燭へし同棲botログ:コーヒーの日+紅茶の日+遠距離恋愛の日

2016/10/1+2016/11/1+2016/12/21:飲み物、出張、擦れ違い。
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燭へし同棲bot @dousei_skhs

「長谷部くん、落ち着いて」 「っ、ひっ、おちつい、てる」 「大丈夫だよ、僕全部聞くからね」 「……、っ……」 「取り敢えず、一緒にあっち行こう」 しゃくりあげながら小さく頷くと、光忠は俺の肩に手を回し、キッチンからリビングへ場所を移した。

2016-12-21 23:02:47
燭へし同棲bot @dousei_skhs

ソファに腰掛け、癖のついた呼吸をどうにか整える。光忠は俺の隣で何も言わず、たまに背中をとんとんと優しく叩いてくれた。――ようやく落ち着いた俺は、そういえば、と今更湧いた疑問を口にした。

2016-12-21 23:03:25
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「光忠お前……出張は」 「終わったから帰って来たんだ」 「まだかかるんじゃなかったのか」 「まだかかるって、予定通りでも明日だよ」 「それでも、明日だったのがどうして」 「頑張って一日早くしたよ」 「なんで……」 「なんでって……あのね、長谷部くんがちっとも連絡くれないからだろ」

2016-12-21 23:04:35
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光忠はそこで初めて、少し怒ったような表情をした。思い当たるところが多過ぎてびくっと肩を揺らすと、大丈夫だとでも言うように再び背中をぽんぽん叩かれる。 「電話かけても出ないし、メッセージは無視するし。ずいぶん心配したんだよ」 「……それは」

2016-12-21 23:05:47
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「ん?」 「……すまなかった」 「理由を聞いても?」 「……お前が、怒っているかと」 「? なんで」 「俺がワガママ言ったから」 「え、いつのこと」 「出掛ける日の朝。……ほら、俺、コーヒーがいいって言った、あれ」 「……ああ! そうか、そうだ、言ったかもね」 「かもねって……」

2016-12-21 23:07:37
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あまりに軽い光忠に肩透かしを食らった。時間が経っているとはいえ、俺はまだまともに謝ってもいないんだ。もう少し気にしていてもいいのに。そう思ったのがそのまま出ていたのか、光忠は俺の表情を見て苦笑いを寄越した。

2016-12-21 23:08:19
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「僕あの日はちょっと寝坊しちゃって」 「してたな」 「ね。格好悪いよね。それで急がなきゃいけなかったんだけど、しばらく会えないんだからちょっとでも長く一緒にいたくて」 「……」 「長谷部くん、体調悪そうだったから心配だったし。それでいつものコーヒーじゃないもの勧めてみたんだけど」

2016-12-21 23:09:04
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わかっていた。光忠が俺の体調を気遣ってくれていることなんて、寝惚けた頭でもわかっていた。急がなければいけないだろうに俺の世話を焼いてくれていることも。俺は全部わかっていたんだ。それなのに。

2016-12-21 23:10:18
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「光忠、俺は」 「でも朝の習慣って人それぞれだし、大事だもの。長谷部くんがコーヒーって言うなら、素直に淹れてあげればよかったね」 「お前が謝ることじゃない! 俺が」 「?」 「……お前に甘え過ぎていた」 「え?」 「……悪かった。時間を割いてくれたのに、礼を欠いた態度を取って」

2016-12-21 23:12:08
燭へし同棲bot @dousei_skhs

そう言って、俺は光忠に頭を下げた。 光忠が優しい言葉をくれるたび、許してくれるたびに、俺はつい安心してしまう。けれどそれじゃいけないんだ。自分が悪かったと思っていることに関しては、しっかりけじめをつけなければ。

2016-12-21 23:13:12
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「――長谷部くん、顔あげて」 俺の頭に、ぽふっと分厚い体温が被さった。光忠の手だ。さっきの背中と同じように二三度ぽんぽんと撫でるのに従って顔を上げると、今度はその隻眼が困ったような表情を浮かべていた。改めてこいつは案外表情豊かだなと、場違いな感想を持つ。光忠が言葉を続けた。

2016-12-21 23:14:15
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「僕ね、別にあの朝のこと怒ってないよ」 「……なんで」 「なんでって、怒るようなことじゃないだろ」 「でも、好きにしたらいいって、」 「あ、僕そんな言い方した?」 「足音も、苛立ってて」 「本当に時間なくてさ。言い方きつかったのも足音うるさかったのも、ただ焦ってただけだよ」

