1 「なあーやっぱりなんか 買うて行こうやあ」 "もう時間ないで信ちゃん! 東京着いたらメシ行くねんから" 新大阪の構内を早歩きしながら 何回このやりとりしてんやろ 改札前の弁当屋のショーケースに 吸い寄せられる俺を ヤスが振り返って急き立てる
2016-08-31 10:45:362 「ほらおまえはええわなぁ... コッチは司会しとったから なんも食べてないっちゅうねん」 "俺もやで...喋っとったら あっちゅう間に時間たったわー" 「だいたいおまえがいつまでも 女子とくっちゃべっとるから...」
2016-08-31 10:45:533 "信ちゃん早よぉ〜!" 「わかったがな!」 色とりどりの弁当に 後ろ髪を引かれながらも 小走りで追いかける こんな大声で会話してても だーれも気にとめへん ザワザワしたこの街ならでは...やな 今度いつ帰ってこれるかな
2016-08-31 10:46:114 ホームに上がるとちょうど 東京行きの新幹線が入ってきて 自動販売機でなんとか お茶だけ買うて乗り込んだ しゃあない 車内販売でごまかしとくか... 窓側に座ったヤスは 動き出したらすぐに イヤホンをつっこんで 目つぶってもうた なんやねん...ほんまに
2016-08-31 10:46:305 高校の同窓会で久々に帰ってきたけど 明日も仕事やからとんぼがえり ちょうど仕事で東京へ行くっていう ヤスと一緒に新幹線に乗った こいつは昔から 奇抜なカッコしとったけど ヘアメイクアーティストっちゅうて 今じゃちょっとした有名人
2016-08-31 10:46:476 "やすネエ"いうて ちょいちょいテレビや雑誌に出てる けどオネエなんはキャラで 実際中身はバリバリ男 ヘアメイクの仕事すんのに グレーゾーンの方がやりやすいねんて 昔っからそうやったけど 同窓会でも ずっと女子に囲まれて きゃいきゃいやっとった
2016-08-31 10:47:037 久しぶりに会うたのに 寝てまうんかいな まあ今晩はふたりで飲めるし 俺もひと眠りしょうかな... カバンから文庫本を取り出して 座席にもたれる 本を広げて5分とたたんうちに 案の定睡魔に襲われた
2016-08-31 10:47:228 ちょっとウトウトしたところで 目が覚めた ...京都に着いたんやな ヤスは起きる気配がない そん時ヤスと反対側の隣の席に 女の人がちょっと会釈して座った 俺らよりちょっと年下ぐらいか なんとなく意識してもうて 寝られへん
2016-08-31 10:47:419 白いTシャツにジーンズ 長い髪を無造作にくくって 化粧っ気もあんまりない でも微かにいい匂いがした 俺が勝手にドキドキしてる横で 彼女は足元に置いたデカいバッグから レジ袋を取り出して 『いただきまーす』 ちっこい声やったけど たしかにそう言うた
2016-08-31 10:48:0210 うわ、弁当食べるんやん やっぱ新幹線に駅弁はつきもんやんな ガマンしてた空腹が急に蘇る 彼女はレジ袋から 駅弁の包みと冷凍みかんと お茶のペットボトルを出して おもむろにテーブルに並べた 人の食事をじっと見んのもなんやけど 本広げとっても目に入ってくんねん
2016-08-31 10:48:2311 ...うわうわ! 思わず出そうになった声を かろうじてこらえて顔を本で覆った ...駅弁ちゃうやん〜 彼女が包みを開けて食べ始めたのは 赤福やった あの伊勢の名物 赤福餅はええじゃないか アレ何個入りやったかな てか箱いっぱいにただただ 餅とアンコが入ってるわけで
2016-08-31 10:48:4012 彼女はまわりを気にするでもなく 平然と慣れた手つきで 短い木べらを使って 赤福をどんどん口に運んでいく ひぃー誰か~ ちょっと! ヤス起きてくれへんかな ご飯みたいに赤福食べてる人 初めて見てんけど
2016-08-31 10:48:5913 そうこうしてるうちに 赤福を完食した彼女は ちょっとの間スマホをいじって それからお茶をひと口飲んで 俺が気になってたもんに 手を伸ばした これまた列車の旅にはつきもんやんな ザ・冷凍みかん... 彼女が綺麗な長い爪をたてると 途端にみかんの香りが広がった
2016-08-31 10:49:2714 『よかったら...いかがですか?』 「...へっ?!」 しもた! 思わずガン見してもうとった この距離でまじまじ見られたら そら食べにくいわな 『これ、よかったら...』 「あっ!あの、いただきます!」 真顔で差し出されたみかんを 慌てて受け取った
2016-08-31 10:49:5815 冷凍みかんは 程よく解凍されていて 触ると水滴がポタポタ垂れた おお!っとテーブルを出してると 彼女がバッグのサイドポケットから 紙おしぼりをいっぱい出してきて いくつかを俺のテーブルにも置いた ようお店で出てくるヤツ...
