悠久なる世界の欠片 第三部

クロスとウィナーの物語。 不定期 & 虫食い 連載
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夢乃 @iamdreamers

「あっ」 クロスの右手から剣が飛んだ。間を置かずに飛び込んできた相手の剣に、右上腕を斬りつけられる。 「くそっ」 剣を弾かれたときこそ一瞬判断が遅れたが、今度は直ぐに体が反応した。後方に跳んで距離を取る。 #twnovels

2017-02-20 17:50:52
夢乃 @iamdreamers

着地点に転がる小石を踏みつけて転びそうになったところを更に跳び、体制を立て直す。相手を睨みつけながら、左手で右腕を押さえる。出血はそれなりにあるが、傷は深くないようだ。指先を動かすだけでも痛みが走るが、我慢できない程ではない。 #twnovels

2017-02-20 17:51:16
夢乃 @iamdreamers

けれど、剣は50テール以上離れた岩場に転がってしまった。それを取り戻すような隙を、相手は見せてはくれないだろう。まずい。これまでで一番まずいかもしれない。償金額からして、対した相手ではないと踏んだのに、大間違いだった。 #twnovels

2017-02-20 17:51:35
夢乃 @iamdreamers

これからは、償金額だけで相手の力量を知ったつもりになるのは止めよう。ただし、そのためには、今、この場をなんとかして切り抜けなければならない。 「どうした? 背中の剣は飾りか?」 相手は剣を一振りして、クロスの血を払った。 #twnovels

2017-02-20 17:51:57
夢乃 @iamdreamers

相手の言うように、クロスはもう一振りの剣を持っている。父から譲られた、父の形見となった剣を。これを渡されたとき、父は何と言っていたろう? 『剣を見ていれば俺が死んだことは判る。その後剣を抜けるかどうかはお前次第だ』 確か、そんな風に言っていた。 #twnovels

2017-02-20 17:52:17
夢乃 @iamdreamers

3季程前、剣に変化があった。剣に埋め込まれている真紅の宝石様の部分がその輝きを失い、鈍い灰色に変化した。それを見つけたとき、クロスは父の死を確信し、その魂が安らかに逝くことを祈った。それから、たびたび剣の柄に手をかけたが、剣は抜かれることを拒んできた。 #twnovels

2017-02-20 17:52:47
夢乃 @iamdreamers

左手を右腕から離し、痛みをこらえて右手で背中の剣を掴む。掌まで流れていた血で滑らないように気をつけ、力を入れる。けれど、まだ抜かない。抜く気になれない。ここで抜けなければ、命を落とすだけだろう。 #twnovels

2017-02-20 17:53:06
夢乃 @iamdreamers

クロスは想像した未来を振り払おうとしたが、目を相手から背けることはできなかった。そうしていたら、その一瞬の隙をつかれ、今度は致命傷を受けてしまうかもしれない。 「剣に手をかけたがはいいが、抜かないのか? ん? それとも、抜けないのか?」 #twnovels

2017-02-20 17:53:40
夢乃 @iamdreamers

挑発するような相手の言葉にも、クロスは動かない。相手の出方を待っている。相手がクロスを捨て置いて立ち去ってくれるなら、今はそれが一番良い。自分の誇りと矜持は滅茶苦茶に傷付くが、それを弾みにこいつを追い抜いてやればいい。 #twnovels

2017-02-20 17:54:04
夢乃 @iamdreamers

今は、なんとかしてここを切り抜けることだけを考えなければ。対峙する間にも、クロスは足を微妙に動かし、いつでも剣を抜けるように体制を整え直していた。そのことは、相手も解っているだろう。これだけ腕が立つのだから。 #twnovels

2017-02-20 17:54:43
夢乃 @iamdreamers

高く照りつける太陽の下、吹き抜ける風が砂埃を巻き上げる。汗が額から流れ落ちる。それは冷や汗だったかもしれない。 「いつまでもこうしているわけにはいかないんでね。抜く気がないなら、一息に仕留めるてやろう」 #twnovels

2017-02-20 17:55:22
夢乃 @iamdreamers

言うが早いか、相手の賞金首は一気にクロスとの間を詰めた。身構えたクロスも心を決めた。 (父さん、俺に力を貸してくれ!) 目の前に振り下ろされる剣を真っ直ぐに見据えたまま、クロスは痛みを堪えて剣の柄を握る右手に力を込め、一気に引き抜いた。 #twnovels