2016-12-21 23:16:20
燭へし同棲bot @dousei_skhs

ダメだね、僕も言葉を選ぶべきだった。そう言いながら気まずそうに笑う光忠を見て、今度こそ脱力した。……じゃあ俺がこの十日近く悩んでいたことは、全部俺の勘違いだったのか。勘違いで連絡しないで、自分で自分を追い込んで、結果めそめそ泣いて、また光忠に慰めてもらっているのか。

2016-12-21 23:17:54
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「……最悪だ……自業自得だが……」 「長谷部くん、僕がいない間に何があったの」 「切腹したい」 「やめてくれ。――あ、そうだ」 「なんだ」 「大事なこと言うの忘れてた」 俯いて鼻をすする俺をよそに、光忠はなにか思い出したかのように目を輝かせた。今度は一体なんだろう。

2016-12-21 23:18:51
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「ただいま、長谷部くん」 「……おかえり、光忠」 「うん!」 俺が言葉を返すと、光忠はにこっと満足そうに笑った。ひとつの挨拶も忘れない律義さと無邪気な笑顔。つられて頬が緩む。――勘違いのうえのすれ違いが、ようやく元に戻った気がした。

2016-12-21 23:19:42
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「あ! しまった、僕手洗いうがいしてない」 「え」 優しい雰囲気になったと思ったら、光忠はパッと手を離して立ち上がった。確かに俺を驚かそうとこっそり帰ってきて、泣いている俺を見つけて、ここまで連れて来て。いろいろ整える暇がなかったから当然かもしれないが……だが、このタイミングで。

2016-12-21 23:21:53
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「ごめんね、ちょっと待ってて。手洗って着替えたら、あれ淹れ直してあげる」 「あれって?」 「ハーブティー。飲んでたんでしょ」 「あ……」 「泣いてる間に冷めちゃっただろうから。ね」

2016-12-21 23:23:04
燭へし同棲bot @dousei_skhs

光忠はそう言って笑いながら、キッチンの入り口にあるコートを拾い、スーツを脱いだ。それらをまとめてハンガーに掛け、洗面所に消えて行く。――光忠が手を洗う気配と音を背に、俺も再びキッチンへ足を向けた。 「……あ、それともコーヒーにしようか?」 「光忠」

2016-12-21 23:24:41
燭へし同棲bot @dousei_skhs

俺がいつまでも気にしないよう、わざと茶化してくれたんだろう。わかっているから、こちらもわざと棘のある声で返す。洗面所から聞こえた「冗談だよ」という光忠の笑い声に、俺もつられて笑った。

2016-12-21 23:25:31
燭へし同棲bot @dousei_skhs

キッチンには寂しいマグカップが置かれたままだった。光忠の言う通り、中身はすっかり冷めている。適当に淹れたとはいえもったいない、可哀想なことをした。だが。 「……ごめんな」

2016-12-21 23:26:07
燭へし同棲bot @dousei_skhs

あいつが次淹れてくれるものは、これよりも美味いに決まっている。 「……ごめん」 俺はもう一度謝って、数口しか飲んでやれなかったマグカップの中身を、シンクに流してしまった。 【了】

2016-12-21 23:27:17
燭へし同棲bot @dousei_skhs

(おまけ) 「でもね、長谷部くん」 「! ……なんだ」 「連絡はちゃんとしよう」 「…………」 「不安だったのもわかる。気まずかったのもわかる。だけどね、僕の方からは連絡入れてただろ。その返信のついででもよかったはずだよ。ごめんなり何なり言うのは」 「……はい」

2016-12-21 23:28:29
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「ということで、そこに関しては僕ちょっと怒ってます」 「はい……」 「まあでも、結局はお互い言葉が足りなかったんだから、長谷部くんばかり責めるつもりはないんだよ。ごめんね」 「……俺の方こそごめん。……迷惑だと思ったから」 「――君は変なところで気を遣うね」 「なっ、」

2016-12-21 23:30:05
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「長谷部くん」 「! ……はい」 「僕に対しては迷惑なんていくらでもかけていい」 「え……」 「だって、結婚してるんだろ」 「……してる」 「ね?」

2016-12-21 23:34:16
燭へし同棲bot @dousei_skhs

「……悪かった」 「うん。……ああ、でも」 「?」 「心配だけはかけないで」 「…………」 「返事」 「は、はい」 「ふふ、よろしい」 (了)

2016-12-21 23:35:47