日本に一番近い地雷原、そして消えた街へ。

朝鮮戦争の激戦地であり、結果的に人口2万人の街が消滅した地に行った際の記録。現地は、今は日本に一番近い地雷原になっていました。
26
せき のりかず @kotonoha_s

ちょっと、話題が出たので書いてみようかな、鉄原のことを。 pic.twitter.com/aF7vvyIf8s

2016-10-23 11:21:30
拡大
せき のりかず @kotonoha_s

ソウル市内から電車に乗って約1時間、ローカル列車に乗り換えて更に1時間弱で白馬高地駅に到着します。ここは、38度線より北側。いま民間人が手軽にぶらりと訪れられる、韓国の端っこ。 pic.twitter.com/lgdIRISqAo

2016-10-23 11:34:54
拡大

韓国では都市圏鉄道(地下鉄)と一般の在来線(列車)とは別扱いとなっていて、路線は同じ京元線なのですが途中の東豆川/逍遥山駅まではソウル地下鉄1号線、そこから先はKORAIL(韓国の国鉄に相当)の京元線列車となります。
運賃制度も違うので、一旦改札を出て切符を買い直す形で乗り換えます。

2024年現在、逍遥山駅から漣川駅まで電車の運行が延長されましたがその先の鉄道線は運休中で代行バスも確実なものがないようで、現地への確実なアクセスは東ソウルバスターミナルからの市外バス東松線から農漁村バス13番への乗り継ぎしかないようです

せき のりかず @kotonoha_s

ちなみに1号線電車から乗り換えるローカル列車は、韓国でここだけになった「普通列車」が走る路線。2時間に1回、3両編成のディーゼルカーが往復します。ここ以外の韓国の在来線では、普通列車の運転を取りやめ、急行か特急相当の列車のみとしてスピードアップしています。 pic.twitter.com/sZSzi4uGLB

2016-10-23 11:39:21
拡大
拡大
拡大

この列車の運行は終了し、再開業後は違う形態での運行となります。

せき のりかず @kotonoha_s

ローカル列車の車窓は、近郊農地から段々と軍事施設が増え、終点間近になると鉄条網と監視小屋だらけの丘陵地となり、日本では感じないピリっとした空気になります。そして車窓の向こうには、戦争で破壊された鉄橋が。 pic.twitter.com/7Eef1Lm0CP

2016-10-23 11:46:42
拡大
拡大
せき のりかず @kotonoha_s

ローカル列車の終点・白馬高地駅は、朝鮮戦争の激戦で破壊され不通となっていた区間に新しく作られた駅。線路はこの先、今の北朝鮮の元山までつながっていたのでした。 鉄馬は、走りたい。そう書かれた先で、鉄路は途切れています。 pic.twitter.com/OAXtErx5nV

2016-10-23 11:49:32
拡大

ハングルで書かれた看板には、こう書いてあります。

  鉄道中断点
 鉄馬は、走りたい。

鉄馬は、列車のこと。この先へ走ってゆける日がくるのを、待っています。

せき のりかず @kotonoha_s

白馬高地駅は、何もない田園の真ん中に作られた新駅。 周辺には何もないのですが、駅には地域の名産品を取り扱う売店が併設されていて、野菜や米が買えます。駅からは安保観光(民間人統制線の先へ行くツアー)のバスが出ています。 pic.twitter.com/aqLZoUVzey

2016-10-23 11:56:37
拡大
拡大
せき のりかず @kotonoha_s

白馬高地駅には地域のローカルバスも発着するのですが、何故か駅前広場に入らず路上のバス停で客扱い。とても分かりづらいぞw ということでバスに乗り、鉄原の旧市街へ。運賃は申告制前払い方式で、運転士に「ノドンダンサ」と伝えると運賃を教えてもらえます。 pic.twitter.com/CnVG8Evcwx

2016-10-23 12:01:29
拡大
拡大
せき のりかず @kotonoha_s

鉄原の市街地へ向かうローカルバス、外国人観光客が乗るのは珍しいらしく、運転士は嬉々として車窓ガイドをしてくれます。うん、そうなのか~、全然意味は分からないけど、軽快なトークが揺れまり急発進急停車しまくりの車内に響きます。バスは程なく村を抜け、原野を駆け、降車バス停に到着。 pic.twitter.com/DRBG3P1oux

2016-10-23 12:06:18
拡大
拡大
せき のりかず @kotonoha_s

バスに乗ってやって来たのは、労働党舎(ノドンダンサ)。 朝鮮戦争時の一時期、この一帯は北側の管理下となり、その際に建てられた朝鮮労働党の庁舎。ここでは住民への共産主義の教化も行われていたようで、その説明文に歴史の重みを感じます… pic.twitter.com/5IWciLRhov

