【書きかけ】大湊警備府の日常【第2話】

今回は神通回 艦首滑走台っていいよね
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深海さかな @dzurablk_kai

神通と氷室が佐世保から大湊へ転任して早一週間 初めて目にした東北の夜空は、どこまでも透き通っており、さながら黒雲母に金剛石を散りばめたかのような輝きを放っていた 神通は毎晩のように二人に宛がわれた寝室の窓から、この夜空を眺めるのがすっかり日課になっていた #今夜の川内

2016-11-16 16:48:35
深海さかな @dzurablk_kai

氷室がウイスキーのグラスを傾ける軽快な音が背後から微かに耳に届くのを聞きながら見上げる夜空は、一日の間に積もり積もった心労を癒してなお余りある物で、神通にとってはかけがえのない瞬間であった この時間だけは、軽巡として振る舞う神通も年相応の少女に戻ることができた #今夜の川内

2016-11-16 16:52:58
深海さかな @dzurablk_kai

だからだろうか、神通はその日、いつもなら決して口にしないような頼み事を氷室に持ち掛けた 「あの、氷室さん・・・」 返事はない 日課の文庫本に読み耽っているのか、はたまた無視か 恐らくは後者だろう 氷室は仕事以外で神通とは話したがらない #今夜の川内

2016-11-16 16:54:35
深海さかな @dzurablk_kai

神通は構わずに、自らに座乗する艦長に向き合い言葉を続けた 「あの・・・ 今晩、私を抱いて、くださいませんか・・・?」 ページを捲ろうとしていた氷室の指先が止まった #今夜の川内

2016-11-16 16:56:35
深海さかな @dzurablk_kai

それから2時間後、神通は独りきりでシーツの海に身体を埋めていた 仄かに汗で湿ったマットレスが火照ることも無かった肌から一層体温を奪う だが神通の心は身体以上に、孤独感に凍え震えていた 結果的に氷室は、神通を抱くことはなかった #今夜の川内

2016-11-16 17:12:26
深海さかな @dzurablk_kai

神通が抱いてほしいと口にして着衣を脱いだ当初こそ、氷室はベッドへ神通を押し倒しはしたものの、所詮そこまでであった 付け加えるなら、氷室はアルコールが入っていたとはいえ神通を押し倒したのだから、その肉体に魅力を感じなかった訳では断じてない #今夜の川内

2016-11-16 17:15:06
深海さかな @dzurablk_kai

ただそのハンサムな細身の顔には、男性としての本能よりも神通に対する嫌悪感の方が、眉間の皺と共により色濃く現していた それだけのことだ 或いは神通が姉の川内の真似事をして艦を駆動するためのより直接的な熱量供給を求めたことも、人間としての肉体に偽りの愛を求めたことも、 #今夜の川内

2016-11-16 17:20:55
深海さかな @dzurablk_kai

押し倒されながら自らの感情と恐怖を圧し殺して柔和に微笑んで見せたことさえ、氷室の目には全てが不愉快に映ったのかもしれない ただ、それだけのこと #今夜の川内

2016-11-16 17:21:59
深海さかな @dzurablk_kai

神通はぼんやりと枕に顔を半分埋めながら、窓を眺める 墨を流したような夜空に紅く燃えるジブクレーンの航空警戒灯と、乳白色の光を冷たく振り撒く満月 それらはまるで、冷静さと冷徹さを併せ持つ氷室の二面性を彷彿とさせるかのようで、神通の心を更に締め付けた #今夜の川内

2016-11-16 17:27:22
深海さかな @dzurablk_kai

神通は決して抱かれなかったことが悲しかった訳ではない 或いは肉体に女性としての魅力を見いだされなかったことも、嫌悪感に燃えた氷室の目が一瞬とて神通の顔に向けられなかったことも 「たかが道具の分際で人間の真似事をするな」 その去り際の言葉ですら、神通は許すことができた #今夜の川内

2016-11-16 17:30:17
深海さかな @dzurablk_kai

ではなぜ氷室が去って小一時間も経つ今になってもなお心苦しいのか、そう考えてみても答えは一向に見つからない それどころか、氷室からは道具として扱われるにも関わらず人間としての扱いを求めた自らの愚かさも、胸の痛みに同調するかのように頭の奥底で鈍い痛みを発し続けている #今夜の川内

2016-11-16 17:37:22
深海さかな @dzurablk_kai

氷室を傷付けた上に自分までもこんな思いをするくらいなら、あんな馬鹿げたことを口にしなければよかった なぜ抱いてほしいなどと叶わぬ願いをしてしまったのか その幾度となく繰り返される自問自答は、ただ小さく縮こまった肢体を震わせるだけだった #今夜の川内

