稲川淳二のつぶやき怪談　2016年11月24日投稿分

稲川淳二 @Junji_Inagawa

お父さんは、 （あっ、そうか！ 俥屋さんのおかみさんが、後ろから後押ししてるんだな） と思ったんです。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

当時はよくあったそうですね。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

街中でも結構、 急な坂道の場所とか、難所があるんですよ。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

そんな時には、 おかみさんが後ろから押すんですよ。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

１人で坂道を押し上げていたら、 力も入らないし、 後ろに下がったら危険ですからね。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

当時、そうやって、夫婦で助け合う姿が、 そんな光景が、ごく当たり前にあったそうですよ。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

夜だし、雨が降ってるし、 車輪がずれたりして、 ぬかるみにハマって動かなくなると、

稲川淳二 @Junji_Inagawa

おかみさんが、 後ろから押してあげたりするんです。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

今みたいに自動車なんかありませんから、 頼るのは人とか馬、牛の力だった時代ですからね。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

だから少年も、 （そうか、おかみさんが一緒に押しているんだなぁ） と思ったんですよ。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

後ろから同じように、 カッ、コッ、カッ、コッ、 と聞こえてくるんです。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

前では、 タッ、タッ、タッ、 って走っているし。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

（俥屋さんが、あれだけ濡れているから、 後ろのおかみさんも、ずいぶん濡れてるんだろうな） と思ったり、

稲川淳二 @Junji_Inagawa

（気の毒だなぁ） と子供心にも思ったんです。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

雨がザ―ッ、ザ―ッ、 と降り続く中、 俥屋さんとおかみさんが走り続けて、

稲川淳二 @Junji_Inagawa

そうして、 自分の家に到着したんです。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

お父さんは俥から降りて、 「はい、ご苦労さん」 俥屋さんに声を掛けた。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

「へ―い、どうもありがとうごいざんした」 丁寧にお辞儀する俥屋さんに、 お父さんがお金を手にして、

稲川淳二 @Junji_Inagawa

「これ少ないけど、おかみさんの分、 取っておきなよ」

稲川淳二 @Junji_Inagawa

俥屋さんは驚いた顔で、 「えっ？」 「いやぁ、後押ししているおかみさんの分だよ」

稲川淳二 @Junji_Inagawa

「気持ばかりで少ないけどさ、 取っときなよ」 と言って小銭を手渡したら、

稲川淳二 @Junji_Inagawa

俥屋さんが、 「そうですかぁ・・・・・」 「また出ましたか」

稲川淳二 @Junji_Inagawa

とっても寂しそうな顔を、したんです。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

（おかしなことを言う俥屋さんだなあ） と思ったら、 その俥屋さんが、涙ぐんで思い出すように、

稲川淳二 @Junji_Inagawa

「いやぁ、実を言やぁ、 うちのかかあは・・・・」