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差別の原因、状態、対症療法

リベラルの人たちの差別の定義の積み重ねは、研究に役立っても、差別の現場では役立たない可能性を考えてみました。
社会問題
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広瀬直樹 @fab4wings
差別の素の偏見は、良い事の頻度を上げ悪いことの頻度を下げる生物の基本的性質や群れの識別など区別する性質が主要因で起きると推測できる。 もっと平たく言うと、一度損したらそのことを覚えていて似たことを避ける気持ちや仲間か否かを区別する気持ちが差別の原因。
広瀬直樹 @fab4wings
差別の原因となる気持ちはなくせない。けれど、平静なときは理性によって抑えることが出来る。ところが、差別が行われてる場は興奮や怒りのある場所で、作業記憶は抑圧され理性が効き難い状態。これが差別状態。
広瀬直樹 @fab4wings
「これまでの対症療法は役立たない」
広瀬直樹 @fab4wings
リベラルは、これまで事細かく定義を積み重ねることで、差別に理性という対症療法が効くと考えていた。しかし、状態を考えると実は理性が吹っ飛んだときほど差別は起きるということになる。
広瀬直樹 @fab4wings
「これからの対症療法案」
広瀬直樹 @fab4wings
人は誰もが差別し差別される側にもなる。不条理な扱いに悲しむ。このことがなくせないなら逆に共感として利用したらどうだろう?共感は自他を曖昧にすることであり、作業記憶などを圧迫しないので差別状態と共存可能性がある。
広瀬直樹 @fab4wings
共感できたなら、差別が広まると自身も損すること認識できるし仲間識別の性質も突破できる。 なので、細かい定義を積み重ねるより、互いが同じ人間だと思える交流を前面に出したらどうだろう?
広瀬直樹 @fab4wings
誰もが、差別してしまう性質を持ちつつ差別を嫌う矛盾をもった人間であり、正確無比な定義の基ではうまくいかない欠点をもってる。 互いに、気を付け合い助け合いながらでないと何事もうまくいかない面倒臭い関係を覚悟するというのはどうであろう?

コメント

八代泰太 @clockrock4193 2017年1月1日
これまでの「差別解消」で効果があったのは、科学的知識の普及によって「悪い事の原因」とされてきた人達が実は無関係だということが周知された例じゃないかな? 地域で疫病や災いごとがあったときに余所者に原因を擦り付けるんじゃなく原因究明がしっかりと行われるようになったり、ハンセン病の感染力がかなり弱い物だと判明してから隔離政策の誤りが認められたり。 逆に、科学的知識の欠如で新しく「フクシマ差別」が出てきたり。
ユニコーン渡辺 @TheGoldSunlight 2017年1月1日
人間が人間である以上、差別は無くならない。
八代泰太 @clockrock4193 2017年1月1日
差別を解消するには、理性面からは「第三者が、損害とその原因とされている集団が無関係だと証明し、世間に向け発信する」か、損得面からは「損害の原因とされている集団が、社会貢献などで自分達の有用性を示す」の何れかが必要で、昨今のオタク趣味なんかクールジャパンとか言われるようになってから、世間様にある程度の容認はされるようになったじゃん。
広瀬直樹 @fab4wings 2017年1月1日
clockrock4193 無知による差別とその解消は確かにありますね。 TheGoldSunlight なくせないけれど緩和できると思います。
八代泰太 @clockrock4193 2017年1月1日
fab4wings 問題はマイノリティ側がマジョリティ側に受け容れられるつもりがなく、且つ、マジョリティより優位な扱いを受けようと運動する場合ですか。過去の扱いが悪かったんだから現在は優遇されて然るべきというような。マジョリティ側の一部も自分の立場や懐が犯されない限り同調しますが、こうなると後は相手を撲滅するか良くて分裂するかしかないかと。そもそも少数側が多数者側の共感や立場の共有を拒否するんですから。
広瀬直樹 @fab4wings 2017年1月1日
clockrock4193 まず、ヒトは社会動物ですから、集団同士はもともと争う性質があります。 集団同士の生存競争ですね。 集団の大小に関わらずより有利に生きようとしてるだけです。 集団同士は、互いに争ってる最中ということが広く認識されると、差別的扱いというのは、 ただ単に身内か否かを区別してるだけということが理解されるかもしれません。
広瀬直樹 @fab4wings 2017年1月1日
丁度、ハンセン病の誤解と同じですね。 経済戦などは生活が掛かってる過酷な競争です。 この認識が広まれば、ドライな対応や区別が集団同士にあるのは差別ではないと理解されるかもしれません。 次に、ヒトの集団の自然な限界集団数(いわゆるダンバー数の150人くらい)を超えた集団には同化(ルールや宗教観、象徴や価値観など生活規格の共有)が必要です。
広瀬直樹 @fab4wings 2017年1月1日
このことから、同化を拒否するということが、そのまま争いにつながると予測できます。 このことも、認識が広まれば、これは差別ではなく集団同士の争いだと理解が進むかもしれません。 ですが、これだけだと割り切れない立場の人たちもいると思われます。 いわゆる韓国朝鮮の在日二世三世です。 ぼくがネットで見る限りですが、身内の反対などもあって、なかなか帰化出来ない人もいるようです。
広瀬直樹 @fab4wings 2017年1月1日
各々いろんな割り切れない事情がありそうです。 なので、集団同士の狭間にいることになり差別的対応を受けることになるのだと思います。 これは、解消や緩和しないと不幸です。 ここに、今までリベラルは、差別の定義を重ねていくことで、「差別する人が悪い」として、解決を図ろうとしてきました。 ぼくは、差別といわれてるもののほとんどは、偏見であれ集団の仲間識別機能であれ、誰もが有する性質だと考えています。
広瀬直樹 @fab4wings 2017年1月1日
そう考えると、誰もが差別する人だということになります。 この誰もが差別してしまう性質を緩和するには、これまでの定義を積み重ねる方法では、出来ないと考えました。 それは、定義の積み重ねは、脳のリソースを多く使うからです。 ですから、リソースをあまり使わなくてすむ「共感」(≒自他の曖昧化)によって、緩和できないかと考えました。 もしも自分が不条理な扱い受けたら嫌なわけだし、同じ人間同士ですから喜怒哀楽など共通してる部分もある。
広瀬直樹 @fab4wings 2017年1月1日
そこから、摩擦を緩和できないだろうか?というのがぼくの考えです。 他にも、集団同士の競争でも、囚人のジレンマはあるはずで、集団同士協力し合うことも緩和に向かうかもしれません。 あと、韓国朝鮮の在日の二世三世の場合、全体として見たら同化は進んでると考えられます。 このまま同化が進むことが緩和に繫がるかもしれません。
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