原料屋 3度目の冬

twitter上の創作企画「空想の街」の参加作品です。
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うらはら @ura_saraha

海呼鳴の後、いくつかの取引をすませて、原料屋はふらふらと街を歩いていた。懐中時計をちらりと確認して「…まだ寝てるか」とだけ呟いて、時計を仕舞って。「あと数時間、どう時間を潰すかね」「夕食は?」「ん。まあ食べてもいいんだけどね」ぼやきながら夜空を見上げる。 #空想の街 #原料屋

2017-02-05 21:22:33

地下のあの子(もぐらのあくび)

うらはら @ura_saraha

「さて」いつもの階段を見下ろした窓也が小さく笑って、そこを降りていった。トン、トン、トン、と音を立てて徐々に地下へと潜ってゆく。やがて現れた扉を、コンコン、と軽い音でノックする。「こんばんは、原料屋です」 @amenohakoniwa #空想の街 #原料屋 #地下の硝子屋

2017-02-05 22:27:44
ハコ @amenohakoniwa

地上に続く扉がノックされる音。ハコはちらりと窯の温度を確認してから扉を開けに行く。「原料屋さん、こんばんは!いつもありがとうございます。どうぞ中へ」今年も海呼鳴の氷とともに様々な硝子の原料の仕入れをする。 @ura_saraha #空想の街 #原料屋 #地下の硝子屋

2017-02-05 22:36:45
うらはら @ura_saraha

「今年も色々、仕入れて来たよ」つづらを下ろしながらハコに笑いかける。「ほい、いつもの海呼鳴の氷の欠片」シャーレを取り出して「雪虫の巣と初雪の結晶。紫紺茨と、汽車の骨、灯台石、ランタン糖」次々と包みを取り出す。 @amenohakoniwa #空想の街 #原料屋 #地下の硝子屋

2017-02-05 22:44:25
ハコ @amenohakoniwa

鮮やかな仮面の下に笑顔の気配を感じてちょっとどきりとしながらハコは耐熱グローブの右手でシャーレを受け取る。窯の温度をちらりとまた確認し、キラキラと瞬く氷を窯の中に落とし込む。激しい雷の様な音と光。ふぅとひと息つく。 @ura_saraha #空想の街 #原料屋 #地下の硝子屋

2017-02-05 23:07:07
うらはら @ura_saraha

相変わらず鮮やかな手付きに感心しながら、窓也は勝手に椅子を引き出して座った。「今出したのが原料で」これ、と一回り小さな包みを取り出す。「こっちはおまけ。お土産、かな。”もぐらのあくび”って名前のカップケーキだよ」 @amenohakoniwa #空想の街 #原料屋 #地下の硝子屋

2017-02-05 23:12:17
ハコ @amenohakoniwa

原料の包みを確認するハコの前に甘い香りの包みがもうひとつ。「可愛い名前!それにもぐらってわたしにぴったり」ぷぷぷと笑う。「あ、お代の硝子です。今年の告げ硝子は上手くいったと思います」硝子片からはしゃらしゃらと星降る音。 @ura_saraha #空想の街 #原料屋 #地下の硝子屋

2017-02-05 23:17:56
うらはら @ura_saraha

「だろう。貰ってすぐに君を思い出したもんだから」笑って、硝子片の袋を受け取る。しゃらしゃらと鳴る音が耳に心地よい。「告げ硝子、か。いいね、この季節のこの街にぴったりだな」確かに頂きました、と呟いて立ち上がる。 @amenohakoniwa #空想の街 #原料屋 #地下の硝子屋

2017-02-05 23:51:28
ハコ @amenohakoniwa

「!!!てへへ…」ちょっと顔が熱い気がするけどさっき窯を覗いたんだったそうだった!数種の硝子片を包んで原料屋さんに渡す。さっと渡せるおまけが思いつかなくて悲しい。「…ありがとうございました。また来年もお願いします」 @ura_saraha #空想の街 #原料屋 #地下の硝子屋

2017-02-06 00:08:28
うらはら @ura_saraha

「前回は君がおまけをくれただろ」灯りの樹の時の、ほら、逆強盗の。身振り手振りしながら記憶を辿って説明する。「だから今のはそのおかえし。気になるなら、来年にまたいいおまけを頼むよ」じゃあ、と言って窓也は扉を開けた。 @amenohakoniwa #空想の街 #原料屋 #地下の硝子屋

2017-02-06 00:13:01
ハコ @amenohakoniwa

扉を開け地上への階段を上って行く原料屋さんをハコは見送る。 「あ、はい!ありがとうございますっ!良い春を!」 @ura_saraha #空想の街 #原料屋 #地下の硝子屋

2017-02-06 00:18:14
うらはら @ura_saraha

次の目的地は砂漠の予定で、だからかふと気まぐれを起こした窓也の足が東区へと向いた。最後に海を、海の目覚めが終わってから聞こえるようになった波音を聞いてから去ろうと思ったのだ。誰もいないだろうと思った浜辺に人がいて窓也は驚いた。 @hrsrh_a #空想の街 #原料屋 #夕闇俳句帳

