あたりはふしぜんに静まり返り、風にゆれるこずえの音も鳥の声も聞こえません。それに気づいて、カオルはだんだんとこわくなってきました。頭の上には夕暮れの空がひろがり、あたりをオレンジとむらさきにそめています。(やっぱり、もうかえろうか)——そう考え始めたときでした。
2016-08-30 16:27:59みゅう、とも、めぇ、ともとれない奇妙な鳴き声がすぐそばから聞こえて、カオルはたちどまりました。まるでおなかをすかせた猫のあかちゃんのような声です。山の中に動物を捨てていく人もいるという話をつい先日テレビでみてむねをいためたばかりのカオルは、ほってはおけないと思いました。
2016-08-30 16:31:40「…どこにいるの?」そっと声をかけながらくさむらをかきわけます。すると、ちょっとひらけた地面のうえになにかもふもふしたものががころがっているのが目に飛び込んできました。あわててかけよってみると、それはカオルが想像していたような小さい猫の子どもなんかではなかったのです。
2016-08-30 16:33:56「……めぇ太!?」 しんじられないことに、自分自身で考えたまんがのキャラクターが…すくなくとも、それにうりふたつのなにものかがあったのです。いえ、いた、と言ったほうがいいでしょうか? pic.twitter.com/OHSk3S7kyY
2016-08-30 16:36:23もふもふのからだはかすかにふくらんだりしぼんだりして、ちいさな呼吸の音もきこえました。ぬいぐるみなんかではなく、まぎれもない生き物です。カオルの気配に気づいたのか、そのいきものはもういちどめぇ、とたよりない声でなきました。
2016-08-30 16:38:28ねこのあかちゃんがこんなふうに鳴くのは、ミルクがほしいときです。 「おなかすいてるの?」 こわごわきいてみると、いきものがちいさくうなずいたような気がしました。ちょうどかばんのなかには、半分のこした給食のつぶつぶにんじんパンがありました(これはとっても人気のないメニューです)。
2016-08-30 16:41:01カオルのかんがえためぇ太はひつじのこどもでした。目の前の生き物もやっぱりひつじであるなら、にんじんパンもよろこんでたべるかもしれません。ちぎったパンをくちもとにちかづけると、いきものはむちょむちょと音をたてながらけっこうないきおいでたべはじめました。
2016-08-30 16:43:19けぷぅ、とちいさなげっぷをすると、それはカオルをみあげてにっとわらってみせました。 「ごちそうさまだメェ!こんなにおいしいものははじめてたべたメェ!」 「わっ!きみ、しゃべれるの!?」 「めぇ太はニンゲンのおともだちだメェ、おしゃべりなんてかるいものだメェ」
2016-08-30 16:46:20それは、カオルのかんがえたキャラクターの設定でした。あれ、目の前にいるのはほんとにめぇ太なのかもしれないぞ。そう思うとカオルはさっきまでのこわさもわすれ、わくわくしてきました。だって、自分でつくりだしたキャラクターが実際にいきているなんて、素晴らしいことではありませんか!
