I wish

3
あ阿々。 @rainbow_solara

1 南北に延びる大通りに並ぶ街路樹。 まっ黄色を通り越して黄金に輝くその下をゆっくりと歩く。 所々にあるカフェに腰を下ろして、休憩しながら一日かけて。 そうして辿り着く、大きなクリスマスツリー。 ここに立つと、もう今年も終わるんだって実感する。 毎年の、私だけの恒例行事。

2015-12-11 18:43:05
あ阿々。 @rainbow_solara

2 クリスマスに限らずイベント事にほとんど興味のない私だけど、このツリーだけは好きでこの街に越してきてから毎年のように足を運んでいた。 周りには写真を撮るカップルがたくさん。 その中で一人でツリーを見上げる。 ここにはいつも一人で来る。

2015-12-11 18:43:34
あ阿々。 @rainbow_solara

3 一緒にいる相手がいようがいまいが、ここは大切な私だけの場所。 そう、今は。 過去に縛られるなんて馬鹿馬鹿しい。 そう思っていても、大切にしまっておきたい思い出がある。 だから。 他の人に上書きされたくないから。 他人に汚されたくないから。 だから、いつも一人で。

2015-12-11 18:43:44
あ阿々。 @rainbow_solara

4 何をするでもない。 ただ見上げて、一日中歩いて疲れた体を実感して、帰るだけ。 じんわり痺れる足の裏。 ほぐすようにくるりと回して、ツリーに背を向けた。 電車で帰ろう。 いつもは急行に乗るけど、今日は各駅でゆっくり。 どこかで晩御飯食べて、ゆっくりお風呂に浸かって寝よう。

2015-12-11 18:43:55
あ阿々。 @rainbow_solara

5 何食べようかな? そんなこと考えながら一歩踏み出した、その時。 「おい」 懐かしい声にビクリと足が止まった。 顔を上げた、そこには。 『…すばる』 声が震えてる。 懐かしい、姿。 二人、目を見開いたまま見つめ合う。 何も言えず、あの頃に戻ったように。

2015-12-11 18:44:05
あ阿々。 @rainbow_solara

6 すばるの唇が躊躇ったように動いて、そして私の名前を発した。 それを聞いた途端ビリッって全身に衝撃が走った。 ツリーから感電したんじゃないかって、一瞬そう思ったくらいの。 「…久しぶり」 『…うん』 「…」 『…』 気まずい。 ううん、違う。

2015-12-11 18:44:22
あ阿々。 @rainbow_solara

7 何だかわけのわからない感情が込み上げてきて、涙が出そう。 唇を噛んで下を見た。 すばるの靴。 あの頃も履いてたブーツ。 少し古ぼけてるけど、間違えるはずない。 あの傷は私がつけてしまったものだもの。 一瞬で過去に引き戻される。

2015-12-11 18:44:30
あ阿々。 @rainbow_solara

8 数年かけて築き上げてきたものが揺さぶれる気がする。 「…あれか?いつもの?」 『ん…、そう』 「続けてたんや、ずっと」 『…うん。そっちは?何でここに?』 「…俺も、何や毎年癖でな」 『え?じゃあ歩いて?』 「おん。お前も?」 『…うん』

2015-12-11 18:44:37
あ阿々。 @rainbow_solara

9 すれ違いでもしたら、きっとすぐわかる。 だって今だって、似た風貌の人を目で追ってしまうから。 そのたびに自己嫌悪に陥るんだけど。 今日は反対側の道をずっと歩いてきたんだろうか。 広い大通りの反対側を、同じように、ゆっくりと。 すばるは、一人?

2015-12-11 18:44:48
あ阿々。 @rainbow_solara

10 疑問を口にしようとして、噤んだ。 聞いて一体どうしようっていうの? もう終わったことなのに。 『…じゃ、ね』 逃げるようにその場を離れようとした。 そうでもしないとどうにかなってしまいそうだったから。 でも。 「あ、おい」 腕を掴まれて足を止める。

2015-12-11 18:44:55
あ阿々。 @rainbow_solara

11 眩暈がしそうなくらいドキドキ動く心臓が苦しい。 「急ぐん?」 『…』 「…コーヒー一杯だけ付き合ってくれへん?」 『えっ?』 見上げたその顔はあの頃のように笑っていて、思わず頷いていた。

2015-12-11 18:45:00
あ阿々。 @rainbow_solara

12 人目を避けるように少し離れたとこにあるベンチ。 そこに座って、何をするでもなくぼんやり過ごす。 その時間をすばるも憶えているんだろうか。 自然と並んで歩きだす。 あの頃は繋いだ手をすばるのポケットに入れて。 今はそれぞれのポケットにその手を収めて。

2015-12-11 18:45:05
あ阿々。 @rainbow_solara

13 「一人?」 『え?』 「今。カップルの中にポツンって立ってんねんもん」 『あぁ…』 「目立ってたで。すぐ見つけてもーた」 『…いつも一人で来るの』 「いつも?毎年?」 『うん。相手がいようがいまいが』 「何で?連れて来たったらええやん」