2016-08-31 10:50:2316 焼き肉屋のんとか 何も書いてないのんとか バラバラやった 「あ...すんません」 俺がもたもたしてる間に 彼女はおしぼりの袋をひとつ開けると クルクルっとみかんを拭いた ほんでそれを パカッとふたつに割ってから 皮をむいてそのまま口にほりこんだ
2016-08-31 10:50:4517 おっさんの食べ方やん! 昔うちのおやじも 同じ食べ方しとったなあ 子どもんとき真似したら 口がいっぱいになって 汁が飛んで怒られた 大人になった今も俺は知覚過敏で まだまだ冷たいみかんを 一気に口に入れるなんてこと できへんかった
2016-08-31 10:51:1518 そんな俺をよそに みかんを2口で食べ終えた彼女は もう1個おしぼりを開けて きれいに手を拭いた おっさんの食べ方やのに なんか見てて気持ちええ がさつやのにきれい好き... 感心した俺はただただ 見とれてもうとった
2016-08-31 10:51:3219 "あ...れ...なんかええにおい..." ヤスが目覚まして 身体をこっち向けた 『え...安田さん...!』 "ん...?あ!〇〇ちゃん!え?東京?" 『はい、安田さんも?』 「ちょ、なんなん?ふたり知り合い?」 俺をはさんで やけに親しそうなやりとり
2016-08-31 10:51:4920 "うちのお客さんやねん〜" 『お忙しい安田先生にはなかなか やっていただけないですけど』 "よう言うわ~" あ、わろてる...かわい "信ちゃんこそなんなーん! 俺が寝てる間に仲良うなって..." 「ちゃうねん、ちょっと おみかんのおすそ分けをやな...」
2016-08-31 10:52:0721 "〇〇ちゃん、おひさやなぁ~ 今日はなに?お仕事?" ...って、俺の話全然聞いてへんやん 彼女はヤスが地元でやってる 美容院のお客さんで ヤスがヘアメイクアーティストとして 世に出始めた頃に 仕事で出会ったらしい
2016-08-31 10:52:2622 「へぇーほんならモデルさんですか?」 『全然! 学生のバイトみたいなもんです モデルとかみんな細くって... それで撮る方に興味がわいてきて』 さっきの食べっぷりを見たら ちょっとわかる気する... "仕事明日なんやったら ご飯一緒に行こーよ、3人で!"
2016-08-31 10:52:5023 『え...でも...』 "信ちゃんやったら大丈夫、な?!" 「お、おん」 『じゃあ、ご一緒しちゃおかな』 "うん、行こ行こ! 〇〇ちゃんなに食べたーい?" 楽しそうなふたり... そして俺も...
2016-08-31 10:53:0824 "あれ?電話やわ" 新横浜のちょっと前あたりで ヤスが席を立った "ごめんなさい〜 打ち合わせが入っちゃったー!" 戻ってきたヤスは 仕事相手としゃべっとったせいか ちょっとオネエ言葉で
2016-08-31 10:53:3925 「仕事やったらしゃあないやん」 "うん、でもすぐ終わんねん ...せや!コレ..." ヤスが財布の中から なにやら紙切れを取り出した "お客さんにもろてんけど ふたりで観とってや" 映画のチケット...? いやいや俺ら初対面なんやけど
2016-08-31 10:53:58