過去回想

企画開始前時点での人物紹介がてらに。
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トト@TYA中邪 @glnewto

(承前ロール) 《名前》 「食べる」という事を、私は知らない。 何かを口に含み、咀嚼して飲み下そうとするのを、まるで許さないみたいに、途端に気持ちが悪くなる。 お腹の下の方で膨れる空気が、喉の奥まで詰め上がって、吐き出せ、吐き出せと捲し立てる。

2017-02-02 02:45:43
トト@TYA中邪 @glnewto

「美味しい」か「美味しくない」かとか「好き」か「嫌い」かとか、そんなもの知らない。 遠い昔の事まではわからないけれど、……知らないって言ったけれど。 私は「食べる」事が「大嫌い」なんだ。 辛くて苦しくて恐ろしくて真っ白に真っ黒になるから。 痣だらけの体だけじゃなく、その中身まで。

2017-02-02 02:48:05
トト@TYA中邪 @glnewto

孤児院にいる間も、それで先生を困らせていた。 先生達が淹れてくれるお茶は、味がしなかった。 それだって「飲み物なら」と自分に言い聞かせて流し込んでいたから、わかっていて知らないふりをしたのかもしれない。 でも少なくとも、彼が魔法をかけるまでは、「香り」も「風味」も知らなかった。

2017-02-02 02:51:08
トト@TYA中邪 @glnewto

私には不思議な力があった。 空気中を指でなぞると、白い湯気を引いて、土色の、でも透き通った水になる。 瓶の中に集めると、それが先生達の淹れてくれるお茶とよく似ている事に気が付いた。 それからは、一人の時間が増えた。 お茶ならこうして自分で作れる。 これなら先生達も困らせずに済む。

2017-02-02 02:55:48
トト@TYA中邪 @glnewto

私がお茶を瓶に集める様を、不思議そうに眺めていたのが、彼だった。 「それ、なに?」 臆面もなく彼は聞いた。 「………………お茶」 だと、思う。小声で添えて私が答えると、彼は「えええ」と声を上げて驚いた。 とても驚きながら、なのに。 「僕も飲みたい!!」 そう、言い出した。

2017-02-02 03:03:32
トト@TYA中邪 @glnewto

……よく、わからなかった。 こんなやり取りは初めてだったし、正直、断り方もわからなかった。 目を輝かせて「……だめ?」と聞いてくる顔に対して、ただ鸚鵡返しに「だめ」の一言が、なぜか、言えなかった。 両手で持った瓶を、彼に差し出した。

2017-02-02 03:04:19
トト@TYA中邪 @glnewto

「ありがとう」 ひまわりのように笑ってお礼を口にし、ごくごくと中のお茶を飲んだ。 そして。 あの時の、空気のような顔は、よく覚えている。 「味、しないね」 残念そうな、悲しそうな、寂しそうな声で、そう言った。 私に瓶を返した後、何やらうんうん唸りながら、孤児院の中へ帰っていった。

2017-02-02 03:06:15
トト@TYA中邪 @glnewto

暫く経ったある日。 いつものように私がお茶を集め始めると、 その向かいで、彼が難しい顔をして、両手をこちらへ向けて伸ばしていた。 何かを念じているような、ブツブツ言っているような。 でもよくわからなかった。 気にせずいつものように、お茶を瓶に注ぐ。 その時、不思議な事が起きた。

2017-02-02 03:09:28
トト@TYA中邪 @glnewto

瓶の口から、仄かに、何かの匂いがした。 花の香りだったのだろう。後から気づいた事だ。 孤児院に咲いた花と同じ匂いだと気付くのには、もう少しだけ時間が必要だった。 私がゆっくり目を瞬くと、彼はとても満足した顔で、その場を去ってしまった。 「恥ずかしかった」のだと、後に彼は吐露する。

2017-02-02 03:12:33
トト@TYA中邪 @glnewto

彼は魔法師で、私は邪紋使い。そういう力があるらしい。 混沌を水……お茶に変える力と、そこに香りや風味を添える彼の調律が成した事だった。 自分の調律が上手くいっているのか知りたがった彼が、花の香りのお茶を啜りながら教えてくれた。 混沌というものがなければできない事を知る。それから。

2017-02-02 03:15:25
トト@TYA中邪 @glnewto

大半の人々は、いつかその混沌を全く収めた、平和な世界を待ち望んでいる事も。 彼から話を聞いた後、私は思ったままを口にした。 「そんな日、来なくていいのに」 彼は苦笑いしていた。 私が食べられない事も、誰かにお茶を淹れてもらってまで飲むのは好きじゃない事も既に知っていて。

2017-02-02 03:22:24
トト@TYA中邪 @glnewto

「じゃあ僕も」 「仕える相手は、選ばなくちゃいけないな」 彼が誰かのところに行ってしまう。それも嫌だとは、流石に、言えなかった。 (選ばなくて、いいんだよ) 私の事なんて気にする必要ないんだよ、と。そちらも言えない、半端者だった。 言っていれば良かった。 そうすれば。

2017-02-02 03:23:18
トト@TYA中邪 @glnewto

彼は本当に、皇帝聖印を目指さない人との契約を求め始めた。 当然と言えば当然、そんな魔法師を相手にする君主など……終に、見つからなかった。

2017-02-02 03:47:24
トト@TYA中邪 @glnewto

彼の最期は、あまりにも儚く、脆く、けれどどこまでも純粋だった。 一人の君主が彼を試した。力と名声こそを欲しがる人に見えた。 彼は応えようとして、信じたまま、帰らぬ人になった。 私は信じられなかった。認めたくなかった。

2017-02-02 03:48:06
トト@TYA中邪 @glnewto

彼がもう笑わない事。動かない事。どこにもいない事。 「トト」 柔らかな声で、名前を呼んではくれない事。 私の名前を知っているのは彼だけだ。自分が消えてしまったような心地にさえなる。 自分自身が風になったような思いで、墓石の前に膝をついていた時だ。

2017-02-02 03:48:53
トト@TYA中邪 @glnewto

「馬鹿馬鹿しいのもいたものだ」 離れたところから、声が聞こえた。 「三流魔法師の分際で。テロ紛いの思考じゃないか。 ……皮肉かもしれんが僥倖だな」 亡くなってくれて。 .

2017-02-02 03:49:38
トト@TYA中邪 @glnewto

耳が掠めたその言葉。目に焼き付けたその顔が、一瞬にして爛れて溶ける。 悲鳴が聞こえた気がするけれど、夢だったかもしれない。 その時に思い出したのは、あの、口の中に物を詰められた気持ち悪さ。 ぎょろりと剥いた、もう死んだ目が、睨むように私を見た気がする記憶。 相反する吐き気。

2017-02-02 03:50:17
トト@TYA中邪 @glnewto

孤児院に来るよりずっと前の事を。 漸く思い出した。 ……ああ、ろくでもない。 そういう血が流れている私自身も。 きっと、ろくでもないんだ。 そう考えたら、悔しくて、悔しくてたまらなくなった。 このままは嫌で、このまま終わるのはどうしても、彼に対してあんまりで。

2017-02-02 03:50:48
トト@TYA中邪 @glnewto

少しでも彼の真っ直ぐさに近付きたくて。 今日まで。今日とても、死ぬに死に切れないでいる。 そうして今日も。 身体中の痣や傷を覆い隠して。貌だけはせめて綺麗に繕って。 やさしい、ひとであろうと。 小さなティーカップに湯気を立てる。 味のしないお茶を、喉へと流す。

2017-02-02 03:54:31