「……此処だ。俺を呼んだ何かは、此処にいる」。頭を押さえながら、イースはそう口にした。脳に直接語り掛けるように響く音は微かで。しかし、確実にその存在を彼に指し示す。「…何が呼んでいるのかはわからないのか?」。隣に立つハイドも視線を動かすが、自分達以外に命の波動は感じられない。24
2016-09-26 23:36:44イースの言う"彼を呼ぶ存在"が何なのか。それがわからない以上、今は彼の感覚に任せる他ない。「―――!!」。刹那、反射的にイースの視線が宙を仰いだ。見開かれた瞳に映るのは、空高くに浮かぶ小さな影。「…あれは…!?」。ハイドもそれを捉えた。みるみる内に大きくなるその影は、まるで。25
2016-09-26 23:37:48「―――…ッ!」。巨躯なる影は、勢いよく地に着地した。衝撃で揺れる地面と、巻き上げられる砂埃。そして、一瞬の内に張り詰めた僅かな殺気に、二人はすかさず背に手を伸ばす。構えた武器を、未だ砂のベールのかかった存在へと向けて。《―――ったく、遅せえんだよ》。声が、響いた。26
2016-09-26 23:38:18脳に直接語りかけるそれは。「…お前が、俺を呼んだのか…」。一際強い風が吹いた。砂埃が吹き払われていく。月明かりに照らされるのは、青白い皮膚と屈強な爪を持った―――"轟竜"を思わせる姿。「―――ぐ、…ッ!?」。イースの心臓が強く脈打った。激しくなる鼓動は、呼吸すら困難にさせる。27
2016-09-26 23:39:03胸を押さえバランスを崩す彼の体を、ハイドが支える。《…そうか、てめえも感じるか》。尻尾で大地を叩き、鋭い牙をちらつかせる彼は、轟竜であり、しかし"轟竜"ではない。「…貴様、何者だ…!」。苦しそうに肩を揺らすイースを抱き、ハイドは視線を声の主へと向けた。28
2016-09-26 23:40:13隠しきれない殺気は、場に張り詰めたそれとぶつかり合う。《さあな。てめえら人間は、俺を荒鉤爪と呼びやがる》。ふん、と目の前の存在は鼻を鳴らす。「…ハイド、大丈夫だ…」。腕の中、イースの声が小さく聞こえた。彼女の腕をゆっくり解きながら、自分の脚で再び地を踏む。「イース…」。29
2016-09-26 23:40:47本当に大丈夫か。そう問い掛けられると、彼は微笑み、頷いた。一筋の汗が、額から流れ落ちる。「……戦ったら、自ずと答えは出る……そうだろう」。不敵に口角を上げながら、イースはもう一度、その手に握った盾斧を構え直した。未だ速い鼓動も、激しい脈動の理由も。「…お前と戦えば…」。30
2016-09-26 23:41:49何かが、わかるかもしれない。《ハッ、ご名答》。高々と笑う彼は、轟音を響かせた。天高く轟くその咆哮は、空気を、大地を、震動させる。《来いよ。てめえのその牙と…その爪でな!》。31
2016-09-26 23:42:10「―――っぐぅ!!」。凶器のように鋭い爪が迫る。イースは咄嗟に盾を構えた。が、その強すぎる衝撃は、彼を軽々と後ろへ吹き飛ばす。「…ッ…!」。受け身をとるが、地に叩きつけられた体は麻痺したように動かない。体中に激痛が走る。「イース!」。遠く、ハイドが自分の名を叫ぶ声が聞こえる。33
2016-09-26 23:42:56「くっ!強い…!!」。俊敏に動く青い轟竜は、彼女の双剣の速さをも凌駕するスピードで翻弄する。硬い皮膚は刃を通す部分が少なく、加えて彼は攻撃の展開が速い上にその一撃一撃が重い。反撃をまともに喰らっては、怪我どころでは済まないだろう。「……ッ……!」。34
2016-09-26 23:43:22痛みに耐えながら、イースは重い体に鞭を打つ。立ち上がらなければ。こんな所で、いつまでも倒れているわけには―――。「……?」。視界が揺らいだ。ノイズが入ったように歪んだ世界は、モノクロに彩られて。そこには、今も共に戦うヴィルマフレアを振るう彼女と。「……これ、は……」。35
2016-09-26 23:43:59この景色は。"彼ら"は。初めて見たはずなのに、己の脳はそれを"初めてだと認識しない"。既視感とも呼べるものがそこにあった。「…俺は」。思えば、彼女に出会った時。どこか言い知れぬものを感じた。それが何か、言葉に表すには難しすぎる。だが、確かに。「よく見る夢も、俺を呼ぶ声も…」。36