2015-12-11 18:45:13
あ阿々。 @rainbow_solara

14 『…こんな散歩に付き合ってくれる人なんてそうそういないよ』 「まあ…せやな」 『でしょ?いいのよ、私だけのもので』 「そういうもん?」 『うん』 すばるは?って聞こうとして、やっぱりやめた。 どんな答えでも聞きたくないし聞いちゃいけない気がした。

2015-12-11 18:45:19
あ阿々。 @rainbow_solara

15 暗くなって風が冷たい。 冬の匂い。 嫌いじゃない。 「…何か変わらへんな」 『ん?』 「や…ちゃう、変わった…?」 『何?』 「…わからん」 思わず笑っちゃった。 『そっちは忙しそうだね』 毎日のように見るよ。 あの頃には夢だった景色。 良かったねって思う。

2015-12-11 18:45:30
あ阿々。 @rainbow_solara

16 だから忘れることなんて出来るはずない。 「おん。おかげさまで」 らしくない言葉言うから舌噛みそうになってる。 『今日休み?こんなんしてて大丈夫なの?』 「や、終わった後降ろしてもらってん。んで歩いてきた」 『わざわざ?』 「おん」 『…何でまた?』 「…何でやろな」

2015-12-11 18:45:42
あ阿々。 @rainbow_solara

17 ポケットの中で手を握り締める。 すばるも、きっとあの時のことを消化できてないんだ。 この時期になると甦って来るモヤモヤを持て余して、きっとここに。 懐かしさと愛おしさと、それからあの時の苦い思い出が胸に甦る。

2015-12-11 18:45:56
あ阿々。 @rainbow_solara

18 たった一度を許すことが出来なかった私。 愛おしい人のはずなのに、見るたびにどす黒い感情に苛まれる。 耐えられなかった。 逃げた。 自分から離れたのに、その瞬間から後悔した。 ここで会ったのは偶然? そうに決まってる。 そうじゃなきゃ何だっていうの。

2015-12-11 18:46:08
あ阿々。 @rainbow_solara

19 もし運命だって言うなら、きっとそれは神様がもういい加減前に進みなさいって与えた試練。 あの頃とは違う、もういい大人なんだからって。 ベンチに座って自販機に向かうすばるの背中を見つめる。 少し猫背で歩く姿。 その姿を見てももうあの時の黒い感情は甦って来ない。

2015-12-11 18:46:14
あ阿々。 @rainbow_solara

20 私だってあれから色々あった。 恋愛だってしたし、結婚まで考えたことだってある。 何か不思議。 こんな風にすばるのことを見れるなんて。 ポケットに缶を入れて小走りで戻って来る。 「ほい」 『…ありがと』 コーヒーって言いながら差し出されたそれは甘いミルクティーの缶。

2015-12-11 18:46:20
あ阿々。 @rainbow_solara

21 コーヒーは好きなのにどうしても缶コーヒーが飲めない私。 微糖もブラックもミルクだけも甘いのもダメ。 憶えてたんだね。 じんわり胸があったかくなる。 差し出す缶に手を伸ばして熱いそれを受け取った、つもりだったけど。 『えっ!?』

2015-12-11 18:46:27
あ阿々。 @rainbow_solara

22 カツンってすばるの手から滑り落ちて転がってく紅茶。 代わりに握られてるのは、私の手。 『な、っ…?』 吃驚して声が出ない。 「これ…」 その視線は私の右手の中指に。 『あっ!』 咄嗟に振りほどこうとした手を更に強く握られる。

2015-12-11 18:46:36
あ阿々。 @rainbow_solara

23 そこに嵌った指輪。 すばると付き合ってた頃に、二人でしてたペアリング。 「お前…」 呆然と呟くすばる。 渾身の力で逃げようとする私と、そうさせまいとするすばると少し揉み合いになる。 別れる時に、私のはすばるに返した。 自分で捨てれると思えなかったから。

2015-12-11 18:46:48
あ阿々。 @rainbow_solara

24 そしたらすばるも、捨てといてって、自分のを私に。 結局捨てられなかった。 すばるの左手の薬指に嵌ってたその指輪は私の右手の中指にぴったりだった。 最初の頃は未練がましく。 いつの間にか大切なお守りになってた。 すばるの指がそっとそれに触れる。 胸がぎゅうって痛い。

2015-12-11 18:47:03
あ阿々。 @rainbow_solara

25 やっぱり、ダメだ。 私だけずっとあの頃にとらわれたまま。 吹っ切ったつもりで、全然進んでなかった。 『…ごめんなさい』 気付かれてしまった。 また余計なものをすばるに負わせてしまう。 そんな重荷を背負う余裕も必要もこの人にはないはずなのに。 涙が零れる。

2015-12-11 18:47:13