大湊警備府の日常【第1話】

軍艦どうしの戦いって、こんな風にしてたのかなー、などと思いを馳せながら、アルペジオ方式で書いてみた
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深海さかな @dzurablk_kai

暮れ泥む夕陽が壁の漆喰を赤く染め上げる中、足音だけが木霊する もう何度往復したかも分からない寂れた廊下は西日に暖められながらも、晩秋の冷気が影から迫りつつあった 川内は書類の詰まった小振りながらも重い段ボールを足元へ下ろすと額の汗を拭う #今夜の川内

2016-10-17 18:51:51
深海さかな @dzurablk_kai

引越し作業で汗ばんだ身体からは冬物の厚手なセーラー服の抵抗も甲斐なく、体温がみるみる奪われていく そもそも港から200メートル以上も離れたこの本棟まで、執務室を覆い尽くさんばかりの書類を一人で運べと言う方が無理な話だ 少しくらい休んでもバチは当たるまい #今夜の川内

2016-10-17 18:56:45
深海さかな @dzurablk_kai

そう思い壁に背中を預けた川内は休む間もなく背中の不穏な感触にすかさず身を起こし振り返った 薄く埃の積もる窓枠へボロボロと崩れ落ちる漆喰 どうせ制服は洗濯する予定であり背中についた漆喰はさしたる問題でもないが、広大な建物の大掃除の予定が加わるとなると流石に頭が痛くなる #今夜の川内

2016-10-17 19:02:28
深海さかな @dzurablk_kai

川内は苛立ちを紛らすかのように頭をがしがしと掻きむしると、ダンボールを手に取りまた廊下を歩き始めた 玄関から建物の端へ向かって百メートルほど進み階段から二階へ上がると、今度は逆方向へと廊下を進み、玄関の丁度真上に位置する執務室へと向かう #今夜の川内

2016-10-17 19:07:32
深海さかな @dzurablk_kai

ようやく長い旅路を終えた川内は荒い息も整えず、煉瓦でわずかに開けられたドアを足で乱雑に開きながら、徒労を強いる上司たちに開口一番不満をぶつけた 「ちょっと提督、早く手伝ってよ!! まだ半分も終わってないじゃん!!」 #今夜の川内

2016-10-17 19:11:47
深海さかな @dzurablk_kai

だが川内を待ち受けていたのは頼みの綱の増援などではなく、不機嫌そのものな一組の男女の声音だった #今夜の川内

2016-10-17 19:12:41
深海さかな @dzurablk_kai

「ほら、呼ばれてるぞ提督殿?」 皮肉っぽく「提督」の部分だけをゆっくりと言いながら、隣に立ったガタイの良い男性に流し目を寄越した女性は深水 美魚瀬(ふかみ みなせ) 階級は中佐だ 川内と同じくらいの背丈にスレンダーな四肢、洗練された身のこなしからは、 #今夜の川内

2016-10-18 13:18:58
深海さかな @dzurablk_kai

誰もがキャリアウーマンめいた第一印象を抱くに違いない その反面、細身で端整な面立ちと切れ長な目、普段は制帽に収まる程度に纏められた美しいロングヘアーは女性、とりわけ艦娘からの人気も高かった ・・・少なくとも執務室の外で猫を被っている間は #今夜の川内

2016-10-18 13:21:44
深海さかな @dzurablk_kai

「いつ俺が提督をやると言ったんだ」 それに答える大佐の肩章をつけた半袖二種制服姿の男は龍造寺 豊久(りゅうぞうじ とよひさ) 170cm半ばの長躯にそこそこの筋肉を備えた、自称インテリ派である #今夜の川内

2016-10-18 13:28:47
深海さかな @dzurablk_kai

どうやら呉からここ大湊へ三人揃って飛ばされた挙げ句、諸々の面倒事を引き受ける名誉ある不幸な役職を得たのはこちらの方らしい 「雑務と愚痴は階級順に上に流れる物だと、何かの映画でも言ってただろう」 #今夜の川内

2016-10-18 13:36:10
深海さかな @dzurablk_kai

付き合いの長い副官とは言え、上級者であるはずの龍造寺に向けられた物とは思えないぞんざいな口振りと共に、心底面倒くさそうに嘆息する深水 面倒見が良く頼れる上官、才色兼備な大和撫子としての表の顔からは伺い知れない、川内と龍造寺のみぞ知る深水の本性その1である #今夜の川内

2016-10-18 13:38:56
深海さかな @dzurablk_kai

「確か俺の記憶だとその映画、雑務については一言も言ってなかったハズだが?」 「チッ、細かい男だな」 と、深水はつかつかと川内の方へと歩み寄ると 「私は早くこの可愛い秘書艦とベッドインしたいと言っているんだ、皆まで言わせるな」 背後からいきなり川内の胸を鷲掴みにした #今夜の川内