2017-02-20 17:55:43

第三部第二話 より

夢乃 @iamdreamers

どこまでも青く澄み渡った空の下、首都の郊外に設営された演台の前に、多くの人が集まっている。演台の向こうには丸く抉られた山の中央に、逆円錐形のの巨大な魔鉱石の結晶が、組まれた足場に支えられているのが見える。 #twnovels

2015-07-25 20:11:16
夢乃 @iamdreamers

現国王が始めた、国全体を巨大な結界で覆いあらゆる外敵からの攻撃に瞬時に対応する、という長い期間と費用をかけて行なってきた事業が、今日ついに完成するという。集まった人々は国王の発表を待ちわびていた。 #twnovels

2015-07-25 20:11:31
夢乃 @iamdreamers

兵士に守られて、まだその顔に幼さを残す国王シャスタが演台に上がると、人々から歓声が上がった。自分にこれほど多くの声援が集まるということを経験したことのないシャスタは、その反応に戸惑った。しかし、それは一瞬のことでしかなかった。 #twnovels

2015-07-25 20:11:56
夢乃 @iamdreamers

演台の中央まで進み、目の前に集まった観衆を鷹揚に見回し、右手を上げた。群集から歓声が消え、水を打ったように静かになる。その一瞬の静寂を捉えて、シャスタは語り始めた。その声は大きくはなかったが、彼の傍らに控えた魔術師が拡声しているのか、全員の耳に届いた。 #twnovels

2015-07-25 20:12:28
夢乃 @iamdreamers

「先国王たる父上の三男として、しかも妾の子として生を受けた僕は、誰からも顧みられることなく王宮の片隅で暮らしてきた」 若き王の演説は、そんな言葉から始まった。 「父からも、二人の兄からも疎まれ、侍女や下男からも蔑まれていた」 #twnovels

2015-07-25 20:12:55
夢乃 @iamdreamers

「王宮の皆が、僕を無視した。僕は余計な王子だった。母も、僕が幼い頃に亡くなってしまった。王宮で、僕の味方は、世話係として付けられた、ここにいる魔術師のシャーランだけだった」 シャスタは脇に控えたままの魔術師をちらっと振り返った。けれどすぐに正面に向き直る。 #twnovels

2015-07-25 20:13:21
夢乃 @iamdreamers

「そんなときに、皆も記憶しているだろう、隣国との戦争が起こった。父は一国の王としてだけでなく、一軍の将としても有能だった。それだからこそ父は、相手国に有利に進んでいたことを憂慮し、状況を打開すべく前線に赴いたんだろう」 #twnovels

2015-07-25 20:13:57
夢乃 @iamdreamers

「父の指揮により、状況は逆転した。しかし、父も万能ではなかった。敵の一兵士の凶刃が父の胸に届き、父は倒れた。それを知った当時第一王子だった長兄が、再び状況が変わる前に敵国との講和条約を取り付け、戦争は終わった。この二人の活躍なくして、今の国はないだろう」 #twnovels

2015-07-25 20:14:33
夢乃 @iamdreamers

「戦争は終わったが、それは最後ではなかった。講和条約の締結に尽力した長兄が暗殺者の手にかかり、その首謀者が次兄であることが判って彼も失脚した。妾の子であり、誰にも顧みられることのなかった当時の幼い僕に、突然、国王の椅子が転がり込んできた」 #twnovels

2015-07-25 20:15:23
夢乃 @iamdreamers

「けれど、政治も知らない、帝王学も学んでいない僕は、名のみの国王だった。国のことは大臣や家老たちが仕切り、僕は蚊帳の外だった。国王に就いても、状況は昔と変わらなかった」 いったい、この王は何を言いたいんだろう?群集の中に囁き交わす声が拡がっていた。 #twnovels

2015-07-25 20:15:56
夢乃 @iamdreamers

「誰も僕を必要としないなら、僕だってこんな国は要らない!そんなとき、今も皆から見えている巨大な魔鉱石の上で僕の合図を待っているサールが現れた。そして、この計画を実行することにしたんだ」 群集のざわめきが大きくなってきた。 #twnovels

2015-07-25 20:16:31
夢乃 @iamdreamers

「戦争の記憶が新しい今、国全体を守るこの計画は速やかに進んだ。でも、この計画は国を守ることじゃない。国を、僕もろとも、一度に滅ぼすことが目的だ!」 人々の声は、さらに大きなものになった。周りで警備をしている兵士の顔にも、うろたえるような表情が浮かんでいる。 #twnovels

2015-07-25 20:17:10