クリスと翼が見えない敵と戦った話

ギアの防衛機構は万全なのでこんな騒動とは無縁なのは承知の上ではありますが、それでもこんな話も見てみたいと思い書いてみました。 なお、見えない敵とは書いていますが、ファラさんのことではないので悪しからず。
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ばん @vande1021

「悪い。何言ってるか全ッ然聞こえねえ」 ギアを纏っての活動が終わり、他の装者達と共に現場を引き上げようとした矢先。 「え、クリスちゃん聞こえてないの?」 「先輩どうしたんデスか!?」 既に始まり、迫っていたそれは。 1

2017-04-16 22:00:00
ばん @vande1021

「なあおい、お前らみんな口パクであたしのことからかってるのか?」 姿の見えない悪魔の手で雪音クリスの両耳を塞いだ。 2

2017-04-16 22:02:00
ばん @vande1021

「ところでさっきからなんか耳がぼうっとして……なあ冗談だよな?」 怪訝に眉を歪めたクリスを見つめる装者達は一様に言葉を失い、ある者は青ざめ、その場の雰囲気を一変させた。 一人を除いて。 3

2017-04-16 22:04:00
ばん @vande1021

「雪音ッ!まさか、みんなの声が……聞こえないのかッ……!?」 意味もわからず叱られるかと思えるほどの剣幕で翼が詰め寄る。もはや只事ではない。 「先輩までそんな顔してどうしたって……あッ!」 4

2017-04-16 22:06:01
ばん @vande1021

手が伸び、勢い平手が飛んできそうな錯覚から拒みかけると痛みの代わりに両の頬にひやりと手の感触が伝わってきた。 決して乱暴ではない。ただ、目の前の風鳴翼の動揺は本物で、今のクリスの考えていた冗談じみた感覚を吹き飛ばすほどに確かだった。 5

2017-04-16 22:08:01
ばん @vande1021

「事は一刻を争う。急ぎ戻り、診てもらった方が良い。最悪の場合が起きてしまっては何もかも手遅れになる」 翼がクリスの手を引き、大急ぎでその場を後にする。残る装者達もにわかに深刻さを受け止め後を追った。 「大袈裟なんだよみんな」 6

2017-04-16 22:10:01
ばん @vande1021

本部へ戻ると、一息つく間も無くメディカルチェックが始まった。 7

2017-04-16 22:12:00
ばん @vande1021

大怪我をしたわけでもないというのに。 道中、不安を募らせては否定し平静を保とうと努めていたクリスだったが、ここに来て胸中に冷えびえとしたものがじわりと広がるのを感じ始めていた。 8

2017-04-16 22:14:01
ばん @vande1021

「どうも、クリスさん。今は聞こえますか?」 対面するエルフナインは白衣に袖を通しており、ごっこ遊びの子供にすら見えてくる。が、ギアの絡む技術的な話題において今や無くてはならない存在だ。 9

2017-04-16 22:16:01
ばん @vande1021

「……なんとなく、な」 なんとなく。時間が経過すれば回復するだろうと根拠も無く信じていたクリスの聴力は、言葉とは裏腹にまだ快調とは程遠かった。 10

2017-04-16 22:18:01
ばん @vande1021

「文字にしてまとめたものもご用意してます。ご覧になりながら聞いてください」 差し出された書面を素っ気なく受け取り目を通す。いかなる結果が突きつけられるか、気にしていないわけではない。 11

2017-04-16 22:20:05
ばん @vande1021

「診察してみてわかった事があります。現在のクリスさんは、ギアの使用により発生する爆音のため一部の音域が聞き取りにくい難聴の状態になってしまったと考えられます」 12

2017-04-16 22:22:05
ばん @vande1021

目にも飛び込んで来た二文字。 両親から生まれ音楽で出来ている己とその夢が、見えない大きな手にぐにゃりと握り潰される錯覚に襲われた。 この世の全てに見捨てられ取り残されてしまう……。 13

2017-04-16 22:24:01
ばん @vande1021

「ああっ!まだ続きがあります!大丈夫です!」 紙から顔を上げないクリスの視界に入り込むべくエルフナインは膝を曲げて覗き込んだ。 しまったと思うも遅かった。ハッと顔を上げクリスはこのとき初めてエルフナインと目線を合わせた。 14

2017-04-16 22:26:01
ばん @vande1021

「このくらいであればお薬を飲んで安静にしていただければ回復できます。なのでご心配なさらないでください」 か細い声が、それでも今は頼もしくあろうとしているように聞こえた。 (いや、よく聞こえねえんだけどさ) 「分かったよ。言う通りにする」 15

2017-04-16 22:28:01
ばん @vande1021

いつもの調子でそう言うと、エルフナインもまたほっとした様子を見せた。 こういうところは嘘や医者向きではない。しかし悪いことではない。お陰で救われた。 「ボクはこれから皆さんのギアを改良しておきます!クリスさんもお大事に」 16

2017-04-16 22:30:01
ばん @vande1021

「仕事増やしちまったな……」 クリスはこの後の予定をすべてキャンセルされ自宅療養を言い渡された。このまま誰とも顔を合わせずに帰るのが良いか。 身の入っていない足取りで廊下を行く。日頃は躍動感のある髪までしおれて見える。 17

2017-04-16 22:32:01
ばん @vande1021

(心配はいらない、か) さほど長くもない廊下がやたらと長く感じられた。 (ドンパチやってるんだ。怪我くらいつきものだし、あいつらの誰もが覚悟を決めて歌って戦っているってのに) 一人になると次第にある気持ちが育っていった。 18

2017-04-16 22:34:02
ばん @vande1021

(あたしときたら) 姿の見えないそれは今度は道を塞ぐように付きまとう。 19

2017-04-16 22:36:01
ばん @vande1021

(当たり前にしすぎていたんだ。あたしのことを呼び掛けてくれるあいつらの声が、あたしの周りにあることを。そいつが今更無くなるなんて。想像さえしていなかった) 地を蹴る力を次第にクリスから奪っていく。 20

2017-04-16 22:38:01
ばん @vande1021

(あたしは) うつむき、ついに足が止まった。 目の前が見えない。 21

2017-04-16 22:40:01
ばん @vande1021

「『恐かった』か?雪音」 22

2017-04-16 22:42:01
ばん @vande1021

「ッ!?」 息を呑み、前髪が乱れるほどの勢いで顔を上げると、見間違えるはずもなかった。そこには翼が佇んでいた。 気付かないうちにすべてを声に出していただろうか。とっさに口をつぐんだ。 「言葉以外に全部出ている」 もう遅いといった風にたしなめた。 23

2017-04-16 22:44:01
ばん @vande1021

垂れた眉も気落ちした眼差しも、これでは顔見せできやしない。 「気配出してくださいよ。いつからそこにいたんだか」 ばつが悪くごにょごにょと言いながら顔を横に逸らした。 24

2017-04-16 22:46:01
ばん @vande1021

「雪音のほうこそ。前からやってくる私に気付きもしないなんて。よっぽどだぞ」 たしかに声が届いたのと見慣れたブーツのつま先が視界の端に映り込むのはほとんど同時のことだった。 顔に集まった熱が冷めてくるとクリスはもう一度翼を見上げた。 25

2017-04-16 22:48:02