2016-11-16 17:40:57
深海さかな @dzurablk_kai

だがそれでも、神通は泣かなかった 奥歯を噛み締め自らの身体を抱きながらも、決してその瞳に涙を浮かべることはなかった 悪いのは全て自分の方なのだ、氷室に責められこそすれ、氷室を責めることなどできはしない そう考えていた #今夜の川内

2016-11-16 17:42:39
深海さかな @dzurablk_kai

なぜなら、氷室の表情から笑顔を奪い、それ以上に大切な物を奪って彼を今のように豹変させてしまったのは、神通自身なのだから その晩、氷室が部屋に帰ってくることはなく、神通も一睡もしなかった #今夜の川内

2016-11-16 17:44:53
深海さかな @dzurablk_kai

その日、大湊警備府の会議室は珍しく、活気に満ちていた 入り口に向かい開口するかのようにコの字型に配された机の一番上座に座るのは、つい一週間前に提督に就いたばかりの龍造寺と副官の深水 その背後には二人と一緒に呉から転入した川内が立ったまま控えている #今夜の川内

2016-11-16 17:52:49
深海さかな @dzurablk_kai

龍造寺から見て左手、窓側には同期の氷室と財前、そして右手側には初対面の艦長二人の、紺の詰襟姿 彼らの背後では川内同様に各々の乗艦である軽巡らが退屈そうに作戦会議が始まるのを待っている 右に座る深水がパソコンで資料を探し当てたのを見計らい、龍造寺が口を開いた #今夜の川内

2016-11-16 17:57:09
深海さかな @dzurablk_kai

「それじゃ、ブリーフィングを始めるか まずは新顔の紹介からだな」 龍造寺が壁側手前に座る中性的な顔立ちの女性を指すと、彼女は紹介されるより先に立ち上がり挨拶を口にした 「大門と、こちらは乗艦の木曾だ、よろしく頼む」 #今夜の川内

2016-11-16 18:02:08
深海さかな @dzurablk_kai

ショートカットに揃えた髪の間から覗く切れ長でスマートな瞳とスレンダーな体つきが目を引く 階級章は少佐だがあまり感情を感じさせない丁寧な言葉遣いと、どこか武士のような堅苦しさを感じさせる立ち居振舞いは、背後で軽く会釈する白外套の軽巡と相まって、俗世離れした印象を与えた #今夜の川内

2016-11-16 18:06:01
深海さかな @dzurablk_kai

大門に倣ってその隣、入り口側の席についていた若い男も自ら立ち上がり自己紹介をした 「横須賀から出向した、進藤です こっちは軽巡鬼怒、階級は中佐 よろしく頼みますね」 背は低いがスポーティーな短髪と常に笑っているかのような糸目が、鬼怒の笑顔共々、人懐こそうな印象 #今夜の川内

2016-11-16 18:09:28
深海さかな @dzurablk_kai

第一印象を挙げるなら、大門と木曾は姫と騎士、進藤と鬼怒は中華街の商売人といった所か ただでさえ濃かった面子に個性派コンビが2つも加わり、ここ暫くは退屈することもなさそうだ 時間短縮のために龍造寺の口から大湊の面々の紹介を端的に済ませると、いよいよ本題に入る #今夜の川内

2016-11-16 18:12:41
深海さかな @dzurablk_kai

「というわけで、この大湊隊3艦と臨時編入の2艦とで今回、任務に当たることになった訳だ 作戦目標は、敵飛行場への攻撃だ」 静かだった会議室が俄にざわめいた 財前がすかさず皆の疑問を龍造寺にぶつける 「おいおい龍よ、軽巡だけで飛行場を攻撃するのか?」 #今夜の川内

2016-11-16 18:16:46
深海さかな @dzurablk_kai

「ただ攻撃するだけじゃないぞ 横須賀からのお達しでは、これを使用不能に追い込めとの有り難い注釈付きだ」 ざわめきが不満に変わる 「おい、いくらなんでもそれは無茶だろ 馬鹿も休み休み言え」 「軽巡のみの艦砲射撃ではさしたる有効打にはならんだろう」 #今夜の川内

2016-11-16 18:18:59
深海さかな @dzurablk_kai

もっともな不満を口にする氷室と大門に、深水が猫被り口調で説明する 「大本営では現在、中部太平洋方面にて大規模作戦を展開すべく、兵力の整備と艦隊編成に取り組んでいます 我々にはその前哨戦として、攻撃目標となる島の手前に位置する飛行場を使用不能にせよ、との通達です」 #今夜の川内

2016-11-16 18:24:32
深海さかな @dzurablk_kai

「あのー」 進藤が相変わらずの笑顔でおずおずと手を挙げた 「航空支援とかは望めるんですかね?」 深水は一瞬、苦虫を噛み潰したような顔をするも、それに答える 「・・・大規模作戦にて空母戦力は全て投入する予定ですので」 「つまり、此方に割く余力は無い、と?」 #今夜の川内

2016-11-16 18:26:37
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