2016-09-26 23:46:29そして今、己の手には。「く、ぅ…!!」。彼に襲いかからんとする爪を、ハイドの双剣が受ける。金属が何かを弾く音が周囲に響いた。「大丈夫か…ッしっかりしろ…!!」。イースを庇い立つように、彼女の影が彼に落ちる。「…ハイ、ド…」。《てめえに用はない!引っ込んでろ!》。37
2016-09-26 23:47:57双剣が抑える腕に、赤い模様が浮かび上がる。まるで血管が隆起したかのように。その腕は、ハイドの体をいとも簡単に薙ぎ払う。「―――ぐ、!」。その衝撃から身を守るように、咄嗟に受け身を取った。その際、視界の端にイースの姿を映し出す。「…?」。見え隠れする彼の瞳に、違和感をおぼえた。38
2016-09-26 23:48:55彼の透き通るような碧眼は。「…色が、違う…?」。しかし、そこまで考えを巡らせる時間は無い。迫る地面を前に、出来る限り衝撃を和らげる体勢を取る。「…っ!どこまでも重い攻撃だ…」。まだ動ける。立ち上がり視線を向け直すと、荒鉤爪が赤く激昂したその腕を、高く振るい上げるのが見えた。39
2016-09-26 23:50:08《吹き飛べ!》。腕が地面に叩きつけられる。地を割る程に強い力は激しい衝撃を起こし、彼女を襲った。「っ!!」。間一髪でそれを避ける。轟音と共に揺れる大地。その一撃は半端なものではない。巻き上げられた砂を前に、ハイドは双剣を構え直す。どこから来るのか。見定めるには視界が狭すぎる。40
2016-09-26 23:52:03「…いない!?」。クリアになった視界―――その視線の先、ティガレックスの姿はない。刹那、彼女の背後に気配と殺気。そしてその光景は、倒れ伏すイースの視界にも映る。「―――ッ!!」。何かに突き動かされるように飛び起きた。記憶が叫ぶ。"己の名"を。41
2016-09-26 23:52:34背後を取られ反応が遅れたハイドを狙うその巨躯めがけ、力の限り剣を振り下ろした。その斬撃は、凄まじい速さで体を転換させた荒鉤爪の硬い甲殻に阻まれる。《まだ動けんのか…丈夫なこった!》。即座に迫る反撃を、今度は同じ剣でいなすようにかわす。鋭く尖る爪の切っ先が、イースの頬を掠めた。42
2016-09-26 23:53:46距離を取り、彼は大きく息を吐いた。頬の傷から流れ落ちる血は、赤く、赤く。ハイドが体勢を整えた事を視認し、同時に荒鉤爪の注意が再び己に向いた事を確認した。「……」。前を見据えるモノクロだった視界は、色を取り戻す。「…俺は、イース…」。独り言のように、呟く。自分の名を。己が名を。43
2016-09-26 23:54:52そして、思い出す。己を喰われ暴走し、"俺を殺せ”と、そう言ったのは。剣に貫かれ、その命を終えたのは。「…俺は…」。彼女を、仮面の戦士達を、どこか少し懐かしむのは。対峙する荒鉤爪に対して、この心が激しく騒めくのは。「…俺の、…」。そして。この手に握る盾斧が、己に問い掛けるのは。44
2016-09-26 23:55:32―――「…そうだ。…お前は、俺だ」。意識空間とも呼べるのだろうか。現実世界から完全にシャットアウトされた世界が、そこに広がっていた。視界の先、イースを見据える人物の姿は、見覚えがある。「…やはり全て…貴方の、記憶…」。己の記憶の中、何かを訴えかけるように流れてきた生命の軌跡。45
2016-09-26 23:56:40それが誰のものなのか、やっと。「そして、その事が示す意味も」。彼の意識の中、交差する意思と鼓動は。もう、"彼だけのもの"ではないという事を。「ひとつ、頼みがある」。声は、落ち着いていた。自分自身を見据える存在へ、イースは言葉を投げる。"彼"は、少し瞳を細めた。紅蓮が揺れる。46
2016-09-26 23:57:28「…なんだ」。「俺の代わりに、彼女を守ってほしい」。己に課せられた運命を知ってこその、心からの願いだった。真剣な眼差しを前に、対峙する人影が視線を逸らす事は、ない。「…なんで俺が」。「彼女は、新しい道を…せっかく歩みだしたんだ。…突然、俺が居なくなってしまったら」。47
2016-09-26 23:58:23彼女は強い。しかし、それは同時に脆さも兼ね備えてしまった諸刃の剣。己を殺したいほどに憎み絶望した過去は、いつだって彼女を狙っているのだから。「…理由にならない」。イースに向けて紡がれる声は、静かに彼らの間に流れる沈黙を破る。わかっていた。この感情は所詮己だけのものと。だけど。48
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