2016-10-23 13:32:18
拡大
拡大
拡大
せき のりかず @kotonoha_s

鉄原の労働党舎、建物はロシア様式の立派で頑丈だったことから激戦を何とか耐え、外壁が残りました。しかし建物は砲弾や銃弾の痕跡にまみれ、内部は大きく損壊。戦闘の激しさを物語ります。 そして、内部に残る小部屋で何が行われていたのか… pic.twitter.com/UGffORww0K

2016-10-23 13:38:29
拡大
拡大
拡大

韓国側の説明では、教化の過程で拷問が行われたとなっています。
まだ一応は南北は戦争中で、たがいの情報戦は続いている中ですからこの表現の全てを真に受けてはいけないのかも知れませんが、そう考える自分に、改めて戦争とは何かを問いかけたくなったり…

せき のりかず @kotonoha_s

さて鉄原の労働党舎、何もない田園地帯に何故庁舎が?と思うも、実はここ、戦前には人口2万人の市街地が存在した場所なのです。鉄道の要衝として計画的に造られた立派な市街は、激しい内戦の末、原野へと還ったのでした。 ここに2万人が暮らす街があったなんて… pic.twitter.com/rLCHPi1G3c

2016-10-23 13:45:09
拡大
拡大
せき のりかず @kotonoha_s

江原道鉄原郡、中心となった鉄原の町は前投稿の駅周辺の鉄道産業のほか水田開墾による穀倉地帯の中心都市でもあり鉄道関係事業と相まって大いに賑わったそうですが、その重要性故に朝鮮戦争で取り合いの激戦区となり、あまりの被害で「まち全体が壊滅」してしまったという… map.konest.com/dloc/329212/62… pic.twitter.com/vHZ3nZTyPa

2024-02-21 15:30:44
拡大

1935(昭和10)年の統計書を見ると、鉄原郡鉄原邑の人口は19,876人で邑面(日本でいう町村)単体人口としては江原道で最大の「市街地」でした。

せき のりかず @kotonoha_s

賑やかな市街を縦貫し、駅へと向かっていた道。 今は、民間人が立ち入れない規制区域になり、軍の検問所が立ち塞がります。 街が、消えた。その事実をどう受け止めたらいいのか、暫し戸惑う時間でした。 pic.twitter.com/klpILFFw7t

2016-10-23 13:51:13
拡大

昔の鉄原の街は、この辺りを境に南側が米作の拠点としての市街で今の民間人統制線の北側へ延びている道路沿いに銀行や工場などがありその先に鉄道輸送の拠点となる駅があったそうで、検問所の向こう側には廃墟となったり基礎だけになった「まちの残骸」が残っているそうです。

朝鮮半島の中央部にあり鉄道の要衝でもあった鉄原は、南北両軍とも奪還・防衛に必死となり、大規模な市街戦もあり街は荒廃。戦後は南北とも旧市街を放棄し、別のところに鉄原市街地を「新しく構築」したということです。

せき のりかず @kotonoha_s

労働党舎すぐの道路沿い。そそり立つのは巨大なコンクリートブロック。有事の際はブロックを道路に落とし、敵軍の侵入・進出を防ぐものです。そして、道路は有刺鉄線で囲われてゆき、赤い三角の札が揺れます。 지뢰、地雷。 日本に一番近い、地雷原。 pic.twitter.com/typVYyfHbP

2016-10-23 14:35:38
拡大
拡大
拡大
拡大
せき のりかず @kotonoha_s

鉄原の街の跡から、駅まで歩いて戻ることにしました。 地雷原の中を、真っ直ぐ伸びる道。観光バスが頻繁に通るこの道と、すぐ横に揺れる地雷の注意看板、どう捉えたらいいのか分からない感情が、くすぶります。 pic.twitter.com/4XfccXBw9C

2016-10-23 16:15:29
拡大
拡大
せき のりかず @kotonoha_s

地雷原を抜けると、広大な農地が現れます。 はるか先まで見えるのですが、あの先は地続きなのに、行けない。行ってはいけないとされている地。 空には、時折渡り鳥が。彼等は、このことを、知らない。 pic.twitter.com/Rz3o2z3fsb

2016-10-23 16:18:27
拡大
せき のりかず @kotonoha_s

鉄原の山に、陽が沈んでゆきます。現代史の重みを感じる道を進み、大きな検問所まで来ると、駅はもうすぐ。ソウルに戻る列車では、こうやってのどかに列車に乗られることに、乾杯。 この平和の時が、続きますように。 そして、融和の時が、早く訪れますように。 pic.twitter.com/TZe0fZkPeK

2016-10-23 16:32:18
拡大
拡大
せき のりかず @kotonoha_s

さて鉄原で現代史の一場面を見たら、もうひとつの場面も見ておきたいもの。 鉄原(白馬高地)から列車でソウルに戻る際に通る議政府市は、プデチゲ(部隊鍋)が名物。この料理は、朝鮮戦争後の食糧難の際に米軍放出品を使って作った炒め物が韓国風鍋料理に進化したもの。ハムやソーセージが入ります。 pic.twitter.com/VxRG5TkhFJ

2016-10-23 16:40:08
拡大
拡大