亜里沙のことが大好きな雪穂 短編(5)「私を真っ白にして」
- yukiho_0_arisa
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スマイルください。写真撮らせて。一緒に撮って。握手ください。抱きしめたい。 要望はいろいろあって、みんな勢いが凄くて、これにはなかなか慣れなくて毎回たじたじになってしまう。先輩メイドたちを見るとこの対応が実にエレガントだ。私は気の利いた言葉も言えなくて、引きつった笑いばかり。
2016-11-15 20:30:17相手が一人ならそれでもなんとか対応できたものの、女子集団ともなればもう圧倒されるばかりだ。べったべたに触られて、私はガチガチになって身動きも取れず嵐が去るのを待つばかり。店長笑ってないで助けてください。ひー。 とてもとても、慣れるときが来るような気がしない。
2016-11-15 20:30:26ずっとこんな感じだったので、亜里沙の様子を確認する余裕はほとんどなかった。まあ、亜里沙のほうが可愛がられ慣れているとは思うんだけど。あんまりみんなに囲まれてる亜里沙を見るとまた妬いてしまいそうだから、見なくて正解だったかもしれない。 なんて思いながら、ちらっと見てみると。
2016-11-16 21:26:09「ね? あれ好きなの! ちょっとだけでも!」 「亜里沙ちゃんの歌声、好きなんだー」 「え、と、今は歌うのは、できなくて」 「こっそり、ちょっとだけ、ね?」 端のほうの席の集団に囲まれているのが見えた。ああ。なんだ、面倒なことになってる、と思った瞬間、体が先に動いていた。
2016-11-16 21:26:18「近くで聞きたいの――」 「ごめんなさい。今はスクールアイドルではありませんので。また今度、ライブで聞いてくださいね?」 亜里沙と、食い下がる女の子の間に割り込んで。 自分でもびっくりするくらい、自然なスマイルとともに、こんな言葉が飛び出していた。女の子は、渋々と一歩退く。
2016-11-16 21:26:29「雪穂……」 「あーごめん、先輩呼んでこなきゃって思ったはずだったんだけど、考えなく動いちゃった」 「ありがとう。かっこよかったよ!」 「そ、そうかな……」 「うん!」 亜里沙はぎゅっと抱きついてきた。慣れてるはずなのに、不意打ちのせいであわあわする。どこからか歓声が聞こえた。
2016-11-16 21:27:32さあ、気を取り直してあと三十分、乗り切ろう。 と思って一度厨房に戻ろうとすると、「ゆっきほー」と、よく知る声が近くのテーブルから聞こえた。振り向く前にため息が出てしまう。 「いらっしゃいませー」 「見てたよー。かっこいいよ、王子様!」 「ご注文はお決まりですかー」 「ノリ悪いー」
2016-11-17 20:34:04お姉ちゃんと、海未ちゃんと、ことりちゃん。3人が揃って座っていた。お姉ちゃんはニヤニヤしてるし、ことりちゃんはにこにこしてるし、海未ちゃんでさえ、嬉しそうに微笑んでいた。 「ほらほら、私たちお客様だよ、笑顔笑顔!」 「……にこっ」 「真顔で言わないでこわい」
2016-11-17 20:34:12「でも、よかったですね雪穂。ヒントは得られたのでは?」 「え?」 海未ちゃんの言葉に、首をかしげる。ヒントとは。 「さっきは、物怖じすることなく堂々とできたでしょう」 「あー……今のは、無我夢中だったから……よくわからなくて」 「わかりますよ、きっと」
2016-11-17 20:34:21あの海未ちゃんが、これだけ自信を持って言ってくれると、もうなにかを乗り越えたような気がしてくる。これがお姉ちゃんの言葉だと、なにも信用できないのに。 「……うん。ありがとう! 残り、がんばってくるね!」 「雪穂ー、サービスしてねー」 「氷1個多めに入れてさしあげますご主人様!!」
2016-11-17 20:35:02「お疲れ様! 2人とも真面目に働いてくれたし、みんなから可愛がられてたし、文句なしだよー! 1日なんて言わないでレギュラーでやってみない?」 「あはは……ありがとうございます。でも私たち、スクールアイドルやってますから」 「そっか! がんばってね」 「はい、お世話になりました」
2016-11-19 16:21:07「……疲れた」 「うん。でも、雪穂がかっこよかったから、いい日だったよ。雪穂はやっぱり私のヒーローだね」 「ま、まあ、私もたまには、いいところ見せないとね。自分でもびっくりだったけど」 「雪穂はいつでもかっこよくてかわいいよ! 脚もキレイだし!」 「うん。ありがと。脚はともかく」
2016-11-19 16:21:38あれが、一度だけの奇跡でなければいいんだけど。 「きっと雪穂は、私のピンチになると覚醒するんだよ。この前のライブだって、私のほうが緊張で動けなくなってたら、雪穂のほうが助けてくれたのかも」 「想像できないなあ……」 「やっぱり、2人いればなんだってできるんだよ!」
2016-11-19 16:22:21「でも、そうすると、ライブのときには亜里沙にピンチになってもらわないといけなくなっちゃう」 「うーん」 亜里沙は、なにやら真剣な顔をして悩み始めて。 そして、赤面した顔で言った。 「雪穂のえっち」 「まってなにを想像したの!?」 最近亜里沙がなにか変なものの影響を受けすぎてない?