2017-02-07 00:18:49

影を失うひとびと

うらはら @ura_saraha

奥の方に夜空、その下に黒々と広がる海を背にぽつぽつと連なる街灯の合間、人影が一つ立っていた。「驚いたな」窓也の言葉にその誰かがびくりと肩を揺らした。「…私も、驚きました」返って来たのは女の声だ。「こんな時間に散歩かい」 @hrsrh_a #空想の街 #原料屋 #夕闇俳句帳

2017-02-07 00:21:22
ハラ@企画用アカウント @hrsrh_a

声をかけてきたのは男だった。この街には多い、奇抜な格好の歩き売り商売人だ。「そちらもお散歩ですか?それとも帰るところなのかな。花の目覚めと海の目覚めで商売繁盛でしょう」いつになく饒舌な自分を自覚しながらふらりと歩み寄る。 @ura_saraha #空想の街 #原料屋 #夕闇俳句帳

2017-02-07 00:25:21
うらはら @ura_saraha

ふわふわとした口調と足取りに密かに窓也は眉を潜めた。もしかして酔っているのだろうか。面倒だと思ったところで、ふ、と誰かの吐息。目の前の彼女ではない。腰の山茶花が何か言おうとしているのに気づいて驚く。初対面の人間の前とは珍しい。 @hrsrh_a #空想の街 #原料屋 #夕闇俳句帳

2017-02-07 00:30:18
うらはら @ura_saraha

どうした、と囁いた窓也の声を無視して、まどみがすうっと息を吸って、言葉を吐く。「あんた、影が無いのね」 @hrsrh_a #空想の街 #原料屋 #夕闇俳句帳 ハッとして窓也が振り向く。まどみの言葉に、女が凍り付いたように足を止める。街灯に照らされた体の下に、影は、無い。

2017-02-07 00:32:39
ハラ@企画用アカウント @hrsrh_a

「あんた、影が無いのね」ふいに言ったのは少女の声で、そこに満ちた嫌悪が小雨の体を凍り付かせた。ひゅっと吸った息が喉を裂く。咄嗟に見下ろした地面には街灯の細い影だけだ。「あんた」青年の声が言う。「あんた、影を捨てたのか」 @ura_saraha #空想の街 #原料屋 #夕闇俳句帳

2017-02-07 00:36:57
うらはら @ura_saraha

女は身じろぎもしない。その姿を見ながら窓也は内心の衝撃を押し殺していた。まさかこの街で影の無い人間に会うとは。いや住人とは限らない。旅人か越してきた人間か。考えるうちにふつふつと湧き上がるのはやはり。「俺はあなたを軽蔑するよ」 @hrsrh_a #空想の街 #原料屋 #夕闇俳句帳

2017-02-07 00:40:37
ハラ@企画用アカウント @hrsrh_a

「それは弱さだ。逃避だ。狡さだ」飛んできた言葉が自分の体をずたずたに裂いてゆくのを小雨は目を見張って見ている。何が起きているか分からなかった。青年の言葉は続く。「耐え難い現実を受け止め切れずにあなたはただ逃げている」 @ura_saraha #空想の街 #原料屋 #夕闇俳句帳

2017-02-07 00:42:56
うらはら @ura_saraha

「名を失った者は因果を失う、顔を失った者は個を失う、影を失った者は」乾いた唇を湿らせる。「影を失えば心を失う。皆心の何処かで知っている。だから心の痛みに耐えられなかった者は、進んで影を手放して、そうして一目散に逃げてゆくのさ」 @hrsrh_a #空想の街 #原料屋 #夕闇俳句帳

2017-02-07 00:46:22
うらはら @ura_saraha

「でもそれは逃避行に過ぎない。一過性の旅に過ぎない。置いてきた傷跡は癒えぬまま何時までも持ち主を苛む。心を捨てても傷は消えないさ。痛覚が消えたって傷口は残ってるだろう。どうしてみんなそこを履き違えるんだろうな」 @hrsrh_a #空想の街 #原料屋 #夕闇俳句帳

2017-02-07 00:49:43
うらはら @ura_saraha

喋りすぎたか、と窓也は一度口を閉じた。街灯の下に立つ女はぴくりともしない。激昂でもするかと思ったのだが。「…俺は忠告しているのさ。誰が弱かろうが誰が逃げようが、俺にはどうだっていい話だが」 @hrsrh_a #空想の街 #原料屋 #夕闇俳句帳 「歪みはいつか、持ち主を殺す」

2017-02-07 00:51:35
ハラ@企画用アカウント @hrsrh_a

がらんと空いた洞に青年の声が反響して響く。歪みはいつか持ち主を殺す。太陽を避けて生きる日々を思い出す。晴天に眉を潜め、日傘がなければ外も歩けない。風に舞う紅色の花びらを思い出す。桜の花びら。ずきずきと痛むのは。 @ura_saraha #空想の街 #原料屋 #夕闇俳句帳

2017-02-07 00:59:35
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