指輪と二人

吹雪と司令官_戦後司令官視点()
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ラスカる @Not_Araiguma

左手の薬指を見ている。そこには、派手な装飾など何も付いていないプラチナ製の指輪がこじんまりとしながら輝いている。 それは所謂結婚指輪というやつで、ある女の子も同じものを身に付けている。 #指輪と二人

2017-02-02 22:59:42
ラスカる @Not_Araiguma

これを彼女に渡すまで、随分と長い時間をかけてしまった。彼女曰く一世一代の告白から果たして何ヶ月、いや何年目のことだっただろう。 普通の人ならば、一緒に暮らし始める前に手渡すのが当たり前だというのに。 #指輪と二人

2017-02-02 23:03:08
ラスカる @Not_Araiguma

『好きです』 たったそれだけの言葉で、僕は彼女を見る目が変わってしまった。 それまで僕と彼女の関係は…まぁ、一般的な司令官と艦娘というやつだった。主観なので、もしかしたら他者からとっくの昔にそれ以上の関係に見えていたかもしれない。 #指輪と二人

2017-02-02 23:05:42
ラスカる @Not_Araiguma

僕は有り体に言って、彼女とのそうした関係を崩すつもりは全く無かった。そのままでいることを望んでいたとさえ言える。 彼女の告白を受け入れはしたが、それはそれでまた別の関係が新しく出来ただけで、今までの関係を無くしたりするつもりは全く無かったのだ。 #指輪と二人

2017-02-02 23:11:06
ラスカる @Not_Araiguma

彼女はあの日、僕のことが好きだと言った。ではそのとき僕のは彼女のことをどう思っていたかと言うと…はっきり言葉にするのは難しい。何せ、彼女とそう言った色恋沙汰の話になるとは全く考えてもいなかったからだ。告白は青天の霹靂だった。 #指輪と二人

2017-02-02 23:14:01
ラスカる @Not_Araiguma

彼女のことは好意的に見ていたが、それは恋愛的な意味での好きでは無かった。告白されるまで、彼女のことを意識して想ったことなど一度だって無かった。 告白の直後、驚きのあまり止まった思考を再開した僕は聞いた。 「僕の、どこが、何が好きなんだい?」 彼女は答える。 #指輪と二人

2017-02-02 23:17:21
ラスカる @Not_Araiguma

「わかりません。けど、私は司令官のことが好きです」 柔和な頰を紅く染めながら、彼女は、吹雪は言った。 僕は返す言葉を失ってしまった。物事には何らかの理由が必ずあるものだと信じていたからだ。それを吹雪は…恐らくいい意味で崩してくれた。 #指輪と二人

2017-02-02 23:19:39
ラスカる @Not_Araiguma

…それから月日が経ち、僕と吹雪も関わった戦争が終わり戦後がやって来た。そしてごく自然?な流れで一緒に暮らすようになり、今に至る。 戦中に仲間だった艦娘たちは皆こう言った。 『二人はもうすっかり夫婦だね』と。 #指輪と二人

2017-02-02 23:23:01
ラスカる @Not_Araiguma

夫婦。恐らく、誰の目にも僕と吹雪はそう映ったことだろう。否定はしない。だが、決定的に欠けているものが一つだけあった。 それが、指輪だった。僕と吹雪は式を挙げずに一緒になったからだ。 #指輪と二人

2017-02-02 23:25:51
ラスカる @Not_Araiguma

渡そうと思えばいつでも渡せたそれを、僕は渡せずにいた。 怖かったのだ。それまで築いてきた関係が変わってしまうことに。提督と艦娘から、僕と吹雪の関係になってしまうことが。 #指輪と二人

2017-02-02 23:28:04
ラスカる @Not_Araiguma

それはある種の呪いのようなものだった。渡してしまえば、全てが終わってしまうのだと錯覚するほどに。 もちろんそんなことは無いとわかってはいた。渡したとしても吹雪との関係は終わったりなどしないし、ましてや様変わりするなど有り得ないことも。 #指輪と二人

2017-02-02 23:32:59
ラスカる @Not_Araiguma

仲間だった艦娘に相談したこともあったが、返ってきたのは殆ど同じ言葉だった。 『渡してから考えればいい』 『別に問題無いのでは』 『アホですか貴方は』 …だが結局、用意した指輪は書斎にある机の引き出しにしまわれたままとなっていた。 #指輪と二人

2017-02-02 23:36:43
ラスカる @Not_Araiguma

そして彼女と暮らし始めて四年目のことだった。ある日突然、それまで呪縛のように僕を苦しめていた何かが吹っ切れた。 理由は今でもわからない。だが取るべき行動はわかっていた。 吹雪に、指輪を。 #指輪と二人

2017-02-02 23:39:21
ラスカる @Not_Araiguma

__ 「しれーかんっ」 「おおう!?」 椅子に座って左手を眺めていたところ、突然横から吹雪さんが現れた。 「なにしてたんですか?」 「や、別になにも」 「なんで顔逸らしてるんです?」 「深い意味は、無い」 そう答えたが、吹雪さんは納得していない様子だ。 #指輪と二人

2017-02-02 23:42:42
ラスカる @Not_Araiguma

このままでは非常に居心地悪く感じ、洗いざらい話すことにした。 「指輪を見ていたんだ」 「指輪、ですか?」 「ああ。…渡した日のことを、ちょっとな」 顔が熱くなるのを感じた。誤魔化そうにも誤魔化し方を知らないのが痛い。 「顔、赤いですよ?」 案の定ツッコミが入った。 #指輪と二人

2017-02-02 23:46:34
ラスカる @Not_Araiguma

「気のせいだろう」 「赤いですよ。とても」 居心地が果てしなく悪い。 「…吹雪さん」 「なんですか?」 「…………好きだよ」 必死になって何か答えようとして出たのがこれだった。すごく、恥ずかしい。 #指輪と二人

2017-02-02 23:50:01
ラスカる @Not_Araiguma

「…!そう、ですか。ふふーん、そーですかー」 吹雪さんはやけに語尾を伸ばしながら言った。なんだか嬉しそうに見える。 「俺、何か変なこと言ったか」 「別に。ただ、嬉しくて」 「どうしてだ?」 「だって、好きな人から好きって言って貰えたんですよ?嬉しいですっ」 #指輪と二人

2017-02-02 23:52:25
ラスカる @Not_Araiguma

「私も好きですよ、司令官のこと」 吹雪さんは俺より手慣れた様子でそう言った。 「…そうか」 「お礼に今日はご馳走にしますね」 「待て、今日の当番は俺のはずだが」 「まぁまぁいいじゃないですか。楽しみにしててくださいねっ」 そう言って吹雪さんは台所へと消えていった #指輪と二人

2017-02-02 23:55:19
ラスカる @Not_Araiguma

…結論から言うと、指輪を渡しても僕と彼女の関係が変わることは無かった。彼女は今まで通り僕のことを"司令官"と呼んでくれている。僕の方は彼女に"さん"を付けるようになったが、それは些細なことだろう。 ただ、言えることがひとつ。 #指輪と二人

2017-02-02 23:57:48
ラスカる @Not_Araiguma

近頃、妙に吹雪さんとの関係が縮まったというか、より対等になったというか。 (…これが、尻に敷かれてるってやつか?) まさかと思いつつ、そうな気がしてならない。 (…まぁ、これはこれで) 指輪を渡したことで僕は知った。関係は、少しずつ変わっていくものだということに。 #指輪と二人

2017-02-03 00:00:53
ラスカる @Not_Araiguma

台所から、良い匂いが立ち込め始めた。 (終) #指輪と二人

2017-02-03 00:02:04