稲川淳二の『つぶやき怪談』(2016.10.31)

稲川淳二 @Junji_Inagawa

それを、幼い娘が見つけてね 「あの人形が欲しい」 って言ったんだ。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

でも、そんな贅沢は出来ないから 「ダメだよ」 とは言うんだけども、その子は、 どうしても欲しいって。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

で、しかたなく、店の人に聞いてみたら、 その人形、いつからあるか判らないんだって。 売り物には違いないんだけどね。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

それじゃ、凄く欲しがってるし、 普段、何も買ってあげてないから、 この子に、その人形を買ってあげようか、 って思ったそうです。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

他の物を買うのをね、少し控えて、 で、今回は、これで良いじゃないか、 この子にこの人形を買ってあげたんだって事になったんですね。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

女の子は、大変に喜んだ。 て言うのは、この子は、ひとりっ子なんだね。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

姉も妹もいないもんだから、 その人形を、とっても可愛がって、大事にしたそうですよ。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

貧しいながらも幸せな家族。 ところが、この一家に不幸が訪れた。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

この家のね、若いお母さんが、 突然、病に倒れてね、ポックリと死んじゃったんですよ。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

元々、そんなに身体の強い人じゃなかったんだな。 子供を沢山産むような、その時代にですよ、 一人しか子供産めなかった訳でね。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

まぁ、お婆ちゃんにしてもお父さんにしても、 この女の子が不憫でならなかった。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

ところが、そんなところに、 またまた、今度は、お父さんの所に、赤紙と言われる 「召集令状」 が来ちゃった。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

これ貰ったら、戦争に行かなきゃならない。 その当時の国民の義務ですからね。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

でもね、お父さんにしてみれば、 年老いた母親と幼い娘を残して、戦争に行くっていうのは、非常に辛い。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

辛いけれども、行かない訳にはいかない。 お国の為って言うんでね、 後ろ髪を引かれる思いでもって戦場へ向かった訳ですよ。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

残されたのは、このお婆ちゃんと孫娘。 この家には、小さな畑しかないんですよ。 お婆ちゃん耕すんだな。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

自給自足みたいなもんです。 でも、ただでさえ、貧乏だったんですからね、 なかなか、食べていくのは大変だったんですよ。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

しかたなくね、亡くなった、そのお母さんの着物を、 たまに売ったりなんかしてどうにか食い繋いでた。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

それでもお婆ちゃん、一生懸命頑張って、 ようやく畑に、芋が育ってきた。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

その芋が採れれば、また少し食い繋げるなって喜んでたんだ。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

それがある朝、畑に行ってみたら、 その芋が、ごっそり、根こそぎ持って行かれちゃった。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

盗まれちゃった訳ですよ。 これにはお婆ちゃん、ひどく落胆しちゃってね、 あてにしていましたからね。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

もう、どうすれば良いか、分かんなくなっちゃったんだな。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

食べる物も無いし、この子を育ててあげよう、と思ったって、 もう自分も歳だし、どう考えても、無理。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

いつまで、やれるもんだろうか。 息子の方も、戦争に行ったきり、何の音沙汰も無い。