2部 4章【仮庵の恩知らず】

入江の魔人シリーズ第16弾
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えみゅう提督 @emyuteitoku

「ねえ、あれってさ…」初風は目を細めて、海上に現れた潜水艦の姿を見た。「なんて潔い…」黒蘭は潜水艦の姿に素直に見とれた。黒蘭からの威嚇で、位置を把握された事を察したソ級が取った行動は――土下座!額を海面に付け、足をたたみ、足首だけでぱちゃぱちゃと水をかく土下座航行! 1

2017-02-06 20:03:11
えみゅう提督 @emyuteitoku

約二キロ先の全面降伏を前に初風と黒蘭は砲のやり場に困っていた。一人アカギだけが、冷静にライフルの狙いをソ級から外さずにいた。黒蘭は腕を組んで首を傾げる。「うーん、無抵抗の相手を撃ったら多分江見提督怒るよね」「でしょうね。ま、アカギが狙い付けているし、話は聞いてみよっか」 2

2017-02-06 20:04:51
えみゅう提督 @emyuteitoku

初風は声が届くように両手を口に添えソ級を呼ぶ。「ねえ!何のつもりなのか教えてくれないかしら!」彼女の声に、ソ級は顔を上げ初風と同じように手でメガホンを作る。「撃たないでー!手違いで囲んじゃっただけなのよー!許してくーださい!」ソ級の耳に付くイルカのような声が響く。 3

2017-02-06 20:06:19
えみゅう提督 @emyuteitoku

「手違いねぇ…」「んー、悪気はなかったみたいだしいいんじゃない?」ソ級の言葉を訝しむ初風と違い、黒蘭は手で庇を作って潜水艦が土下座で近づいてくるのを呑気に眺めていた。「しかしまあ」「遅いねー」元より鈍足の潜水艦、それが妙な格好で航行しているのだから、とにかく遅かった。 4

2017-02-06 20:08:06
えみゅう提督 @emyuteitoku

たっぷり時間をかけてやってきたソ級が話したのは彼女自身の放浪の来歴だった。深海棲艦の拠点と対立したこと、中部海域から逃げてきたこと、様々な拠点を渡り歩き様々な情報を持っている事。「戦いは情報でしょ?味方に入れてくれたら何でも喋っちゃうからさぁ、仲間に入れてくれない?」 5

2017-02-06 20:10:30
えみゅう提督 @emyuteitoku

「そうはいってもねぇ…名前も知らない相手を信用しろなんて無理よ」現場の一存で司令官と会わせるわけにはいかない。しかし、ソ級はニヤニヤ笑いながら言葉を繋げる「名前が気になるの?お安い御用、私は――」「シェミニ・アツェレット、でしょ?ウフフ、知っているわぁ。結構有名ですもの」 6

2017-02-06 20:13:00
えみゅう提督 @emyuteitoku

ソ級の名を呼んだのはムサシだった。殲滅戦を終え全身に返り血を浴びた姿で、彼女はソ級に歩み寄る。「単独行動を好み派閥を嫌い、各地の拠点を言い包めては物資を奪い放蕩を続ける。人呼んで、【仮庵の恩知らず】」「その通り!よくご存じで」シェミニは己の悪評を笑って受け入れた。 7

2017-02-06 20:13:51
えみゅう提督 @emyuteitoku

「わかってるなら話は速いね!私強いよ、話通してよ」「断る」ムサシはぴしゃりと言い放った。「打算で主を鞍替えするような奴は嫌いなのよ」「まあまあ、そういわずにさ。お話くらいはね?」シェミニはへらへらと笑いながら取り繕うが、ムサシにそれを聴きいれるつもりはなかった。 8

2017-02-06 20:15:47
えみゅう提督 @emyuteitoku

「シェミニ・アツェレット、噂は好きかしら?」ムサシの怪しい問いにシェミニは視線を泳がせた。「うん…まあ、そういう性分だしぃ?」「ウフフ、なら自分の悪い噂が元で死ぬのは嬉しいでしょう?」「いやいや!ちょちょちょ!まっ!」シェミニの声を銃声がかき消した。――砲ではなく銃の発射音。 9

2017-02-06 20:17:31
えみゅう提督 @emyuteitoku

銃声を鳴らせるのはもちろんアカギただ一人。凶弾はライフルからではなく、子供の腕程ある巨大な拳銃から空に向けて撃ちだされた。アカギは額が千切れんばかりに眉間に深い皺の谷を作り憤怒を露わにする。「いい加減に、しろ。処分は提督が、決める事だ。独断を続けるなら、抗命罪とみなし――」 10

