一章・入谷カオル
学校帰りに不思議な炎の柱を目撃したカオルは、自作漫画のキャラクターにそっくりな生き物めぇ太と出会い否応無しに魔法使いとなって戦うことになるのでした。
小学四年生のカオルは絵を描くのが大好きな男の子でした。お兄ちゃんの部屋の前においておくごはんにメニュー表を描くのが毎朝の日課です。「カオルー、遅刻しちゃうわよ」「まってておかあさん、もうちょっとなんだ……よし、できた!」 pic.twitter.com/jFqDgrdn3J
2016-08-19 23:23:36お母さんの車にのりこむ前に、いそいでお兄ちゃんのへやの、ドアのすきまにメニューをはさんでおきます。毎日学校からもどるとからになったお皿と、ちょっとしたまんがやおもしろい小話がメニューの裏にかかれて廊下の前に出ているのでした。
2016-08-19 23:27:50お母さんの車で駅まで送ってもらうと、あとは一時間に一本しかこない電車で街の学校へむかいます。きょうは市のコンクールに出した絵の結果がかえってくるはずなので、とても楽しみです。
2016-08-19 23:30:53きのうお兄ちゃんから教わっためずらしい深海のさめの話や、ひつじのめぇ太となまえをつけた新しいまんがの主人公のこと——友達にしゃべりたいことをたくさんかかえて、その日もいつものように1日が始まるはずでした。
2016-08-19 23:38:48いつものように授業がおわると、帰りの会の前に先生がみんなに言いました。「入谷くんの作品が県展で特賞をとりました。来月まで市庁舎に飾られることになったそうです」「マジで!」「カオル、すげー!」うれしさとはずかしさで顔をまっかにしながら、カオルはみんなの拍手をうけました。
2016-08-21 19:05:52「まって、カオルくーん」うきうきと歩くカオルへ声をかけたのは、なかのいいユリカでした。「おめでとう、すごいね!カオルくんならきっと賞がとれるっておもってたよ」「へへへ、ありがとう」 pic.twitter.com/CNUGlBKV4h
2016-08-21 19:06:25それから、ふたりは楽しく今週発売のまんがやサッカーの試合の話をしながら玄関へむかいました。「カオルくん、このまえ教えてくれた歌い手動画とってもきれいな声だったね…女神様みたいで、あこがれちゃうな」「ああ、お兄ちゃんからおそわったやつ?あれ、男の人なんだって」「ええ、そうなの!?」
2016-08-21 19:06:45カオルとユリカは門のところでおしゃべりをしながら時間をつぶしていました。ユリカはまいにちお父さんの運転する車で登下校しているのです。お仕事のつごうか、今日は少しお迎えが遅いようでした。
2016-08-21 19:07:07「……?」ふっとユリカはことばをきり、きょろきょろとあたりをみまわします。 「どうかした?」「え……うん……なんだか、誰かが見てるような……」
2016-08-21 19:07:19その視線を追ってみると、今は葉を落とした校門わきの桜の陰にじっと動かない人かげがありました。とおいので顔はよくわかりませんが、ワンピースにぞろりとした髪…女の人のようです。ユリカのいうように、その人はずっとこちらを見つめているように見えました。「誰だろう、知ってる人?」
2016-08-21 19:07:28「ううん」ユリカはくびをふると、おびえたようにカオルのせなかにかくれました。「ぼく、ちょっと声をかけてくる」「やめなよ!こわい人だったらどうするの?」カオルのそでをひっぱってユリカはひっしにとめます。
2016-08-21 19:07:38そこに、軽いクラクションの音がひびきました。見慣れた黒い車から、少しこわばった顔の男の人が歩いてきました。「あ、おじさん、こんにちは」ぺこりと頭をさげるカオルに軽く目をくれただけで、ものもいわずにユリカの手をひいていきます。「カオルくん、また明日ね」
2016-08-21 19:07:52ばたん!ユリカが言い終わらないうちに、お父さんはつよく車のドアをしめて行ってしまいました。ずっとユリカに手をふりつづけて、車が見えなくなるとカオルはふうっと息を吐きました。ユリカのお父さんはこわい人ではないのですが、あうたびにそっけない態度でついつい緊張してしまうのです。
2016-08-21 19:08:03三両の電車は山あいをゆっくり走り、駅に着くごと乗客はまぱらになっていきます。(お兄ちゃん、喜んでくれるかなあ)カオルは早く家に帰ってお兄ちゃんに賞のことを報告したくてたまりません。絵をかく楽しさを教えてくれたのは、まだふつうに学校に通っていたころのお兄ちゃんでしたから。
2016-08-25 20:09:28足をぷらぷらとさせながら、何の気なしに向かい側の車窓へ目をやります。 「……えっ! ?」 カオルは、びっくりしてつい大きな声をあげてしまいました。登下校でみなれた形の山から、巨大な火柱がたっていたのです。それは雲にまで届きそうなほどに高く、激しく渦巻きながら燃え盛っていました。
2016-08-25 20:15:04けれど、カオルの声にちらりとこちらを見た背広のおじさんも、中学生らしい女の子も、べつだん何も興味をしめしていません。 「あ、あのっ!山が、火事じゃないですか! ?」 がまんできなくなったカオルは、思わずそばにいた男の人に声をかけました。
2016-08-25 20:22:43面倒そうにスマホから顔をあげた男の人は窓を見て首をかしげ、今度はイヤホンをしてゲームをはじめてしまいました。確かに、まむかいに燃えあがる山が見えたはずなのに。今度はエコバックをさげたおばさんに声をかけてみましたが、やっぱり同じです。 「火事……?なにを言ってるの?」
2016-08-25 20:31:50あの火柱はカオルにしか見えていないのでしょうか?——よくみれば山火事ならまわりの木にどんどん燃え広がっていしそうなものですが、ただ炎がふきあげているばかりで山そのものにはかわりがないようです。こんなおかしなことってあるものでしょうか。
2016-08-25 20:36:10その時、電車が駅にとまりました。家はまだ先でしたが、気がつくとカオルはホームにおりていました。なぜなのでしょうか、ざわざわと胸がさわいで、まるで誰かに呼ばれているようで、どうしてもそこへ行かなければならないという気持ちがつよくなっていきます。
2016-08-25 20:39:45ちょうどその山には、幼稚園の遠足や友達との虫とりで何度かのぼったことがありました。夕暮れにさしかかった山の道を、カオルは息を切らせて走り続けました。みえない誰かのよぶ声は、ますます大きくなっていくようでした。
2016-08-25 20:43:35「……あれ?おかしいな、こっちのはずなのに……」山道に入ってあたりを見回してみますが、おかしなことに炎はどこにも見当たりません。もっとむこうの山をみまちがえたのかと、すこし戻ってみてもやはり同じ静かな夕暮れの風景が広がっているだけです。
2016-08-30 16:18:41それに、もののこげる匂いもけむりもまったく感じられないのです。カオルはくびをかしげました。でも、電車で一駅分と駅から山へ向かう道のあいだ、確かに燃える山をずっと見ていたはずなのです。あんなに長い時間、はっきりとしたまぼろしを見ることなんてあるのでしょうか。
2016-08-30 16:21:56(もうちょっと、もうちょっとだけ)納得のいかない気持ちで、カオルは踏み分けられた山道をのぼっていきます。幼稚園の子がのぼれるような山ですから、たいして時間はかからないでしょう。てっぺんまでいってみて何もないことをたしかめなければひきかえす気にはなぜかなれませんでした。
2016-08-30 16:24:34