2016-08-30 16:49:32「カオルは、めぇ太のいちばんのおともだちメェ?」 「うん、そうだよ!」 うれしくなってなんどもうなずきます。 「じゃあ、めぇ太のおねがいをきいてほしいんだメェ」
2016-08-30 16:51:40「おねがいって……?」 するとめぇ太の体はふわりと空中にうかびあがったのです。カオルはまたまたびっくりしてしまいましたが、自分の考えためぇ太ならそのくらいできてもおかしくないよな、と思いなおしました。なんたってまんがのキャラクターなんですから。
2016-08-31 14:54:04「まほうをつかって、こわいあくまをやっつけてほしいんだメェ!」 「えっ、ええっ!?」 魔法?悪魔?めぇ太はますますまんがのようなことを言うではありませんか。 「人間の目にはみえないあくまがまちにまぎれこんで、わるいわるいことをさせてるんだメェ。ほっておいたらたいへんなんだメェ」
2016-08-31 14:57:59めぇ太はこの町でみつけた悪魔をやっつけようとしてかえりうちにあってしまったそうでした。けがをなおすために力をたくさん使ったら、おなかがすいてうごけなくなってしまったていうのです。 「めぇ太だけじゃかなわないんだメェ…カオルに、おてつだいしてほしいんだメェ」
2016-08-31 15:02:01「うーん、おもしろそうだけど……」 悪魔と戦うだなんて、やっぱり怖いな。こたえを迷うカオルの耳に、とつぜん、がさがさとはげしく繁みの揺れる音がきこえました。
2016-08-31 15:08:07どうじに、なんだかおえっとなるようなへんなにおいがただよいます。それは、三角コーナーのごみをくさらせてしまったのと、さびさびの鉄棒をにぎった手のひらの匂いをまぜたようでした。めぇ太が毛を逆立て、ふわふわのからだがひとまわり大きくふくらみます。
2016-08-31 15:09:57それは、くろいおおきなハトのあたまをむぞうさに人間の体にぬいつけたような姿をしていました。どこを見ているのかわからない目玉がせわしなくうごき、ぐぎゅるる、というこえがたえずきこえて、それが作り物なんかではないことをしめしています。 pic.twitter.com/uBd0fZq7Fn
2016-09-01 20:22:51「ひゃっ……!!」 何かを考えるひまもなく、カオルは悲鳴をあげてかけだしていました。 「にげちゃだめだメェ!やっつけてメェ!」 めぇ太の声がおいかけてきますが、こわくてこわくてふりむくことなんてできません。あれはゲームでもまんがでもない、ほんものです。
2016-09-01 20:26:10どすどす、ぎしぎしぎし、と骨をきしませながらあのおばけ——めぇ太のいう『悪魔』の足音がどんどん大きくなってきます。 「カオル!まつんだメェ!」 めぇ太がいつしか逃げるカオルのとなりをとんでいました。 「だめだよめぇ太、ごめん!!ぼく、あんなにかてっこないってば!」
2016-09-01 20:30:46「だいじょうぶメェ、めぇ太がカオルをじょうずにあやつってたたかうメェ!カオルはただ、魔法使いになるやくそくをしてくれたらいいだけだメェ!」 「わあああ!とにかくやだ!むりだよーっ!!」 カオルはたまらなくなり、両手で耳をふさぎながらかけつづけました。
2016-09-01 20:34:00めぇ太はまだなにかねっしんに言っていますが、心臓がばくばくいう音でなにもきこえません。 「……あ!」 どたん!!なれない山の道をそんなふうに走るものですから、カオルははりだした木の根に足をとられてはでに転んでしまいました。
2016-09-01 20:38:31ふっと視界にかげがおちました。わさっ、わさっとおおきな羽音が頭の上をとおりすぎていきます。 「え……え……」 恐怖に固まるカオルの目の前に、おおきな鳥の陰がゆっくりとおりてきました。
2016-09-01 20:45:10「ぐる……ぼぉーぼぉーぼぉーーー」 ぜんぜんカオルのほうを見ずに「それ」はかんだかくどこか間抜けですらある声をあげ、右のつばさをふりあげます。ヒトに似た指の先に刃物のような爪が並んでいるのを、カオルはたしかに見ました。 ————ぶん。
2016-09-01 20:47:29風をきる音から一瞬おくれて、とつぜん目の前にあかい花びらが散りました。 「えぁ……あ……わあーーーーーーーーーーー!!!」 カオルのゆびは、五本とも、ねもとからずっぱりときりおとされていました。 pic.twitter.com/hkyxIU4Af2
2016-09-01 20:50:35「いたあぁぁあああいいいいぃぃ」 何が起こったのかわからないまま、なみだで顔をぐしゃぐしゃにして地面をころげまわります。あくまに、ゆびを、きられた。いたい。いたい。いろえんぴつがもてない。ふでぺんももてない。それより、ああ、ころされる、しんじゃう。
2016-09-03 19:30:09