城砦は天を殴るように#1 嵐が来る◆1
_雷雨の中、一台の蒸気車が進む。蒸し暑い夕暮れは一気に闇に染まり、頭上に渦巻くは巨大な積乱雲。クラウドシルフの巣だ。 「ぐうぅ、前が見えない!」 ほぼ意味のないワイパーが狂ったように動き、雨水をぬぐう。車に乗るのは一人の女性……名前はレイシィ。 1
2016-08-21 19:56:48(参ったな……どこかに避難したいけど……) レイシィは安っぽい玩具の様にガクガク揺られながら、荒野の闇の中街の光を探す。ヘッドライトは期待に反して闇の中吸い込まれていく。 頭上には積乱雲が渦巻き、意地悪なシルフの表情は刻々と変化しならが無数に現れる。 2
2016-08-21 20:01:22_灰土地域南部。交易路からも外れ、辺りに街は無い。 (光……光はどこ……ぴかっと……ん!!) 突然のフラッシュに思わずブレーキを踏む。それと同時に爆音が張り裂けた。近くに落雷したのだ。 「は……危なかった」 ブレーキから足を放す。 3
2016-08-21 20:05:58_車は動かない。 「あれ……あれれ?」 アクセルを踏む。蒸気の漏れる音。落ち着いて機関部を止める。蒸気圧確認。爆発の心配、なし。 「まって、まってよ~こんな荒野のど真ん中で立ち往生なの……?」 計器を見るが、指し示す針は芳しくない。 4
2016-08-21 20:11:46_恨めしそうに狭いフロントガラスの向こう、渦巻く雨雲を見上げる。雨足は強まるばかり。こんな中車外に出て暗い中整備をするなど不可能だろう。いや、可能かもしれないがレイシィは不可能ということにした。 「こりゃ、車中泊かな……」 5
2016-08-21 20:19:03_シートを傾けて横になる。天井が視界に入った。錆びだらけの天井だ。しばらくうとうとすると、雨漏りの雫が鼻先を濡らした。 眉をしかめて、身体を横にする。轟音。閃光。心を落ち着けるため、彼女はダッシュボードからチョコを取り出し、口に含んだ。 6
2016-08-21 20:24:34_翌朝、レイシィは風の音で目を覚ました。雨の音は消え失せ、雲間から眩しい朝日が降り注ぐ。森であったなら小鳥の声でも聞こえてきそうだ。 レイシィはシートの上で固まった身体をほぐし、車外に這い出た。強い風が前髪を濡らす。蒸気車のボンネットを開く。故障個所はすぐには分からない。 7
2016-08-21 20:29:38(はぁ、どうしてこううまくいかないんだろう) レイシィは天を見上げ、口をきゅっと結んだ。太陽が彼女の顔を無責任に照らす。いつもこうなのだ。車で遠出するたびに機関部のトラブル。 (あらゆる運命が私を裏切るんだ) 理不尽な仕打ちに怒りさえ覚える。 8
2016-08-21 20:34:09_とりあえず助けを呼ばなければ直るものも直らないと素早く判断を下し、荒れ果てた荒野に人の痕跡を探る。 (あれ、あんな城が近くにあったんだ) そう……はるか後方に、アイスのコーンを逆さまにしたような城が立っていた。もちろん荒れ果てた荒野である。 9
2016-08-21 20:42:03_近くに村もなければ、交易路もない。土の色が僅かに違うだけの味気のない道が南北に伸びているだけだ。木も生えていない真っすぐな地平線に、ぽつんと城が立っている。 (誰かいたら儲けもんってことで) 車から背嚢を引っ張り出し背負うと、城に向かいレイシィは歩き始めたのだった。 10
2016-08-21 20:48:12【用語解説】 【蒸気車】 蒸気機関を利用した乗用車。科学文明である旧帝国時代に作られたものだが、現在では技術が途絶え新規に作ることは不可能。魔法を科学的に解析した旧帝国は、蒸気の魔法を小型化し搭載することに成功した。大量生産されたため、老朽化したものが一般的に使われている
2016-08-21 21:01:43