- shitaratsukushi
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@ts_p 雨は相変わらず降っていたが、車に常備している傘を差し二人はトイレの中に入った。 ほとんど使われていないのか汚れも目立たないが、タバコの吸殻やパッケージを丸めたゴミがいくつかあるだけで、割合きれいな公衆トイレだった。 小西は地面に包みと灯油缶を下ろした。
2011-02-28 10:20:02@ts_pポケットを探り、ライターを取り出した。こうまで濡れてしまってはマッチは役に立たなかった。 小西も葉子も緊張して手が震えた。 焼却炉で燃やすわけではない。公共物の中で灯油を使って物を燃やすのだ。もし見咎められれば、犯罪者として警察に捕まるだろう。
2011-02-28 10:20:12@ts_p だが、それでも命と引き換えにはできない。葉子は包みの固い結び目を指先で解き、その中の骨箱を出した。 そして声にならない悲鳴を飲み込んだ。 箱はどす黒い染みに覆われ、開けてみなくてもそれが血液の痕だとわかった。
2011-02-28 10:20:29@ts_p血の乾かないうちに次々と詰め込まれた犬の胎児が中にいるのだ。 「葉子、大丈夫か!?」 小西が蒼白になった葉子を見て言った。葉子は無言で小西を見つめ返し、辛うじてうなづいた。 「よし……灯油をかけるから、葉子は離れて」 葉子は素直にうなずいて離れた。
2011-02-28 10:20:44@ts_p小西は灯油缶を慎重に傾けると箱の上からとろとろと灯油をかけた。箱の下のコンクリートが灯油を吸い込み真っ黒く変色していく。灯油が箱の下にたまると、小西は取り出したライターの火をトイレの片隅にあった紙ゴミに移し、箱の真上に落とした。 瞬間、ものすごい勢いで炎が立ち上った。
2011-02-28 10:21:03@ts_p小西は衣服に燃え移らないように葉子の横まで離れた。 そのとき、トイレの外で犬が鳴いた。二人は身を固くし、燃え上がる炎と黒々とした煙を凝視した。 トイレの外に何匹か野良犬が集まってきたのか、立て続けに吠えている。肉を炙っているような臭いがトイレに充満していた。
2011-02-28 10:21:20@ts_p 二人は固唾を飲んで、箱が燃え尽きるまで見守り続けた。 やっと箱の炎が弱まり、コンクリートに染み付いた灯油の炎も消えていくと、あとには黒々とした灰だけが残った。小西はその灰の上に黒カビで灰色になった布を落とした。
2011-02-28 10:21:30@ts_pびしょぬれの布が熱せられたコンクリートの上でじゅうじゅうと音を立てた。気がつけば犬の声もまったくしなくなっていた。 「済んだ……」 小西がつぶやいた。葉子はゆっくりと小西を見上げる。 「済んだよ」 小西の言葉に葉子は深くうなづいた。
2011-02-28 10:21:47@ts_p安堵感がじんわりと胸の奥に広がっていく。いつの間にか涙が頬を伝って落ちた。 「これで大丈夫ですよね。呪いは解けたんですよね?」 葉子は灰になった箱に目を落としてつぶやいた。 「そうだ、終わったんだ……終わってくれなきゃ困るよ……」 小西は小さな声で囁いた。
2011-02-28 10:22:05@ts_p どちらともなく二人は手を握り合った。葉子は小西の手が強く自分の手を握り締めるのを感じた。 これでもう終わったのだ…… (改行3)
2011-02-28 10:22:20@ts_ 帰り道の途中、ファミリーレストランで食事を済ませた。驚いたことに遠山家で箱を探しているうちに十二時間以上過ごしたことになっていた。寝ていたわけでもそこまで長く滞在していたつもりもなかったのに、Iダムを出た時刻はすでに夜中の十二時を回っていた。
2011-03-01 03:00:38@ts_p しかし体は時間の経過に正直で、全てが終わったと肩の力を抜いたとたんに二人は自分たちの空腹に気がついた。 二人は霊場として知られるS町の二十四時間営業のファミリーレストランに入った。 呪いが発動するはずの夜中の十二時はとうに過ぎていた。
