Girl's prayer-2- その出会いは

恐怖とたたかう少女は、ひとりの戦士と出会う。 断罪に生きし彼女との出会いは、突然に。
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ばしこし@文垢 @bs_ks_0

Girl's prayer -2- その出会いは

2015-12-14 17:32:40
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

実に不可思議な事であった。村長の望まぬまま、贄としてこの村を去った一人の少女は。図らずも己の前に"戻ってきた"のだから。思わず涙すらこぼれた。命ある喜びを噛み締めたい思いでいっぱいだった。が、そういう訳にもいかない。この状況、いつまたセーレを贄に、という声が上がるやもしれない。1

2015-12-14 17:36:37
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

苦汁の選択の末、村長はセーレを村から追い出した。正確には"護るために"村を去らせたのだ。歩いて暫し距離はあるが、モンスターの通り道になっていない一本道が存在する。そこは遥か先にある、ここより更に小さな村へと繋がっているという。古い知り合いが長を務めるその地へ、少女を送り出した。2

2015-12-14 17:39:19
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

"竜ノ墓場"...魂の誓約の地から離れているとはいえ、そこもいつ、契約を守らんとする者達に勘付かれるか。今となってはどこも安全とは言えないのかもしれない。だが、せめて暫しの安息の時間をと。せめて、その間に己の出来る事があれば、と。僅かな希望を、少女の背中に預けながらーーー。3

2015-12-14 17:42:03
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

ーーーなぜ自分が村へと戻ったのか、なぜ生きているのか。村長もわからないと言い、その手で己の背中を押した。頭には疑問符が浮かぶばかりだが、セーレは今はそうするしかないとどこかで受け止めていた。その身をランポス装備一式に包み、大剣、蛇剣【蒼蛇】を背負って。小さな少女は、歩き出す。4

2015-12-14 17:46:56
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「...ふぅ」。村を出て随分と歩いた。流石は一本道、前を向けど振り向けど、同じ景色がスッと伸びている。変わるのは道端に佇む木々の種類や石の数など、微々たるものであった。「...?少し、休むか」。立ち止まって伸びをするセーレを見て、少し後ろから声をかける人物。少女は首を横に振る。5

2015-12-14 17:52:58
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「大丈夫!ありがとう、エクウスさん」。エクウス、と呼ばれた狩人は、「わかった」とだけ呟くと、再びとことこ歩き出したセーレについて行く。彼は元々大きな街の精鋭ハンターで、とても腕の立つ人物であった。村長の古い知り合いらしく、初老を迎えた事もあり、今はその平和な村直属の狩人である。6

2015-12-14 17:58:28
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

迅竜の素材を使用した装備を見に纏い、背には大剣、暗夜剣【宵闇】が鈍く輝いていた。セーレを子供の頃から知っている事やその腕前から、村から村へ往復の"護衛"という形で同行するよう、村長からの依頼であった。少女も物心ついた頃からエクウスの事は知っており、その勇姿に憧れさえ抱いていた。7

2015-12-14 18:03:36
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

村を出て1日半ほど過ぎた今、少女は自らに起こった出来事を、道中にエクウスへ語っていた。自分が魂の贄として竜ノ墓場へ赴いた事。そこで契約を結びし存在に会った事。すごく頭が痛くなって、次に気が付いた時には村に戻っていた事。全てが信じられない出来事のようで、しかし少女は生きている。8

2015-12-14 18:07:55
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「あとね、そこ骨骨してたんだよ!」。「...そうか」。ほねほねー!と笑うセーレに、彼もつられて口角を上げる。空を見上げると、陽は西へと沈みかけていた。比較的安全とは言えど、これ以上は進むと暗闇というリスクが付きまとう。「...今日はこの辺りで夜を明かそう」。「うん!」。9

2015-12-14 18:09:36
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

草の陰、2人程が身を隠せるくらいの場所を見つけ、そこに腰を下ろす。んーっと何度目かの伸びをすると、少女は小さく欠伸をした。「...ここまでもう随分歩いた。少し早いが、もう休むといい」。彼が涙を目にためたセーレの頭をぽんぽんと撫でると、にこりと笑顔が返ってくる。「おやすみ」。10

2015-12-14 18:12:19
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

スースーと隣で寝息を立てるセーレを見守りながら、エクウスは今日も夜を明かす。側に置かれた相棒は、月明かりを浴びて輝きを増して放っていた。「......」。少女の呼吸は安定している。自分にたくさんの"あり得ない"事が降りかかったにも関わらず。贄となり、恐怖も不安も、あったはず。11

2015-12-14 18:14:31
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「......まだ若いが故か、それとも、」。彼女の、強さなのかーーー。彼の頭をそんな考えがよぎる中、セーレの間の抜けた寝言が聞こえてきた。言葉にならないそれは、エクウスをくすりと笑わせるには十分だったようで。「...ま、元気ならそれで良い」。過酷な運命を背負いし、小さな命よ。12

