作家・高橋源一郎(@takagengen)が語る「ことば」

作家の高橋源一郎氏が「ことば」について連続ツイートしたものをまとめて。みました
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高橋源一郎 @takagengen

「ことば」26・高森和子さんは「幸せな男」というタイトルのエッセイを書いている。高森さんは、自分の母親が老いてゆくなりゆきを書いたエッセイで有名だ。これは、その高森さんのエッセイを読んだ読者の物語である。「大野さん」という名前の、その老人は、幸せな生活を送っていた。

2011-02-17 01:05:20
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」27・「大野さん」夫婦は、近所に住む大学教授の息子夫婦と孫娘と密接に交流していた。孫を預かる時は、「大野さん」にとって至福の時だった。ある時、「大野さん」の奥さんが亡くなる。けれど「大野さん」は決然として独り暮らしを続けた。しばらくたって、次の不幸が「大野さん」を襲う。

2011-02-17 01:08:32
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」28・「大野さん」の息子が交通事故にあい、そのせいで、痴呆症に陥ったのである。3年の後、息子の妻は、孫娘を連れて実家に戻り、再婚した。そのすべてを「大野さん」は認め、老いた身で、赤ん坊のように失禁する痴呆の息子を世話をするようになった。

2011-02-17 01:12:20
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」29・やがて息子も亡くなり、自分も病院に収容された孤独な「大野さん」を、高森さんは見舞う。ゆっくりと自分の人生について話していた「大野さん」は、最後にこう言うのである。「その半年後ぐらいでしたかいな、わたしは腰を痛めてしもうて、あいつの世話も思うようにできんように…」

2011-02-17 01:14:31
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」30・「…なってしまいましてな。毎晩、彰の寝顔を見ながら、この先どうしたもんかいなあ…、考えあぐねました。けどなんぼ考えても、ええ案は浮かべしません。しかし、なんとしても生きていかないかん。思いきって入院さすことにしました。彰、病院へ行くんやで。腰が治ったら迎えに…」

2011-02-17 01:16:47
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」31・「…いってやるからなって言うと、わたしの眼を見て、コックリ頷きました。入院の当日は、冷えこみのきつい日でしてな。明け方、なんやしらん息苦しなって眼エが覚めましたんや。そしたら、便の臭いが部屋中にこもってて、彰はノートに顔を伏せて眠ってました。早うおしめを替えて…」

2011-02-17 01:19:31
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」32・「…やろうと思うて、抱き起こそうとしたら……、冷とうなってました」「……」「かあちゃん、と書いてありました。痴呆になってから、はじめて読める字で書いてありました」「……」「よかった」「?……」「よかった、といまは思うてます」「……」「順当にいけば……」

2011-02-17 01:22:09
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」33・「…わたしから逝くのが普通ですが、どうもうちは逆さまになっしもうてハハハ……。しかし、考えようによっては、女房、子供に想いを残さんと逝けるということは、正直、ホッとしています」柔和なおじさんの顔には一家の長としての責任を全うした満足感が漂っていた。

2011-02-17 01:24:13
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」34・「幸せな男やと思うてます、わたしは」。

2011-02-17 01:24:51
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」35・「よかった」の一言が、「大野さん」の「一度だけの使用にたえることば」だったとぼくは思う。そのことばを理解できる高森さんの前で、死に近いベッドの中から、それを言うために、「大野さん」は待っていたのである。

2011-02-17 01:26:49
高橋源一郎 @takagengen

「ことば」36。どの瞬間、どんな相手に、どんなことばを向ければいいのか、誰にもわからない。わかっているのは、そんな瞬間が必ずあることだ。あるいは、ほんとうは、すべての瞬間、ぼくたちはそんな風にことばを使わなければならないのかもしれないけれど。今晩はここまでです。ご静聴ありがとう。

2011-02-17 01:29:21