派遣型彼氏〜忠義編

レオナ @leo_msk_tdys

1. 「あっ」 うっかり手を滑らせて、リビングのラグの上に落としたスマホ。 飲んでいたアールグレイをテーブルに戻し、スマホを拾い上げると、さっきまで見ていたのとは違う、見覚えのない画面が表示されていた。 「やだ、変なとこ触っちゃった？」 #派遣型彼氏

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2. そこに開かれた、自分には用のない便利屋のページから戻ろうと画面下に目をやると、ある一角が目に留まった。 「何、これ」 “彼氏、派遣します” そう書かれた小さな文字を、興味本位でタップした。 それは、私の思いもよらない未来への扉を開いた瞬間だった。 #派遣型彼氏

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3. ……なぜ今、この人が私の目の前にいるのだろう。 思考が全く追いつかない。 コーヒーを淹れたカップを彼に差し出し、やっとのことで声を発した。 「…あの、「まさかと思ったけど、やっぱりお前か」 お、“お前”⁈ 想定外の第一声に、また思考が止まった。 #派遣型彼氏

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4. 暴言とも思える、目の前の人からの言葉は止まらない。 「で、なんで？ ていうか、普段からこういうことしとるん？ あ、ホスト遊びとか好きなん？」 「っ、してません、そんなこと！」 これには思わず大きな声が出てしまった。 …何この人！ホントに、大倉さん？ #派遣型彼氏

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5. 大倉さんは私の会社の先輩で、背が高くてカッコよくて仕事も出来て、おまけに優しくて、だから当然モテる。 そして私はよりによって、そんなとんでもない人を好きになってしまった。 もう随分、と言うか、人生の内でほとんど恋なんてしていないのに。 #派遣型彼氏 pic.twitter.com/kX2zS0sTFd

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6. あの日電話で指定した日時に、鳴ったインターフォン。 玄関のドアを開けると、なぜか立っていた“派遣彼氏”は、その大倉さんだった。 それにしても、普段会社で見掛ける印象とは、かなり違う。 その視線はなんだか冷たいし、さっきは私の事を“お前”なんて…。 #派遣型彼氏

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7. 普段から男の人と、ましてや大倉さんとなんて話せないのに、そんな冷ややかな顔をされたら、ますます話しづらい。 「………私、男の人が苦手で…。それを克服したいんです。だから…」 おそるおそる口を開く。 「…ふーん。何かあったん？」 #派遣型彼氏

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8. 自分の手元に視線を落として、やっとそれだけ説明すると、無表情のまま、彼は聞いた。 「…中学生の時、クラスの男の子にイジメられてたんです。毎日のように“ブス”って言われたり、事あるごとにからかわれたり…」 #派遣型彼氏

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9. それ以来、男の人を避けるようになった。 なるべく顔が見えないように眼鏡をかけて、前髪で顔を隠して、目立たないようにいつも俯いていた。 「そりゃ、そいつ見る目あったわ」 「…どういう事ですか」 そんなに私は周りを不快にさせるのだろうか。 #派遣型彼氏

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10. そう考えると気持ちが沈んで、涙が滲んだところに、突然大倉さんが私の掛けていた眼鏡を外し、長くて重い前髪をくしゃっと上げた。 「俺、そいつの気持ち、なんとなくわかるわ」 「…え？」 「お前、自分の事わかってへんの？」 #派遣型彼氏

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11. 前髪を上げた額の手をそのままに、ぐっと顔を近づけ、私の顔を覗き込む。 「ええよ。俺が男嫌い、治したる」 ありえないくらい近くにある綺麗な顔に、ぐっと心臓を押し潰されそうになった。 こうして私は、その理解を遥かに超えた大倉さんと、契約を結んだ。 #派遣型彼氏

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12. 契約は水曜と土曜の夜。週2日、期間は1カ月。 “仕事終わったら、タリーズ前” そんなメールが届いたのは、契約初日の水曜の午後。コーヒーを淹れてデスクに戻って来た時だった。 差出人は、大倉さん。 もちろん“契約彼氏”としての。 #派遣型彼氏