2011-03-01 03:00:49@ts_pそのことだけでもこの都市伝説にまつわる怪奇な呪いが解けたことが葉子には実感できた。 久しぶりに小西と楽しく話をした。葉子は裕香と好美のことを想った。泣き笑いしながら今生きていることが心底うれしかった。 結局夜明け近くまで二人はファミリーレストランで過ごした。
2011-03-01 03:01:10@ts_p 未来で起こる物事が全て新鮮に感じられた。雨がやみ、藍色の天を割って深い朱色の光が差し込むのをみて、感動した。小西と二人でこれからいろいろなことを経験し楽しむのだ。 車の中で葉子はずっと小西の手を握っていた。
2011-03-01 03:01:33@ts_pずっとそばについて自分を助けてくれた小西に対して感謝の気持ちでいっぱいだった。葉子は小西の指に自分の指を絡ませて、ぎゅっと力いっぱい握り締めた。 「先輩……私、先輩のこと好きです」 葉子は後回しにしてきた言葉をやっと口にした。 「俺も……」 小西は言いかけ、
2011-03-01 03:02:13@ts_p少し口ごもると、「俺は最初から好きだった」と言い直した。 「え?」 葉子は驚いた。まったく気づかなかった。葉子がそう告げると小西は苦笑った。 「だってお前、あからさまに俺のこといかがわしげに見てただろ」 確かにそうだった。恥ずかしくなり、葉子はうつむいた。
2011-03-01 03:02:22@ts_p「だってお前、あからさまに俺のこといかがわしげに見てただろ」 確かにそうだった。恥ずかしくなり、葉子はうつむいた。 「篠田が俺のこと好きだって知ってただろ? 俺も篠田に告白されたけど、実は断ってたんだよ」 葉子は、
2011-03-01 03:02:41@ts_pそのことを知っていたから好意を持たなかったわけではないが、理由のひとつではあった。わざと遠くから眺めるように仲間に入ることから身を引いていたのだ。それより裕香がすでに小西に振られていたことが意外だった。裕香はそんなこと一度も葉子に話してなかった。
2011-03-01 03:02:50@ts_p「多分、お前が俺との関係に変な気を回さないようにわざと黙ってたのかもな」 確かに裕香が振られたことを知ったら、葉子は大人気ない態度を小西に対して取っていたかもしれない。 葉子は裕香のことを想い出して泣いた。 (改行3)
2011-03-01 03:03:06@ts_p 二人は小西のアパートに一度戻り、午前十一時くらいまでまったりと過ごした。 全て終わったという安堵感が二人を包んでいた。特に葉子は緊張が解け、心から二人の時間を楽しめた。甘酸っぱい時間を目いっぱい味わったあと、
2011-03-01 03:03:32@ts_pボストンバックの中をかき回して着替えのなくなったことに気付いた。 「一度、マンションに戻るね。いろいろしないといけないことあるから」 葉子は小西のTシャツを借り、ボストンバックに汚れ物を突っ込んだ。 「あ、先輩、お夕飯何か食べたいものあります?」
2011-03-01 03:03:42@ts_p ふと思いついて葉子は小西に言った。 「そうだなぁ、カレーがいい」 葉子が小西にカレーが好きなのかと訊ねると、当然のように彼はカレーについて力説し始めた。葉子は苦笑いながら、立ち上がった。 「何時くらいに戻れる?」 そう言って葉子を見つめる小西の顔つきが幼く見えて、
2011-03-01 03:04:01@ts_p葉子は微笑んだ。 「できるだけ早く戻りますね」 玄関で靴を履く葉子の背中を、小西はまぶしげに眺めた。つい数時間前までの葉子を知っているだけに、今の明るい彼女の様子がうれしかった。 「じゃあ、行ってきます」 小西は玄関先まで葉子を送り、手を振った。
2011-03-01 03:04:17@ts_pしばらくドアにもたれて遠ざかっていく葉子を眺めていた。 何もかも終わったと、満足げなため息が漏れた。葉子がいなくなると、とたんに眠気を催してきた。 葉子が戻ってくるまでの間軽く眠っておくかと、ベッドにごろりと横になる。手探りでエアコンのリモコンを取り、
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