2016-11-19 16:22:55「はあ、はあ……ふー」 ランニングの最後に階段ダッシュが組み込まれているメニューは、いまになってもまだきつい。とはいえ、息が上がりながらも、最後までやりきれるようにはなってきた。 少し遅れてる亜里沙の姿を確認したあと、先輩たちが待っている神社に向かう。 「あ、絵里さん」
2016-11-20 19:46:10そこで見たのは、絵里さんに抱きついているお姉ちゃんと、にこにこしながらそれを見守っている海未ちゃん、ことりちゃん、少し離れて2年生たちだった。 私が来たことに気づくと、お姉ちゃんは慌てて絵里さんから離れた。 「別に慌てなくてもいいよ。お姉ちゃんが甘えん坊なのは知ってるから」
2016-11-20 19:46:32私が冷たく言うと、お姉ちゃんは不満げに唇を尖らせる。さっきまでの状態を見られた以上は、もうなにをやっても格好なんてつかないのに。 「雪穂ちゃんも、もう同じメニューできてるのね。亜里沙は?」 「もうちょっとで来ると思います」 「がんばってるわね」 絵里さんは嬉しそうに目を細める。
2016-11-20 19:46:48直後に、亜里沙も現れる。 「お姉ちゃん!」 「おつかれ。亜里沙も体力ついてきたのね」 「うん! 雪穂にはちょっと差をつけられてるから、もっと頑張らないとダメだけど」 「応援してるわ」 頭を撫でられて亜里沙は嬉しそう。お姉ちゃんもこんな感じなんだろうな。
2016-11-20 19:46:58絵里さんはまたお姉ちゃんのところに戻っていった。楽しそうにいろんな話をしているのを眺めてると、海未ちゃんがそっと私たちの側に寄ってきた。 「雪穂も、絵里に頼んでくれたそうですね。ありがとうございます」 「ううん。海未ちゃんが頼んでたなら、もう私が言う必要はなかったし」
2016-11-21 20:22:02「海未さん! 私も! 私も!」 「はい、亜里沙も、ありがとうございます。おかげで穂乃果も喜んでます」 亜里沙も海未ちゃんに褒められて嬉しそう。絵里さんに続いてだから、今日の練習は幸せいっぱいだろう。 それにしても、海未ちゃんも律儀だ。
2016-11-21 20:22:14「……海未ちゃんとしては、あれは、いいの? お姉ちゃん、絵里さんにべったりだけど」 「あら、雪穂、心配してくれているのですか? ふふ、ありがとうございます」 「あ、うん、余計なお世話かなって思ったけど……気になって」 「私は先輩にはなれませんし、もちろん絵里にもなれませんから」
2016-11-21 20:22:28「私は、自分だけで穂乃果のすべてを満たせるなんて思いません。今、穂乃果に必要なのは絵里です。それだけのことですよ」 「……海未ちゃん、すごいよ。私、亜里沙が海未ちゃんに甘えてたら間違いなく妬いちゃうもん」 「雪穂、さっきのも妬いてた?」 「いや、今のくらいは」
2016-11-21 20:23:15「まっすぐで正直で、素敵だと思いますよ」 「でも、海未ちゃんくらい、こう、大きく構えてるの、憧れるなあ」 「そう見えるだけですよ。あと、私が妬いていないなんて、言ってませんよ?」 海未ちゃんは、いつもどおり優しく笑った。 それを聞いて、やっぱり強いじゃん、って思った。
2016-11-21 20:23:25「はーい海未もこっちこっち」 小声で私たちが話をしていると、海未ちゃんは絵里さんに呼ばれて、お姉ちゃんたちのほうに戻っていった。絵里さんは、ニヤニヤ笑っている。 「どう? 演劇の練習のほうは。そろそろ慣れた?」 「ああ……」 絵里さんの言葉に、げんなりした顔になる海未ちゃん。
2016-11-22 21:16:17「もちろん、するんでしょ? 穂乃果と、キ――」 「そのシーンだけでも! なしにできないかと、本当に思うのですが……」 「海未ちゃん、まだ抵抗してるんだよー」 「いえ、だっておかしいでしょう。仮にも学校の出し物で、その……そんなことを」 「そんなことってなあに?」 「もう、絵里!」
2016-11-22 21:16:46