高橋源一郎さんの「午前0時の小説ラジオ」第4夜

高橋源一郎さんの「午前0時の小説ラジオ」第4夜です。今夜のテーマは「いいんだよ、そのままで。」
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高橋源一郎 @takagengen

「そのまま」21・どの「精神障害」の薬も、本質的にはみな同じだ、出てくる病を抑えつけるためには、「眠らせる」しかない。だから、多くの「精神障害者」は、強い薬でぽんやりと半分眠ったように生きることを強いられるのである。「べてる」は、抑えつけない。だから、病は表面に出てくる。

2011-02-18 01:01:35
高橋源一郎 @takagengen

「そのまま」22・「べてる」の医師、川村さんはこういっている。「分裂病とか幻聴とか妄想という言葉を、彼らが自分のこととして使うことがずっとなかったんです。それらはすべて「言われる言葉」だったんですね。「分裂病です」と言われる。ただ聞いているだけですよ。「妄想だ!」とか…」

2011-02-18 01:04:59
高橋源一郎 @takagengen

「そのまま」23・「…「幻聴だ!」とか、すべて誰かに言われちゃう言葉だった。それがいまは、かれらが自分たちのこととして、自分たちの言葉として使っているわけですよ。医者から言われる言葉でなく、自分たちの体験者の言葉として、医学用語ではない言葉をつくったりしてきていますよ…」

2011-02-18 01:06:57
高橋源一郎 @takagengen

「そのまま」24・「…たとえば、医者からいえば「幻聴」だけど、かれらが言うときは「幻聴さん」とさんづけしているのも、それが本来のかれらが使う言葉なんだろうと思うんです。幻聴というものが自分自身にとっての一つの体験だとすると、その体験のなかにいかに関係性を上手に喪ていけるかと…」

2011-02-18 01:09:47
高橋源一郎 @takagengen

「そのまま」25・「…ということが課題になっていくる。…幻聴というのを一つの人格だというふうに考えようと。いつも自分に悪口を言ってくるような、そういうイヤな人間とどういうつきあいをすればいいのか。現実にもわれわれのまわりにはイヤな人がいるよね。そのイヤな人とどうつきあうか…」

2011-02-18 01:12:40
高橋源一郎 @takagengen

「そのまま」26・「われわれは幻聴を非常に否定的なものとして見ていましたから、さんづけどころか早くクスリで、それこそ殺菌剤でバイキンを殺すように幻聴をなくさないといけないと思っていたわけです。そこがまったく変わってきて、さんづけして、言いおつきあいをしていこうということです」

2011-02-18 01:14:32
高橋源一郎 @takagengen

「そのまま」27・ぼくの会った患者さんも、みんなの前で、「幻聴さん」と話をする。しかも、その話がひどく面白いのである。こう書くと、彼らは、なんの苦しみもなく、病気を楽しんでいるように見えるかもしれない。実は、そうではない。抑えつけないために、時に激しく病は彼らは打つのである。

2011-02-18 01:16:43
高橋源一郎 @takagengen

「そのまま」28・いったい、ここでは、何が起こっているのだろう。彼ら精神障害者は、世間という「健常者」にとって、余計者だった。欠陥品だった。だから、治されなければならないし、治らないなら、静かにしていてほしいだけの存在だった。つまり、あらゆる、少数派がそうであるようにだ。

2011-02-18 01:19:52
高橋源一郎 @takagengen

「そのまま」29・「「精神障害者」とは、言葉を、語ることを禁じられた人々である。この二十五年間はまた、「語ることをとりもどす」歩みとしてあったといっても過言ではない。それぞれの時代に筆舌に尽くしがたい苦労と忘れられない出来事があり、かけがえのない人がいて、そしてなによりも…」

2011-02-18 01:23:14
高橋源一郎 @takagengen

「そのまま」30・「忘れられない「言葉」があった。さまざまな行き詰まりや困難に直面したとき、そこに「言葉」が生まれた。夢を語り合うなかで「言葉」が与えられた。人と出会い「言葉」が示された。この二十五年は、言葉を、そしてその言葉を生み出した「物語」を語り継ぐ歴史でもあった」

2011-02-18 01:25:37
高橋源一郎 @takagengen

「そのまま」31・「不思議なものである。人は、語るに値しないと思い封印してきたみずからの歩みを、「私の生きてきた歴史」として語るとき、人の繋がりを知ったとき、無意味であった日々が突然意味をもちはじめる…。早坂潔さんがそうだった。忌まわしい思い出でしかない日々の記憶を打ち消し…」

2011-02-18 01:30:08
高橋源一郎 @takagengen

「そのまま」32・「過去に決別して、気丈に振る舞う。するとそれに立ちはだかるように「発作」があった。逆に、ひとりの生きてきた人間のかけがえのない足跡として誇りをもってミズカラ語りはじめたとき「発作」は役割を終えたかのように静まっていた。彼にとっては、語ることそのものが回復だった」

2011-02-18 01:32:38
高橋源一郎 @takagengen

「そのまま」33・「「弱さを絆に」とは、彼という弱くある存在を通じて産み落とされた言葉である。彼と結び合った数限りのない「弱さ」が、いま二十五年の歳月と二十回の入退院をへて、命の息を吹きかけられたように言葉としての存在感をもち、新たに輝き始めたように思う。そこには、いまは亡き…」

2011-02-18 01:35:00
高橋源一郎 @takagengen

「そのまま」34・「女好きだった父さんも、酒好きたった母さんも、彼を疎んじた同級生もしっかりとつながっている。彼の人生に連なるあらゆる弱さが意味を持ち、殊更に用いられようとしている。誰が欠けてもならない。不必要な人はいない。弱ければ弱いほどその絆は意味を持つ」。

2011-02-18 01:36:45
高橋源一郎 @takagengen

「そのまま」35・彼らは、病者であり、弱者であり、そこからの回復を目指すため必要だったのは、くすりではなく、「言葉」であった。自前の「言葉」だった。自分を肯定する「言葉」がなければ生きてはいけなかった。翻って、ぼくたちは、どうだろうか。ぽくたちは、「強者」なのか。

2011-02-18 01:39:04
高橋源一郎 @takagengen

「そのまま」36・ぼくたちは、自分を語るべく、自前の「言葉」をもっているのか。いや、ぼくたちは、ほんとうに、「病気」でもなんでもないといえるのだろうか。彼らは、明晰な「精神障害者」を前にして、ぼくはそう思うのである。今晩はここまでです。難しいテーマでした。ご静聴、ありがとう。

2011-02-18 01:41:19