ファウスト

【GRAND FINALE】 @GREAT_NONSIX

（ビーーーー。最早喰い散らかし厭いたと形容するに相応しい、手垢付きの劇場を嬉しそうに見詰める支配人兼主宰。飴色の床板の上で嬌声上げる革靴の踵カツコツカツ、高らかに打ち鳴らしては観客のざわめきが餌と粘着いた唾液、舌舐めずり一つ悪趣味を咲かせた笑みゆるりと頭垂れ）

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今晩は、お客さまがた。半月に渡る特別公演、逆説フルコース。皆様、お愉しみいただけたでしょうか？

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ボクで閉めると言うのも何ですが………最期の最後、愛しい君へ捧げます。

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逆説フルコース最終公演、「ファウスト」。

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（ぱっ、と白が眼神経を貫いて。やけに人工的な清潔感を持つ、無彩色が匣の中。窓に一番近い寝台で嫋やかな黒髪をカサカサに枯らした患者、神経質な眼鏡姿の白衣で身を包んだ医者。重たい唇を開いて、薄い手を取り）………ボクが、必ず治すよ。

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（血管が青く透ける痩躯も、困った様に微笑む唇も、まるでこの部屋に填め込まれたかの様。哀しい程に似つかわしい患者は首を傾げて主治医に画像診断の結果訊ね。然し己は答えを探して仕舞い一度、二度、三度。泳がせた視線を逃してくれる筈も無く）………ッ、治す。治すったら。……絶対に。

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（インターンを終えたのは何年前だったか、感染・呼吸器専門に勤務し始めてからの年数なぞ「君」を診る、唯その為だけだったのでは無いかと本気で思い込んだ恋。親しい者にさえ見放され見棄てられた愛しい人の肺に、眞白、透けぬ炎症像を映し出すフィルム。幾つ文献読み漁っても見付からぬ未来は。）

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（ガシガシと乱雑に頭を掻き毟れば、身形くらいは整えろとやわく叱られた事を思い出し。とっくに消灯時間を過ぎた院内で採血データ、画像、熱型全てと睨み合うも導き出される答えは一つ。突っ伏した衝撃で羽音の様な音立て舞い散らかる国外文献、青黒いクマ浮いた顔で絶望にタブレット嚙み潰し）

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（終わりは非常に呆気無く、予期して居た突然は時間なぞ配慮せず降ろされて。深夜、当直では無いその日に停まって仕舞った「君」が居た筈のベッドは、翌出勤日には整然と片付けられて居り。跡形も無く失せた臭い、吸引瓶、存在全てを呪いその場に膝を突いて）…………ぁ、

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あ、あぁぁ、…………あああああああ……！！

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（ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピ…………）

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（現実逃避から引き摺り出すべく意識を劈いた電子音の正体、薬品で荒れっ放しの掌頭からぶっ叩き黙らせつつ顔を上げて。遅れて追い掛けて来た肌寒さにふるり、身を震わせれば厚手のカーディガン羽織り積み重ね過ぎて倒れそうな書物の山からのっそりと抜け出して）

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（窪んだ双眸には赤く蚯蚓が蠢き、疲労を隠せない猫背さらに丸め机に齧り付けばそれなりの教育を受けた事を伺わせる割に手癖の染み込み過ぎた、乱雑な筆跡で万年筆を走らせ。代償、月光、生の鶏肉、精油洗いエトセトラエトセトラ。無限に踊る単語の書き散らしは最早本人にすら読めるのか否か）

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（カラン。ペンが落ちる音と眼鏡の内側、惚けた様に開かれる瞳。何度目かの夜、発見した数式。導き出した答えは「完璧」。偉大なる地獄の大公に魂を売り渡しでも得た知見、血腥い儀式を従えた知識こそ何より強く。）……………ァ、は。…………フ、…ェヒ、……クヒヒ、………は。……………見付けた。

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（荒れ放題だった浴槽に湯を溜め、或いは躓いて転びそうになりながら準備整え。花屋から次々と届くプレゼントに今にも歌い出しそうな洗い晒しの髪、薄気味悪い男にドン引きの配達員には目もくれず）

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（盛り土と僅かな花が添えられるばかりの粗末な墓前スコップ握り締め婚礼用のタキシード姿が一人、青白い腕で静謐を崩せば、漸く暴いた木の棺。ギィ、不均衡な音で開きたる美しい人。たった一人の恋人を抱き上げれば朽ちた肌がボロリ、と零れ落ちて瞠目し）…………一人にしてごめんね。………でも、

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………やっと、…迎える準備が出来た、から…………ヒヒ、……先ずは風呂だね。…くせーって？ ………うるさ、シャワーは浴びたし。

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…………帰ろ、…オレ等の家に。

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（嘆きが伝い落ちて霧散し軌跡追い掛けて落とした視線の先には、痛ましいその人が纏いし土に腐蝕されボロ切れ同然のドレス。丁寧に美しい菫色の布で包んだ身体、天使の様に軽い器を抱き上げて。美しいひとが細菌とバクテリアに分解される悪夢から一刻も早く抜け出す為、帰路を急ぎ）

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（二人だけの家で先ずはピンセット取り出し、朽ちたドレスの残骸をゆっくりと剥がしてから、どす黒く変色した皮膚を微温い生理食塩水で優しく洗い流してパウダー振り。ワインとオーデコロンで幾度も丁寧に「君」を飾り立てながらピアノ線で身体のラインを固定し、その形の儘そっくり蝋で覆って）

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（萎びて仕舞った美しい髪を幾度も洗いグリセリンで輝きを取り戻して。鼻には副え木を、ぶよぶよと乾涸び腐り落ちて仕舞った眼球代わりに義眼、ドロドロに融解した内臓代わり滅菌したキルトと綿を詰め、仕上げとばかりに華の貌へ絹で覆い、蜜蝋と香膏を被せると全てはぴったりと「元の美しさ」へ）

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「きれい。君は、凄く奇麗だ。」

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（花屋で買い込んだ大量の薔薇、百合に睡蓮。絹のシーツに描き出される陰影は青白く痩せさらばえて仕舞った嘗ての「君」とは又異なる美しさ、満足げにベッドへ腰掛け柔らかい髪へと指通しては慈しむ眼差し実に穏やかに注いで）

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（何度めかの朝日が顔出し二人照らして。ザワリ、痺れる様な悦が愛し君の官能讃え腰から背骨へ這い上がり。乾いた唇ザラ付いた舌で無意識的湿しては夢見心地が如し歩みでのろのろと一歩、又一歩。海老茶色の床板軋んだ悲鳴上げ身を屈めれば生きた髪が貌の上にはらり、つくりものの冷たい唇見詰め）