どうしてアニメ業界論はどれもつまらないのか

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uroak_miku @Uroak_Miku

アニメ業界の構造論は結局いつも「中抜きガー」「製作委員会ガー」「手塚治虫ガー」に着地してしまう。アニメ業界の構造論ではなく、アニメ業界構造論の構造をまず分析すべきではないか。メタ。誰がどんな自己免責ポジショントークをしているのかを可視化するのです。面白いものが浮かび上がってくる。

2016-10-30 12:04:25
uroak_miku @Uroak_Miku

2)まず、アニメの労働環境がどんなに劣悪であるかがマスコミに取り上げられるようになったのはいつからでしょう。

2016-10-30 12:05:33
uroak_miku @Uroak_Miku

3)昭和45年(1970年)でしたか、ある週刊誌が手塚の虫プロを取り上げた。もうじき同僚と結婚するはずだった青年アニメーターが首つり自殺したのを取り上げたのです。

2016-10-30 12:06:35
uroak_miku @Uroak_Miku

4)週刊明星(通巻第621号)昭和45年6月21日号です。ここで読めます。blog.goo.ne.jp/mcsammy/e/f155…

2016-10-30 12:07:53
uroak_miku @Uroak_Miku

5) >―挙式10日前に婚約者が無残にも・・・・・・ 悲劇の花嫁を生んだ “あしたのジョー”殺人事件

2016-10-30 12:08:31
uroak_miku @Uroak_Miku

6) >テレビの漫画、劇画番組が週刊13本。空前のアニメ・ブームのかげで、現代の花形アニメーターたちは、疲労の極み達してバタバタ倒れてゆく。ある者は自ら首をくくり、ある者は挙式の10日前、婚約者の女性に見取られて,,,,,,,,

2016-10-30 12:09:03
uroak_miku @Uroak_Miku

7) >「すいません」と同僚に 遺書であやまりながら自殺  >年齢プラス10がアニメーターの健康状態。年齢カケル1000がアニメーターの給料。そういって彼らは自嘲する。トシより10も早くふけるほど体をすり減らして働いても、収入はそれほど少ないということだ。

2016-10-30 12:09:49
uroak_miku @Uroak_Miku

8)労働組合の機関誌「あにめれぽーと」創刊がこれより5年あとの1975年でした。現場の惨状がつづられていますが、あくまで組合誌だったので広く読まれることはありませんでした。

2016-10-30 12:12:49
uroak_miku @Uroak_Miku

9)これも前にお見せしたことがあると思います。現場の惨状を取り上げたおそらく日本で最初のものです。「マスコミひょうろん」1977年11月号。後に「噂の真相」となる雑誌です。「噂」も過去のものとなりましたが。 pic.twitter.com/fBAL4pidYL

2016-10-30 12:25:44
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uroak_miku @Uroak_Miku

10)『宇宙戦艦ヤマト』の映画が公開されて大ヒットした年です。軍国主義の象徴たる悪夢の戦艦大和が、どうしてヤングカルチャーとして浮上?おとなたちが戸惑った。その流れのなかで、制作現場の惨状が分析されています。 pic.twitter.com/NXpDiJnpzd

2016-10-30 12:28:46
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uroak_miku @Uroak_Miku

11)昨年ジャニカが公表した実態調査とそっくり同じことが書かれています。1977年と2015年のあいだには38年の時間が流れているはずなのに。

2016-10-30 12:30:51
uroak_miku @Uroak_Miku

12)この特集のなかでベテランアニメーター「A」が、手塚が安い金で『鉄腕アトム』(国産初のテレビアニメ)を始めたばっかりにこうなってしまった、とくさしています。 pic.twitter.com/q1TCptX8iP

2016-10-30 12:32:16
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uroak_miku @Uroak_Miku

13)おそらくこの写真の右の方です。左ではありません右側です。 pic.twitter.com/LCJSrm01eK

2016-10-30 12:36:11
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uroak_miku @Uroak_Miku

14)大塚康生。昭和7年生まれ。手塚(大正生まれと称していましたが実は昭和3年生まれ)とも親交があった。もっとも手塚の虫プロへの移籍は拒否。東映アニメ(当時は東映動画と呼んでいましたが)で組合活動を続けた。

2016-10-30 12:39:22
uroak_miku @Uroak_Miku

15)当時の組合OBの方々に取材していったのですが大塚さんの評判はあまりよろしくないのが印象的でした。「裏切者」とさえ言い切った方までおられた。

2016-10-30 12:42:08
uroak_miku @Uroak_Miku

16)やがて謎が解けた。東映動画内部でストライキがあって(『アトム』より前の時代です)組合側が勝った。昇給を勝ち取った。会社にすれば年一本の長編ではとても賄えない。年二本体制にしたい。そこで出来高制を提案した。希望者には描いた枚数に応じて払うよ、と。

2016-10-30 12:50:53
uroak_miku @Uroak_Miku

17)これで組合の結束が崩れ始めた。上手くて速いひとも、下手で遅いひとも、同じ給料しかし学歴差があることに不満を抱いているアニメーターは何人もいたから。

2016-10-30 12:52:12
uroak_miku @Uroak_Miku

18)会社側の提案に真っ先にのったのが大塚ら低学歴で馬力のあるひとたち。

2016-10-30 12:53:09
uroak_miku @Uroak_Miku

19)『アトム』のせいでそうなったのではありません。その前からもう東映動画内部で亀裂が生まれていた。そこに『アトム』が始まり、アメリカ輸出交渉に成功しドルをたんまり稼いでくれると聞き知って東映幹部が目の色を変えた。

2016-10-30 12:54:33
uroak_miku @Uroak_Miku

20)うちもテレビアニメをやろうアメリカに輸出してドルを稼ごうじゃないか!テレビアニメは数が勝負だから馬力のある絵描きは優遇するぞと宣言。出来高でたんまり払ってやるぞ。

2016-10-30 12:55:46
uroak_miku @Uroak_Miku

21)いちおう社員扱いだったようですが、出来高払い。これって労働基準法違反のはずなのですが当時はだれも気にしなかったようです。とにかくこれで楠部大吉郎や大塚といった馬力マンは荒稼ぎ。東映動画の所長の十倍も稼いでいた時期まであったそうです。

2016-10-30 12:57:43
uroak_miku @Uroak_Miku

22)今のアニメ界の労働環境の惨状はこのとき始まった、とみます。稼ぎ倒したひとたちは「実力相応のものをもらってなにが悪い」と思ったのでしょうが、賃金体系を自ら壊しにかかったのと同じです。

2016-10-30 12:59:09
uroak_miku @Uroak_Miku

23)大塚はその後東映動画を離れテレビアニメの世界に軸足を置くわけですが、本人も自覚はあったのだと思います。組合結成の旗振りを務めた自分が、組合を内部から崩す真似をしたことに。それで以後「職人」の顔に徹するのです。「労働者」ではなくて。

2016-10-30 13:00:57
uroak_miku @Uroak_Miku

24)その負い目を手塚になすりつけたのです。「アトムのせいでこうなった」と。 pic.twitter.com/KhglZbkVzA

2016-10-30 13:01:44
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uroak_miku @Uroak_Miku

25)手塚が亡くなったとき宮崎駿が「あいつのせいでアニメの世界は貧乏になってしまった」とぶち上げた本当の理由がみえてきませんか。彼は大塚の弟子で盟友だから大塚説を代わりに語ったのですよ。彼もまた組合を見捨てて移籍し社員待遇で『ルパン三世』作った口だし。 pic.twitter.com/iC0XxCzXFH

2016-10-30 13:03:48
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