「——ユリカ!!」 男の人の怒鳴り声がして、突然ユリカは解放されました。見ると、お父さんが顔色を変えて走ってきます。女性は素早い身のこなしで反対の方向へ駆け出していってしまいました。お父さんは一瞬それを追うそぶりをしながら、すぐにユリカのほうへとやって来ました。
2016-09-30 23:21:23「ね、お父さん……あの人が、お母さんだって……」 「…………」 おそるおそる見上げるお父さんは見たこともないようなこわい顔をしています。お父さんはものも言わずユリカから写真を奪い取ると、その場でびりびりに破いてしまいました。 「帰るぞ」 ぐい、といつもより乱暴に手を引かれます。
2016-09-30 23:27:49「お父さん、いたい!」 ユリカの悲鳴にも似た声に、お父さんははっとしたような顔で謝りました。 「……すまん」 それでもしっかり握った手を離そうとはしません。そのまま車に乗り、家に着くまでお父さんは終始無言のままでした。ユリカは不安な気持ちでスーツの首筋につたう汗を眺めていました。
2016-09-30 23:31:49「ユリカ、学校をかわろう」 帰宅して開口一番、お父さんはそう告げました。 「——ええっ……!?」 ユリカは—もののたとえではなく、ほんとうに—目の前が真っ暗になるのを感じました。あんまり突然な話ではありませんか。理由を尋ねたくても、お父さんの表情が口を開かせてくれません。
2016-09-30 23:36:10「どこか、ここから遠く…寮のあるところならもっといい」 お父さんの声はひどく低く、有無を言わせぬ冷たさでおさえつけてきます。……けれど。 「やだ……」 「——ユリカ?」 「やだ!やだ!!ぜったいやだ!!」 生まれて初めて、ユリカはお父さんに大きな声をあげました。
2016-09-30 23:43:29よその学校なんて、たとえどんないい設備でも、どんなにすぐれた先生たちがいても、カオルがいなかったらどこも同じ…ユリカにとっては苦痛の檻でしかないのです。お父さんはなんだってそんな酷いことを言うのでしょう。
2016-09-30 23:47:38「やああぁぁだあああああぁぁぁあ!!!」 泣きながら椅子を蹴り倒すとその衝撃でテーブルの花瓶がひっくりかえり、あたりいちめんにガラスの欠片が飛び散ります。ユリカはルームシューズのままその上をふみにじり、お気に入りのクッションをびりびりにやぶいてお父さんに投げつけました。
2016-09-30 23:51:11「よしなさい、ユリカ、ユリカ」 お父さんが慌てて止めようとします。足の裏はガラスで散々に傷つけられているはずでしたが、痛みなどすこしも感じませんでした。泣きすぎてがらがらの喉でユリカは叫びました。 「おどうざんなんでだいぎらいいいぃぃ!!」
2016-09-30 23:54:34もう、あとはただただ泣いて、床をころげて、どんなことを言ったのかも覚えていません。気がつくとユリカは足に包帯を巻かれて、自室のベッドにねかされていました。どうやら泣き疲れてしばらく眠っていたようで、ひどく喉がひりひりとしました。
2016-09-30 23:58:04「……もう…正直俺にはどうしようもないんだ」 ぼそぼそと声が聞こえてきます。お父さんが携帯で誰かと話しているようでした。 「…でも、仕事もあるし…限界なんだよ……施設に?簡単に言うなよ…」 漏れてくる単語に、ユリカは気持ちがすうっと冷めていくのを感じました。
2016-10-01 00:03:33足にけがをしているので出歩くとは思っていないのでしょう、ユリカはお父さんにまるで気づかれることなく玄関からおもてへ出ました。もうとっくに日は暮れていましたが、厚い雲に月さえも定かには見えない暗い夜でした。 (みんな、きらい……)
2016-10-01 00:07:03自分でもどこへいくつもりなのか分からないまま、ユリカは人通りのない道を歩き出していました。一歩踏み出すごとにその足はずきずきと痛み、まるで人魚姫になったみたいだ、とユリカは思いました。
2016-10-01 00:08:47