【書きかけ】大湊警備府の日常【第２話】

深海さかな @dzurablk_kai

それはまるで、艦として彼を乗せ出撃している時に、霊体のまま艦橋にフワフワと浮いているかのような感覚であった 鋼鉄の肉体と拠り所の無い霊体の私の姿は、肉体的な快楽と愛という感情を知らぬ私の姿そのものの対比のように感じられた #今夜の川内

深海さかな @dzurablk_kai

ところで話が変わるが、私は先日読んだ小説で「美とは何か」という命題に行き当たったのだが、これについてはどう思うだろうか 美しい物とは、そう、例えるなら金閣寺のように永久普遍にそこにある物なのか、或いは音楽のように刹那に消えてしまう物を指す言葉であるのか、という命題だ #今夜の川内

深海さかな @dzurablk_kai

金閣寺が美しい時、その内部に囲われている人間もまた美しい存在となりうるのか その人間が尺八を奏でた一瞬、金閣寺と音楽はどちらが美に於て勝るのであろう 若しくは、池に写った金閣寺はどうであろう、それは美の虚像なのか実像であるのか #今夜の川内

深海さかな @dzurablk_kai

美しさというものは、死して亡霊となることもある人の心にも似て、斯くも変幻自在、とらえどころの無い概念だと思う もしも私が長年の間、金閣寺の美しさを心に描き続け、それを夜の暗闇に投影したとすれば、それは幽霊として昇華された美なのか、肉体的な官能を伴う美であるのか #今夜の川内

深海さかな @dzurablk_kai

その答えは未だに分からないままである 今の私ですらそうなのだから、きっとかつての『軍艦』の私に、この問答を持ちかけたならば、答えは愚か質問の意味すら解さぬだろう 即座に『美とは本来存在しない、物体に対するつくも神のような、空想上の産物である』と答えていたに違いない #今夜の川内

深海さかな @dzurablk_kai

なぜなら『軍艦』という物に美意識など存在しないからだ 当時の私は人の心を欠いたまま物としての世界の認識しか得ることのできない、さながらつくも神の幻影、亡霊そのものであった そんな私に答えをくれたのは又もや例によって龍造寺、彼であった あれはある日の休養日のことだ #今夜の川内

深海さかな @dzurablk_kai

神通もここ数日目の当たりにしてよく分かったことだと思うが、龍造寺は軍人には似つかわしくないほど、秋の空以上に移り変わりの激しい性癖である これは竹を割ったよう、というのとは少し違う その時々でサイコロの目のように、豪放であったり繊細であったり、 #今夜の川内

深海さかな @dzurablk_kai

人面獣心、外柔内剛を使い分ける、ある種の分裂気質な人格に由来するものである この行動は今も昔も程度の差こそあれ、さして代わるものでもなく、その日も龍造寺は何を思ったか、半日しんねりむっつりと黙りこくっていたのが突然昼過ぎになって「海へ出よう」などと言い出したのだ #今夜の川内

深海さかな @dzurablk_kai

それも舟遊びや余暇としてではなく、川内に座乗したいと言うのだから、言われた此方はたまらない 何が悲しくて理由も知らされないまま、本来休日となるはずだった平日の昼過ぎに、大急ぎで制服に着替えさせられ埠頭へ向かわねばならぬのか、当時はいたく不満に思ったのを今も覚えている #今夜の川内

深海さかな @dzurablk_kai

洗濯したばかりの制服をアイロンで無理矢理に乾かし・・・それすら満足にする時間もなく、襟と腋下の一部は春先の海風にとても冷えた・・・向かった先の岸壁には、何故か同じく非番であった駆逐艦娘たちの姿 どうやら予め呼び出しておいたらしい #今夜の川内

深海さかな @dzurablk_kai

さて、セーラー服やブラウス姿で不満そうな吐息を漏らす一同を前にして、龍造寺が言い放ったのはこうであった 「四月に新任の駆逐艦も着任したので、今日は隊内の団結を図るべく、駆逐艦たちを旗艦の川内に体験乗艦させたい」と それを聞いて喜んだのは三水戦全体の2割ほどだったか #今夜の川内

深海さかな @dzurablk_kai

残りの者が驚きから立ち直る暇もなく私は海へ飛び込む羽目になり、鋼鉄の身体を浮き上がらせると内心呆れ半分に、手早く釜へ火を入れた 折よく前夜にシーツの海で彼から熱量供給を受けていたので、龍造寺が乗艦するよりも機関の始動の方が早い #今夜の川内

深海さかな @dzurablk_kai

駆逐艦娘たちにこの事を言ったらどんな顔をするのだろう、そんな思案をする間もなく艦内へぞろぞろと十数名の足音が登り来るのが甲板越しに分かる 艦首を見ればわかるのだが、金色の菊花を有しない駆逐艦は、書類上『軍艦』として扱われる艦では無い #今夜の川内

深海さかな @dzurablk_kai

そのためか、駆逐艦娘と座乗する艦長との間柄は軍人というよりも家族か友人のそれに近しく、和気藹々と任務や訓練に向かうのが常な彼女らの中には、軍艦としての格式張った規律を要される軽巡以上の艦を恐ろしく感じる者もあった #今夜の川内