復に数か月を要する機能停止となり、肝心の巻き込まれた提督は、神通さんによって引き上げられた時には、既に故人であった。

2016-08-02 21:11:09
ななみわかめ@創作 @S_Wakame_S

1-7 本当に、悲劇だった。 自分は生身なんだから、さっさと逃げれば助かったのに。 でも、提督のことだから、それは自分が許さなかったんだろうと、今でも私は思っている。

2016-08-02 21:11:31
ななみわかめ@創作 @S_Wakame_S

1-8 「そんな戦闘があったのも、この静けさを見たら嘘のようですね」 修復を受けた港は、とうに元の姿に戻っている。水面は太陽を反射し、時化より凄惨な戦闘があったことが嘘のように穏やかな波が撫でるように揺蕩っている。

2016-08-02 21:12:00
ななみわかめ@創作 @S_Wakame_S

1-9 ここに全身が焼け、胸から下がただの肉塊と化した提督が横たわっていたことを、私は忘れていない。神通さんの悲痛な叫びが耳を、この目ではっきり見ずともわかりやすく伝わってくる提督の姿は、否応なしに私に提督の死を突き付けてきた場所だけに、忘れることは一生叶わないと思う。

2016-08-02 21:12:30
ななみわかめ@創作 @S_Wakame_S

1-10 「私はどうするべきだったのかな、提督」 何度目になるかわからない質問を、潮風に問いかける。

2016-08-02 21:12:38
ななみわかめ@創作 @S_Wakame_S

1-11 私がもっと早く敵潜水艦隊に気づいて対処するべきだったのだろうか。 それとも提督が海に落ちたのをこの目で確認した時に、潜水艦隊の猛攻を前に怯まず駆けつけるべきであったのか。 それとも、もっといい方法があったのではないだろうか。

2016-08-02 21:13:00
ななみわかめ@創作 @S_Wakame_S

1-12 ぎゅっと、右腕を掴む左腕に力が入る。 此処に来ると、いつも後悔が押し寄せる。 潮風は何も教えてくれない。 でも私には、この潮風に身を委ねることしかできなかった。

2016-08-02 21:13:16
ななみわかめ@創作 @S_Wakame_S

1-13 でも、それももうおしまい。 現提督による異動命令により、この風を感じるのも、今日が最後である。

2016-08-02 21:13:23
ななみわかめ@創作 @S_Wakame_S

1-14 「またね、提督」 ぽつりと、私は呟いた。

2016-08-02 21:13:33
ななみわかめ@創作 @S_Wakame_S

1-15 「神通さん」 先ほどからずっと、背後の物陰にいた人物に私は声をかける。 コンテナの陰にいた神通さんは、私の呼びかけに間を開けることなく姿を見せた。 「浜風さん……」

2016-08-02 21:14:14
ななみわかめ@創作 @S_Wakame_S

1-16 「どうしたのですか。折角改二に改造されたのに、そんな顔をしては凛々しいお顔が台無しですよ」 「凛々しいだなんて、とんでもないです」 神通の表情は明るくない。 「浜風さん、本当にいいのですか?」

2016-08-02 21:14:36
ななみわかめ@創作 @S_Wakame_S

1-17 「いいって、何がですか。私は艦娘として、与えられた任務を全うするのみです」 「でも、次の配属先って……」 「藻類基地でしたっけ。おかしな名前よね、食べ物が名前になっている基地なんて」 「そうじゃないです!」

2016-08-02 21:14:46
ななみわかめ@創作 @S_Wakame_S

1-18 「藻類基地の良くない噂なら、知ってますよ。でも、それでも、『今の提督』が私に艦娘として命をくださったのですから、私は従うまでです」 「従うまでって…。浜風さんは、どこに飛ばされたかわかっているのですか?」

2016-08-02 21:14:55
ななみわかめ@創作 @S_Wakame_S

1-19 「だから、藻類基地に…」 「ふざけないで下さい!」 別にふざけているつもりなんてない。 藻類基地、その名は有名である。

2016-08-02 21:15:02
ななみわかめ@創作 @S_Wakame_S

1-20 基地なんて言えば聞こえはいいが、その実態は不要艦娘人材の島流し先である。ぎりぎり窓際部署のていで機能を持っているが、ほぼ艦娘の最終処分所と言える。 つまりは、厄介払い。

2016-08-02 21:15:13
ななみわかめ@創作 @S_Wakame_S

1-21 深海棲艦に対する戦力として絶大な力を発揮する艦娘であるが、艦娘全員が深海棲艦に対して等しく戦力として機能するかと問えば、それは違う。 落ち零れ、鎮守府の求める艦娘として意識が乖離した人材、負傷により第一線から退いたものなども存在している。

2016-08-02 21:15:35
ななみわかめ@創作 @S_Wakame_S

1-22 本来なら艤装を解かれて解体される艦娘も、全員が戦線を離れられる訳ではない。戦線を離れても自身の意思で戻る者、鎮守府内で『飼い殺し』状態にされている者など、いくつか存在している。 藻類基地はその後者の者たちの集う基地であり、そして私こと浜風もそれに該当されることになった。

2016-08-02 21:16:02
ななみわかめ@創作 @S_Wakame_S

1-23 「神通さんはご存知なかったのでしたっけ」 「…右腕の件でしょう。知らないはずがありません」 「なら、わかるでしょう。そういうことですよ」 「でも、だからといって藻類基地に飛ばされるのはあんまりです!」

2016-08-02 21:16:14
ななみわかめ@創作 @S_Wakame_S

1-24 ああ、なんてこの人は、いい人なんだろう。 自然と、自嘲なのか、神通さんが眩しいのか、私から笑みが零れる。 「浜風さんは、本当なら藻類鎮守府に飛ばされるような人じゃないはずだったんです」

2016-08-02 21:16:22