すり減った靴◆(終)
_歩く。一歩。一歩を踏みしめる。歩くたびに、足の裏から快感を感じる。 (なんだこれ……なんだこれ、なんだこれ!) 街灯の輝きが舞台のスポットライトのように美しく、両脇にそびえる無秩序な建築物が絵画のように整然と感じる。 21
2016-10-26 20:15:09_ドラマのワンシーンのようだとギヌは盛り上がってしまった。いつ路地裏からギャングが飛び出して銃撃戦が始まってもおかしくはない。背後から自分を守ってくれるヒーローが現れるかもしれない。実際には起こらなくても、想像だけでどこまでもテンションが上がる! 22
2016-10-26 20:21:29「ここで終わりか……」 気づけば、指定された道の区画を歩き切っていた。心臓がばくばくと鼓動し、眼は爛々と輝いていた。鼻息も荒く、道を進む。大股で歩く。余韻はどこまでも。 「やるじゃん……やるじゃん! 期待以上だよ」 23
2016-10-26 20:26:31_しかし、これが初めての経験ではないと思う。 (こういうことよくあるような……そう、行く道、帰る道で妙に機嫌がよくなって、妄想が始まったり鼻歌を歌ったりするような……) そこでギヌは一つの可能性に行きつく。 24
2016-10-26 20:33:08(そうか、そういう道は道の調教師が教え込んだ道なんだ。それと気づかずに、毎日どこかで、道を歩く途中、機嫌がよくなっていたんだ! こりゃ言いふらしたくなるわ。だって、誰も道のせいだなんて思わない。彼の仕事だなんて思わない) そこで立ち止まり、目を伏せる。 25
2016-10-26 20:40:50「今度会ったら褒めてあげなくちゃ」 実際には、二度と会うことはなかった。またギヌの日常が始まり、店先から埃を一掃する仕事が続く。ギヌは何度も通りに目を向けるが、キャップを被った、赤いシャツの、ジーンズ男は姿を現わさない。 26
2016-10-26 20:46:22_真新しいジーンズ姿のギヌは、エプロンの埃を叩き落とした。ついでに頬も叩き、気合を入れる。単調な仕事でつい眠気が出てくる。日差しも丁度良い。けれども、丁度良くては困る。あと少しの辛抱だ、とギヌは気合を入れ直した。午後の太陽は柔らかく彼女を照らす。彼女には新たに趣味ができた。 27
2016-10-26 20:53:03_それは、いつもの日常と何ら変わりない。ただ、ギヌはそこに楽しみを見出した。店先で働く彼女に向かって、一人の軽薄な男が歩み寄り、話しかける。 「いい天気だね、お嬢さん」 「ええ。いらっしゃいませ」 男はどうでもいい雑談を振ってくる。適当にあしらうギヌ。 28
2016-10-26 20:57:24「お嬢さん、趣味は何かあるのかい?」 「そうですねぇ……」 唯一、よくぞ聞いてくれました、と感じる問いを投げかけられ、ギヌはニヤニヤとした。空を見上げる彼女の顔を、太陽が照らす。彼女は目を細めた。 「わたし、道を歩くのが好きなんですよ」 29
2016-10-26 21:04:32「散歩かァ、いい趣味……」 「いいえ、行く道、帰る道の……いつもと同じ道ですよ」 そう言って彼女は舌を出して笑うと、店内に引っ込んだ。あっけにとられた男。 去っていくギヌの靴底は大きくすり減っていたのだった。 30
2016-10-26 21:10:14【用語解説】 【ギャング】 盗賊ギルドの構成員のこと。盗賊ギルドは非合法集団であり、一枚岩ではなく、集団ごとに独立した組織である。武力行使する者を「アサシン」、非合法商売で稼ぐ者を「ブッチャー」、裏情報を扱うものを「メッセンジャー」と呼ぶが、組織ごとに呼び方はやはり違う。
2016-10-26 21:20:11【次回予告】 廃墟と化した街で出会ったのは、語尾が猫っぽい魔法使い。過去作の加筆修正版です 次回「猫の街」 全19ツイート予定。実況・感想タグは #減衰世界 です
2016-10-26 21:26:22