ジャーナリスト・烏賀陽さん(hirougaya)が和辻哲郎の「風土」を読み返して思ったリテラシーの大衆化

ジャーナリストの烏賀陽(うがや)弘道さんが和辻哲郎著「風土」を読み返して感じたことをツイートしたものをまとめました。なお、烏賀陽さんがここで使っている「リテラシー」は「情報リテラシー」のことです。
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烏賀陽 弘道 @hirougaya

和辻哲郎の「風土」は昭和十年(1935年)に出た名著ですが、今見ると「ひえええ!」と叫びたくなるような無茶な議論があっちこっちにあります。

2011-03-08 15:37:19
烏賀陽 弘道 @hirougaya

「風土」が人間や社会文化に与える影響について考察した「発想」においては力技ともいえる思考なのですが、論拠が飛躍しすぎて「和辻先生、いくらなんでもそれは(汗)」という部分が散見。笑

2011-03-08 15:40:27
烏賀陽 弘道 @hirougaya

地中海の風土について考察した箇所(岩波文庫版81P)「自分はこの南国の海において御気に出漁している漁船を見たという記憶が一つもない。海はいつもひっそりとしていて、ただ一つの帆影さえもなく、荒漠たるものであった」

2011-03-08 15:42:37
烏賀陽 弘道 @hirougaya

でその「見聞」を根拠に「我々の南国の冬の海のあの勇ましい鮪漁や鰤漁を知っているものにとっては、これはまったく死の海である」と「どっひゃー」な結論。笑

2011-03-08 15:44:03
烏賀陽 弘道 @hirougaya

ご存知のとおり、地中海はマグロの漁場であり、リビアなどの政情不安でマグロ価格が高騰しています。そのほか、イタリアやギリシャの漁業の豊さについては言う必要もないでしょう。

2011-03-08 15:45:45
烏賀陽 弘道 @hirougaya

和辻哲郎は1927年に一年ドイツ留学(たった一年!)していますhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%92%8C%E8%BE%BB%E5%93%B2%E9%83%8E

2011-03-08 15:46:19
烏賀陽 弘道 @hirougaya

おそらく、彼の「地中海=死の海」という話はこの時の見聞を根拠にしているのでしょう。

2011-03-08 15:46:46
烏賀陽 弘道 @hirougaya

しかし、和辻哲郎の「風土」を「暴論」「根拠薄弱」と片付けてしまうつもりはありません。

2011-03-08 15:47:25
烏賀陽 弘道 @hirougaya

なぜなら、和辻がドイツに留学した1927年なんて時代には、ドイツに一年留学するだけで特権であり、「地中海の本物を見たことがある」なんてだけで特権的立場だったのです。

2011-03-08 15:48:20
烏賀陽 弘道 @hirougaya

つまり、1920〜30年代当時は、「地中海を見たことがある」という人間が極めて希少であったといえます。

2011-03-08 15:49:09
烏賀陽 弘道 @hirougaya

これが今なら、「イタリアにもう20年住んでいます」なんて人はざらですし、田舎の県庁職員でも「旅行で地中海を見た」なんて当たり前です。

2011-03-08 15:50:09
烏賀陽 弘道 @hirougaya

こうした和辻のようなリテラシーの希少だった存在は、いまは失われてしまいました。「リテラシーの希少性の喪失」です。

2011-03-08 15:50:42
烏賀陽 弘道 @hirougaya

それは、高等教育が普及したこともありますが、それより国が豊かになって、海外旅行という「現場に立つこと」の希少性が薄れたともいえます。広義での「リテラシーの希少性の喪失」です。

2011-03-08 15:51:52
烏賀陽 弘道 @hirougaya

和辻のような高等教育(一高→東大文学部。33歳で法政大教授、42歳で京都帝大教授)を受けた少数の「希少なリテラシー保持者」が高等教育の大衆化で失われたともえいます。

2011-03-08 15:54:29
烏賀陽 弘道 @hirougaya

インターネットが普及したいま、大学教育、海外旅行のあとに情報のリテラシーの希少性さえ失われたいまとなっては、和辻のような議論はもう成り立ちません。

2011-03-08 15:55:28
烏賀陽 弘道 @hirougaya

和辻のような「地中海は死の海」というような話をツイッターですれば、イタリアに住む人、イタリアに旅行で行った人などから轟々と反駁されて「ググれ」と罵倒されて終わりでしょう。

2011-03-08 15:56:29
烏賀陽 弘道 @hirougaya

つまり和辻のような「権威」は、リテラシーの希少性=リテラシーの大衆化以前にしか成立しなかった。今思うと、その時代は「権威」は検証できなかったから「権威」だった

2011-03-08 15:57:54
烏賀陽 弘道 @hirougaya

地中海を見たことがある人が他にほとんどいなかったから、和辻が「地中海は死の海だ!!」と暴論をかましても、検証しようがなかった。だから、和辻は何を言ってもよかった。笑

2011-03-08 15:58:44
烏賀陽 弘道 @hirougaya

「国立大学」(旧帝国大学)はこうしたリテラシーの希少だった時代の情報伝達機関です。遅まきとはいえ、こうした旧時代の構造を改革する動きが始まっています。

2011-03-08 16:00:14
烏賀陽 弘道 @hirougaya

新聞というマスメディアの基本的構造も、こうしたリテラシーが希少だった旧時代の構造をそのまま引き継いでいます。

2011-03-08 16:01:21
烏賀陽 弘道 @hirougaya

むかしのように情報を発信する能力=高リテラシー集団が国家官僚や大学教授、新聞記者などに限定されていた時代は、記者クラブのような情報回路は有効に作動したと思われます。

2011-03-08 16:04:01
烏賀陽 弘道 @hirougaya

@suika_sirasawa いまやバックパッカーや卒業旅行、そこらのねーちゃんでもベトナムとか行きますわなあ。笑 沢木耕太郎とか本多勝一が希少性を失ったのはそういう背景でしょう。

2011-03-08 16:05:06
烏賀陽 弘道 @hirougaya

いまこうした「地中海を見たことがある」「そこでどんな漁業が行われているかすぐに調べられる」という情報の希少性が喪失された時代に、情報は「日用品」になった、という話は以前に書きました。

2011-03-08 16:09:09
烏賀陽 弘道 @hirougaya

和辻哲郎の例が古すぎても、南北ベトナムの現地に行く=現場の情報に希少性があった時代=1960〜70年代本多勝一石川文洋、開高健のような特権的な立場はもうありません。彼らは「行っただけで貴重」だった。また情報が少ないので、反駁のされようがなかった。

2011-03-08 16:11:43
烏賀陽 弘道 @hirougaya

こうした希少性を利用した特権的な立場をそのまま前提にすると、今の新聞社の情報流通モデルが理解できます。

2011-03-08 16:12:31