2017-02-06 20:19:31
えみゅう提督 @emyuteitoku

『見做さない見做さない!待機だアカギ君!』アカギの頭部艤装から鳴る電子音声に江見の声が割り込んだ。待機という単語を聞いた途端に、アカギは直立姿勢を取り、マネキンのように動かなくなった。彼女の余りにも極端な挙動に、シェミニは口を閉じるのも忘れてあっけにとられていた。 11

2017-02-06 20:20:58
えみゅう提督 @emyuteitoku

『やれやれ…さて、と!ご来賓は今いらっしゃるのかい?』「あ、私でーす、シェミニっていいまーす」面を喰らったシェミニは少し抑え気味に答える。『初めましてシェミニ、私がレムリアだ。入港申請だね、歓迎するよ。世間の評判がどうであれ、私は自身の見聞で判断するから安心してくれ』 12

2017-02-06 20:23:04
えみゅう提督 @emyuteitoku

「入港許可ありがっとさーん♪優しい人は好みだから何でもしてあげちゃうかも!」『何でもかい?それは楽しみだ!ハーハーハァ!』アカギの頭部スピーカーを利用した通信の最中でもシェミニは思考を止めない。(男の声だ…最初期の深海棲艦には性別が無い奴もいるけど、そのたぐいか?) 13

2017-02-06 20:24:44
えみゅう提督 @emyuteitoku

考え込むシェミニの頭にムサシの手が置かれた。ムサシはシェミニの濡れた髪を憐れむように撫でる。「今考える必要はありませんわぁ。これから会うんですもの。提督は全てを受け入れ、塗りつぶしてくださいますから、ご心配なく」ムサシの不吉な笑み、レムリアの不気味な笑い声。(マズったか?) 14

2017-02-06 20:27:08
えみゅう提督 @emyuteitoku

帰島した一行を出迎えたのは、埠頭で白い息を吐きながらランニングに勤しんでいるジャージ姿の葛城だった。「皆お帰り。あ、ソ級だ、こんにちはー」彼女はシェミニに向けて手を振りランニングに戻る。シェミニも軽く頭を下げた。「ご丁寧にどーも…いやいやいやいや!!おかしいでしょ!」 15

2017-02-06 20:30:35
えみゅう提督 @emyuteitoku

直情的な指摘を受けて、葛城は足踏みをしながら振り返る。「どうしたの?潜水艦のくせにツッコミは高速なのね」「ちょっと貴女艦娘でしょう!?ソ級だこんにちはー、って何?!それ以前に――ここパラムシルでしょうが!艦娘軍の泊地でしょ!いや、戦艦棲姫はいるけどさ…もう何なのこれ!」 16

2017-02-06 20:33:07
えみゅう提督 @emyuteitoku

シェミニは思わず右へ左へと首を回した。目に映るのは彼女の狼狽を不思議そうに眺める艦娘の名を持つ深海棲艦。(何なんだこいつら!どういうことなのさ!確かにレムリア軍は深海棲艦の中枢ですら所在を把握していなかった。私でも北の前線ってことしか掴めなかった。だけどさ、それがさ――) 17

2017-02-06 20:34:29
えみゅう提督 @emyuteitoku

「なんで艦娘の拠点なのさ!」混乱の頂点にあるシェミニを見て葛城は足踏みを止め、いかにもといったふうに腰に手を当てため息をつく。「うるさいわね、いーじゃないどんな戦力がいても。強い奴が集まらないと生きていけないんだから。貴女だって強いから江見提督に呼ばれたんでしょ?」 18

2017-02-06 20:35:48
えみゅう提督 @emyuteitoku

「エミ…?」「そうよ、江見悠。それが私の提督の名前。そんな事も知らないで来たの?」江見悠、『極東のレムリア』の名前。艦娘を率いる提督の名前。「へぇ…そういう仕組みか。艦娘について詳しいって噂だったけど、納得できた。こりゃ面白い」シェミニの顔に頬が裂けたような笑顔が浮き出す。 19

2017-02-06 20:38:17
えみゅう提督 @emyuteitoku

「ね?会わせてよ、早く連れて行って。顔は知らないけどさ、もう完璧クリーンヒット!ストライク超ど真ん中!姿も所属も関係なしで、気に入ったなら手籠めにするなんてめっちゃタイプなんだけど!私はもう惚れちゃったからさ、今度は私が江見提督に惚れて貰わないとね!キャハハハハ!」 20

2017-02-06 20:40:48
えみゅう提督 @emyuteitoku

その潜水艦は嫌われ者だった。どんなことも覚え、よく考え答えを見つけ、報告を怠らない。忠誠ではなく習性としてありとあらゆる噂を集め、そして言いふらした。組織形態を持つ深海棲艦にとって、彼女は余り危険すぎた。幾度となく暗殺が計画され、その全てが失敗に終わった。 21

2017-02-06 20:44:23