2015-12-14 18:16:33
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

ーーー翌朝。「ふぁあ〜よく寝た」。朝日に照らされ、眩しそうに瞳を開けたセーレは小さく欠伸をした。その隣には、エクウスの姿。「エクウスさん、おはよう!」。「...ああ、おはよう」。少女の元気な姿に安心したのか、陽を受ける彼の笑顔は柔らかい。「寝言、言ってたぞ」。「ええっ!?」。13

2015-12-14 18:19:32
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

再び歩みを再開させる2人。目的地はもうすぐそこに迫っていた。間もなく、目の前に徐々に森らしき場所が広がってきた。森、とは言え、木漏れ日が降り注ぐそこは明るく、樹海ほど闇に蝕まれている事はなかった。「...ここが最後の難関だ。稀に、この場所に大型のモンスターが現れる時がある」。14

2015-12-14 18:21:59
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

エクウスの言葉は、少女の体を小さく強張らせた。思わず手をぎゅっと握り締める。「...俺の後ろを付いて来るんだぞ」。「うん」。彼の背に回ったセーレは、その背中にピタリと張り付いた。(..震えてるのか)。エクウスの体に、震えが伝わる。無理もない。まだ剣を持つ手もおぼつかぬ少女だ。15

2015-12-14 18:26:49
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

(せめて、これ以上恐れを与えてやるなよ)。まだ見ぬ情景が、足を踏み入れる場所が、安寧の地であるようにと。少女の心を案ずる狩人は、その武器を取らずとも歩める道を望む。残酷な現実を突きつけられてもなお、その笑顔を崩さぬ幼い魂に、せめてもの安らぎを。生きる事が、幸せと思えるように。16

2015-12-14 18:32:48
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

ーーー刹那。空気がピンと張り詰めた。それはごく僅かな変化であり、しかし森全体を騒つかせるものだった。「セーレ」。不意に前に立つ男から名を呼ばれ、少女の肩がびくりと跳ねる。「っな、何」。セーレの声を羽ばたく音がかき消す。風を切りながら目の前に舞い降りたのは。「蒼火竜...!」。17

2015-12-15 20:02:03
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

陽の光に照らされ輝く蒼い体は、彼らの目の前に立ち塞がる。その眼光は、2人の人間を完全に捉えている。エクウスの背を掴むセーレの手が、一気に強張ったのを感じた。「村はもうすぐそこだ。走れ、全力で」。「でも...エクウ、さん...っ」。恐怖からか、声が上手く紡げない。咆哮が上がる。18

2015-12-15 20:04:42
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

さあ、と。殺気を帯びた瞳で巨躯を見据えながら、少女の背を押す彼の手は優しい。「振り向かず、とにかく走れ。俺もすぐ後を追う」。そう告げると、大剣を構える。「......っ!」セーレは走った。再び訪れた恐怖に押し潰されそうな心を、精一杯奮い立たせて。背後で二度目の咆哮が上がった。19

2015-12-15 20:09:38
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

ひたすらに走る。途中で何度も足がもつれそうになった。何も出来ない己を嘆く心と、エクウスの安否を案ずる思いが、少女の足を止めようとする。だが。「..大丈夫、エクウスさん強いもん...それに、村に着けばハンターさんが居るかもしれない」。そうすれば、大丈夫。そう答えを出し、駆ける。20

2015-12-15 20:13:36
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

明かりが一層強くなってきた。もうすぐ森を抜けられる。心の中で安堵した瞬間、視界に大きな存在が飛び込んできた。「ーーーっ!!」。低く喉を鳴らし、全身の棘を逆立てているのは。「...桜色の、リオレイア......!」。つがいでこの森に来ていたのだろうか。その瞳が、セーレを捉えた。21

2015-12-15 20:16:06
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

凄まじい轟音が上がる。見つかった。鼓膜をつん裂く咆哮に縮まる体を必死に動かす。逃げなきゃ、逃げなきゃ。息は切れ、脈打つ鼓動は一層速さを増す。離れた位置で勘付かれたとは言え、モンスターの速さに勝てる筈がない。後ろを確認した、その時。小さな崖に気付かなかった少女は、転げ落ちた。22

2015-12-15 20:20:30
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

「いっ...!!」。体を走るピリッとした痛みが、少女の表情を歪ませる。幸いそこまで高くはなく、擦り傷で済んだ。震える足に力を入れて立ち上がろうとした瞬間、目の前にふと気配を感じた。大樹を背もたれのようにして座り込むその姿は、見る限り狩人で。仮面をしている為か、表情は伺えない。23

2015-12-16 07:42:58
ばしこし@文垢 @bs_ks_0

恐る恐る近寄ってみると、遠目からは見えなかったがどうやら怪我をしているようで。左腕と左脚の怪我が特に目立った。裂傷と流れ落ちる血が少女の視界を染める。「だ、大丈夫かな...。さっきの桜火竜に...?」。傷の具合を見て、軽症とはとても言えない。紫色を混ぜたような傷口は、深い。24

2015-12-16 07:46:34