2016-10-18 13:43:56
深海さかな @dzurablk_kai

反射的に川内は右肘で鳩尾を殴り付けようとするも、深水は一瞬のうちにそれを避ける 「全くこれだから、情緒を解さぬ朴念人は・・・」 「そんな情緒理解したくもないわよ」 この同姓へのセクハラが、深水の本性その2 ちなみに被害担当艦は、なぜか専ら川内である #今夜の川内

2016-10-18 13:47:17
深海さかな @dzurablk_kai

「お前が提督になれば、毎日その川内と一緒にいられるだろ」 と呆れながらも龍造寺は、自らの方へ逃げてきた川内の腰を然り気無く抱き寄せる 「嫌よ、絶対に嫌」 「うわーこのバカップル、夫婦水入らずになって執務室で何するつもりなんだか」 茶化す深水、赤面する川内 #今夜の川内

2016-10-18 13:58:14
深海さかな @dzurablk_kai

川内と龍造寺が恋仲であることは、呉にいた頃から艦娘たちの間でも噂になるほど有名な話だった 「頼むから新しく来たやつらにそのことは言うなよ」 龍造寺としては照れる川内を見られるのも悪くはないが出来ることならそういったスキャンダルな噂は新任の基地では流行ってほしくはない #今夜の川内

2016-10-18 17:32:03
深海さかな @dzurablk_kai

幸い呉からの転出はこの執務室にいる三人だけで、残りの艦娘は他の基地から来る手筈になっていたから、深水の口止めさえ成功すれば噂の拡散は難しくないように思えた 「はいはい、仰せのままに 艦娘には言わないわよ 提督殿のご命令だし?」 #今夜の川内

2016-10-18 17:35:52
深海さかな @dzurablk_kai

どうやら深水も提督という役職を押し付けたことを借りと考える程度には、殊勝な性格は僅かながら残されているようだった #今夜の川内

2016-10-18 17:36:49
深海さかな @dzurablk_kai

思いの外呉からの引越し荷物が多かったために川内だけでは手が足りず、書類の整理と執務室の片付けを明日に回した龍造寺と深水も荷物運びを手伝うことになり、全ての作業が終わったのは既に日付が変わろうかと言う頃合いであった 「これで最後か・・・」 #今夜の川内

2016-10-18 17:49:58
深海さかな @dzurablk_kai

スーツカバーが掛けられたままの数着の制服をハンガーもろとも傍にあったダンボール上へ放ると龍造寺は、喫まねばやってられないとばかりにピースを取り出し火を点けた 新たな執務室は禁煙にしようと密かに考えていた川内が露骨に眉を潜めるのも気に止めず、深水もハイライトをくわえる #今夜の川内

2016-10-18 17:53:44
深海さかな @dzurablk_kai

二人分の濃密な紫煙と嘆息、束の間の落ち着き 「晩御飯どうするの?」 折よく軍手を外した川内の腹部が可愛らしく音を上げる 「あー、なんかもうめんどくさい・・・ 何とかしてくれ提督殿ー」 「コンビニで弁当買ってただろ 深水、電子レンジは?」 #今夜の川内

2016-10-18 17:56:40
深海さかな @dzurablk_kai

纏めた髪をほどき手櫛を入れていた深水はそれを聞いて瞬時に、不機嫌そうに顔を歪ませる 「疲れてる私に振るな 自分で探せ」 「レンジは荷造りしたのも運んだのもお前だったろ 俺じゃどこにあるかわからん」 「ああ、もう・・・」 渋々重い腰を上げる深水 #今夜の川内

2016-10-18 18:00:53
深海さかな @dzurablk_kai

低血糖低血圧は言わずもがな、ニコチンやカフェインをほんの数時間切らしても機嫌が悪くなる副官の仕様には龍造寺もとうに慣れている それきり誰も無駄な反論はすることなく三者三様に電子レンジの捜索、弁当の準備と灰皿の捜索、食事ができるスペースの確保を手早く済ませる #今夜の川内

2016-10-18 18:07:34
深海さかな @dzurablk_kai

弁当をものの5分で緑茶もろとも掻き込んだ深水は、いつの間にか荷物の山から探し当てていた自分一人分の寝袋へ寝そべると、タバコをくわえた 「じゃ、私は寝る」 そう素っ気なく言い放ち寝タバコを嗜む深水に、慌てて問いかける川内 「ちょっと、私たちの寝袋は?」 #今夜の川内

2016-10-27 23:23:28
深海さかな @dzurablk_kai

「何だ? 一緒に寝たいのか?」 「そうじゃなくて、私と提督の寝袋よ」 半日とせず龍造寺を提督呼びする川内に、龍造寺が嬉しさ半分面倒半分といった複雑な顔を返す いざ聞いてみれば、恋人から提督と呼ばれるのも存外悪くはない が、それでもやはり仕事はしたくない #今夜の川内

2016-10-27 23:27:44
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