ひとはみなかにかま
かにかま漁師の朝は早い。彼らは夜も明けないうちに舟を出す。かにかま漁には数人漕ぎの小さな舟しか使えない。野生のかにかまは岩礁に好んで住み着くからだ。前日仕掛けた罠の多くは空振りだった。「ふぐです」こぼした若い漁師が顔を明らめる。「かにかまだ」少年の面影を残す彼の声が興奮している。
2016-03-01 20:04:07人はかにかまより生まれ かにかまは人に還る この海の中で―― 陸地の失われた水球の星、人は自らを海洋種族として作り替えて生き延びていた。設定寿命を迎えた人は、カニカマの木に抱かれて自らを資源化する。命に比してあまりに資源の少ないこの世界においては、人すら人に留まれないのだ。
2016-03-05 15:21:11かつては蓬莱の珠の枝と称され、かのかぐや姫も所望したというかにかまも、今では庶民の食卓に上がるようになりました。かにかまは水温と圧力に非常に敏感で、漁獲量が安定しない希少な魚でしたが、1970年代、石川県と広島県で養殖第一号が成功したのをきっかけに、爆発的に全国に普及しました。
2016-03-05 14:57:49「そうだね、世界はずっと前に滅んでしまって、本当の姿ってものは殆ど失われた。今じゃ海に魚はいないし空に小鳥もいやしない。だけどさ、人はどういう訳か海の中に魚を求めたがるし、獲れたての魚をありがたがる。だから、そう…かにかまを育て始めたことだって、きっと悪いことじゃないんだろうさ」
2016-03-05 14:54:04蟹が食べたい。それが病床の母の繰り言だった。この時代、手に入るのはかにかまだけ。かにかまを母は拒んだ。「蟹じゃない」「違う」最期の朝、何とか手に入れたほぐし身を食べて笑い、母は逝った。 だが。 (……あれは、古い製法のかにかまなんだ) 蟹はとっくの昔に絶滅した。母が子供の頃に。
2016-03-05 15:51:34@sousakuTL こういう感じの満載の本にしていきたいと抱負を語っておく(尻叩き) "かににはかにの すけとうだらにはすけとうだらの 神がいる かにかまに神はいない ただ 宿命がある かによりも かにであれと ゆえにかにかまも いずれかにの神を殺すだろう"
2016-03-10 00:00:08あんまり夜というものが重すぎて、万有引力にすこしだけ塩化ナトリウムとグルタミン酸ナトリウムが析出するような日は、にんげんの空漠がかにかまとなって積層されるのです
2016-03-20 03:04:01紡績機械とすけとうだらが道ならぬ恋をしたことで、かにかま、きみは生まれたんだよとお節介やきのかにがいうので したらばぼくはシーフードサラダになるしかないじゃないか
2016-03-20 03:06:46潮風に何年もやすられた頬をした老人の小屋の軒先には、大きな鉤に頭を通されたかにかまが下がっていた。重力に引かれてだらんと垂れ下がった褐色の体はまだ海水を滴らせている。調味液に漬け込んで初めてあの赤さが生まれるのだ。「6歳齡」漁師がむっつりと言う。「最近じゃこれくらいで頭打ちじゃ」
2016-03-20 03:20:25ひとはみなかにかま リターンズ
@sousakuTL 野生のカニカマがいかに美しかったか、お前は知らないだろうね。午睡の気配とともに祖母が語るその物語に、私は何度耳を傾けたものだったろうか。
2016-09-28 19:22:40@sousakuTL レースカーテン越しの柔らかな日光の熱に、雛鳥のように温められながら私は何度も南の明るいエメラルドの海を、にこ毛めいた海藻の茂る温もり深い海を心に描いた。 そして、その海を駆ける野生のかにかまの姿を。 荒々しく野生の気高さを宿したかにかまの姿を!
2016-09-28 19:23:24知られている通り、この海が棘皮動物のものになってより惑星周期を基準年として二千年ほどが経過した。振り返れば、自らを引き裂きながら自他を思考する哲学のクモヒトデの治世があり、自らの体腔の内外を世界と定義するナマコの帝王たる一代があり、そして優美なウミユリの物静かな時代があった。
2016-09-30 23:35:53アップルパイの妹
@sousakuTL 妹が初めてお菓子を作った時、彼女はバターをパイ生地に練り込みながら一緒に自分も練り込んでしまったんだ。1024層、バターと一緒に織り込まれた彼女は砂糖煮のリンゴを抱きしめながら20分間オーブンの中で焼き上げられ、僕の妹はアップルパイになった。
2016-04-17 17:52:13@sousakuTL アップルパイになってしまった妹は、それでも妹で、あのこの性情というものは全く変わることがなかった。近所の犬に追いかけられては半泣きで僕の後ろに駆け込んでくるのも一緒、ただ、雨の日は少し元気がなくなったし、ひんやりした場所を好むようになったとは思う。
2016-04-17 17:54:09@sousakuTL 「女の子ってさ、綺麗なお皿にリーフやソースと一緒に飾られて、銀のぴかぴかしたナイフとフォークを添えられて、さあどうぞ、って誰かに差し出されてるような気分になるの」パイの粉砂糖の具合を気にしながら妹が言った。
2016-04-17 18:02:55@sousakuTL 「それってヤだなって思うわけ。ナイフもフォークもお皿もみんな綺麗だし嫌いじゃないけどさ、それってみんな私のためのモノじゃないんだよ」思案した妹は砂糖を軽くひとはたきする。アップルパイになった妹の言葉はよくわからない。「だったらせめて私選びたかった、」
2016-04-17 18:04:35