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13. ドキドキしながら業務を終え、バッグを持つ手をぎゅっと握り、会社から少し離れた店まで、重い足を運ぶ。 「ここ。乗って」 路駐していた黒い車から軽くクラクションが鳴り、見ると運転席にいるのは大倉さんだった。 乗って、って…助手席、緊張する。 #派遣型彼氏

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14. 「安定の地味さやな」 そう。契約をした日、彼は突然勝手に私の部屋のクローゼットを開け、その中身に散々ダメ出しをしたのだ。 しかも下着の引き出しまで開けて。 自信満々の俺様で、口が悪くて、この人のどこが優しいのか、私は何の幻想を見ていたのだろう。 #派遣型彼氏

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15. 「…ほっといて下さい。どこ行くんですか？」 「金ある？カードくらい持っとるやんな？」 質問には答えてもらえず、車を走らせて着いた先は表参道。 車から降ろされ、連れられるままに、おしゃれなビルのドアを抜ける。 「あら、いらっしゃい」 #派遣型彼氏

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16. 私や大倉さんよりも少し年上の、綺麗な女性の店員さんが笑顔で声をかけてきた。 「この子、変身させたって」 そこは私とは縁のない、雑誌で見かけるようなおしゃれなセレクトショップ。 綺麗な服も店も店員さんも、何もかもがキラキラして眩しい。 #派遣型彼氏

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17. 「あらぁ、可愛い！彼女？」 「ええから、もー」 「はいはい。あなた、いらっしゃい。うーんと可愛くしてあげるから！」 そう言うと、私は鏡の前に立たされ、次々と柔らかい色のニットやスカートをあてがわれ、履いたことのない高いヒールのパンプスに足を入れた。 #派遣型彼氏

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18. なんだか目まぐるしい夢を見ているようだった。 セレクトショップでたくさんの服やアクセサリーを選んでもらった後は、その近くの美容院へ連れていかれ、ヘアカットとメイク。 鏡の中の私はふわふわな女の子で、魔法にかけられたみたいに、別人のようだった。 #派遣型彼氏

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19. その日以降も、まだ魔法は効いていた。 同僚の女性達からは“可愛い”などと褒められ、男性からはいくつか軽い仕事を頼まれたり、お菓子をもらったり。 これまで必要以上に声をかけられることなんてなかった私は、この状況に着いていけなくて、受け応えにかなり困った。 #派遣型彼氏

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20. “アホ。キョドりすぎ。笑顔ぐらい作れ” その度に大倉さんから罵倒…いや、アドバイスのメールが届いた。 でも、その口の悪いメールに、私は大いに助けられ、今まで無さすぎた対男性へのスキルを、少しずつだけど身につけていった。 #派遣型彼氏

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21. それと、大倉さんは厳しいだけではなかった。 私が給湯室で男性社員に距離を詰められたりしていると、間を割ってさりげなく助けてくれたし、部屋で2人で過ごしている時には、私の手料理を褒めてくれたり、口はぶっきらぼうながらも、ちょっとだけイチャイチャされたり。 #派遣型彼氏

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22. 時には“エッチしてみる？”なんて冗談で迫られる事もあった。 大倉さんは、赤くなって慌てる私を見て、楽しんでるだけだけど。 彼のおかげで、私は少しずつ男性に、というか大倉さんに慣れていった。 そして以前よりも、彼に惹かれていた。 #派遣型彼氏

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23. 一カ月が過ぎるのは、思いのほか早かった。 契約最後の日を明日に控え、私は気持ちが沈んでいるのを自覚せざるを得なかった。 大倉さんと過ごした一カ月は、本当に楽しかった。 彼は私に夢を見させてくれた。 自分がこんなに変われるなんて、思ってもみなかった。 #派遣型彼氏

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24. そっけないけど優しくて、悪態をつきながらも面倒を見てくれて、時々見せる笑顔にドキッとさせられて。 …終わってほしくないけど、夢は覚めてしまうもの。 叶わないから、せめて明日は、大倉さんに“ありがとう”と伝えたい。 とびきりの思い出をつくりたい。 #派遣型彼氏