稲川淳二の『つぶやき怪談』(2017.02.28)

稲川淳二 @Junji_Inagawa

（あれっ？） そう思って、ランドセルを拾い上げてね、 キンコーン、ってチャイムを押した。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

ドアが開いて、奥さんが出てきたんですよ。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

「これあのー落っこってましたよ、ランドセル」 「うちで捨てたんですから、ほっといて下さい！！」

稲川淳二 @Junji_Inagawa

って、ボーンって閉めちゃったんですよ。 取り付く島もないんだ。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

Ｙさん（あの奥さん、ちょっと、おかしいんじゃないか） って思ったそうですよ。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

Ｙさんにしてみれば、 自分のところにも、同じ年齢くらいの、子供がいるんですよ。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

この人、子煩悩ですからね、耐えられないわけです。 ましてや、こんなこと、子供に聞かしたくないわけだ。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

そんな事があった後の、ある日なんですが、 また例によって「ビシーッ、ダーン」 と壁にぶつかる音がする。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

ヒステリックな怒鳴り声が聞こえてくる。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

「ごめんなさーい、ごめんなさーい」 男の子の、泣き声が聞こえてくると、 とうとう、あの穏やかな、Ｙさんが、ブチ切れた。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

バルコニー出てって、 隣の家との、仕切りのパネルがあるじゃないですか、 そこからバーンって顔出して、

稲川淳二 @Junji_Inagawa

「やめろー！！　警察呼ぶぞー！！」 って言った。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

そしたら静かになったって言うんですよ。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

それから間もなくして、夏休みになった。 そうしたら、隣の一家が、全員でもって、出掛けてった。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

おかげで、しばらくぶりにね、 Ｙさんの一家は、静かで、穏やかな団欒を過ごすことがきたわけです。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

ところが、この隣の家の夏休みというのは、ずいぶん長くて、 １ヵ月ほど経ってから、みんな帰ってきた、って言うんですよ。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

ところが、不思議なことに、 それからは、壁にぶつかる音や、叩かれる音やね、 母親のヒステリックな声が、聞こえなくなった。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

（あれ、あの子、あんまり虐められなくなったんだなぁ） って、そう思ってた。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

だけど、１ヵ月経っても、２ヵ月経っても、男の子の顔を、見ることがない。 下の女の子の顔は、見ることがるんだ。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

（あぁそうか。もしかすると、あの男の子、 実家か何かに預けられたのかなぁ。 ああその方が幸せかもしれないなぁ）と、Ｙさん思ってた。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

そして日が経ってった。 １年が過ぎた。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

Ｙさんがマンションの通路に出ると、 あの男の子がいたんですよ。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

（あれっ、しばらく振りだなー）と思ったんで、 見たんだけど、何か、見間違いかなって思うような、 妙な感じがしたんです。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

というのは体がね、ずいぶん大きくなってるんですね。 だけど、振り向いたら、やっぱりその子だった。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

（ずいぶん、大きくなったなぁ） 向こうも、Ｙさんを見て、ニコッと笑うんだそうですよ。