編集部イチオシ

洛北、洛西、洛南、洛東…、あれってどこを指すの?

洛○についての考察です。テキトーに調べただけなのであまり信用しないでください。
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永太郎(ながたろう) @Naga_Kyoto

洛中・洛北・洛西・洛南・洛東の地名が入った建物の分布と、平安京、御土居、市電外周線、是より洛中碑の範囲を重ね合わせてみた。単純に洛中の東西南北にあるわけじゃないのが面白い。drive.google.com/open?id=1THZFa… pic.twitter.com/IjcrbUSLoX

2016-04-21 07:10:32
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永太郎(ながたろう) @Naga_Kyoto

@Naga_Kyoto 御土居と市電外周線が重なる範囲がいわゆる「洛中」と呼べそう。東は鴨川、南はJR線が境界として強く意識されているようだ。

2016-04-21 07:17:34
永太郎(ながたろう) @Naga_Kyoto

@Naga_Kyoto 洛東がほぼ山科を指しているのは、東山に押しのけられたからだろうか。洛西も嵯峨や太秦、桂といった地名に押しのけられている模様。洛西という地名はニュータウン以前から広く使われていたのかな。

2016-04-21 07:21:02
永太郎(ながたろう) @Naga_Kyoto

この地図は「洛○」で検索して出てきた施設をマッピングしただけだから、正確な分布を知るにはもっと丁寧に調べる必要がある。地名辞典などで各地名の由来も調べておこう。

2016-04-21 07:24:16
永太郎(ながたろう) @Naga_Kyoto

さっきの地図での「洛○」は東山とか太秦と同じレベルの中地域区分だけど、地域を5つに分ける大地域区分として「洛○」を用いる場合は範囲がより広がる。「地域区分について: 京都はんなり旅」hannari-tabi.seesaa.net/s/article/1960… pic.twitter.com/wT5Ih8qhll

2016-04-21 07:31:11
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永太郎(ながたろう) @Naga_Kyoto

ちゃっかり大津に「洛東」があるのが面白い

2016-04-21 07:37:33
永太郎(ながたろう) @Naga_Kyoto

地名として「洛○」が使われはじめたのっていつくらいからなんやろ。意外と明治に入ってからとかちゃうかなと思った。

2016-04-21 07:44:23
永太郎(ながたろう) @Naga_Kyoto

地名辞典(角川、平凡社)で「洛○」について調べたところ、単独の項目では載っていなかった。やはり「洛○」という地名は歴史のある地名ではなさそう。

2016-04-21 10:03:30
永太郎(ながたろう) @Naga_Kyoto

「洛○」の地名は「洛○」を冠する学校が発祥ではないかと思う。既存の地名では表しにくい場所にできた学校に「洛○」という名前を付けられ、それが地域名として定着したのでは。

2016-04-21 10:07:40
永太郎(ながたろう) @Naga_Kyoto

洛西などは特にそんな気がする。「洛西」が右京区域にないのは、右京区域には既に歴史地名があったから新しく「洛西」の名をつける必要がなかったから(?)。

2016-04-21 10:09:21
永太郎(ながたろう) @Naga_Kyoto

逆に「洛東」は既に「山科」という地名があったにも関わらず使われている点が不可解。「山科」は別に忌み嫌われるような地名でもないだろうし。なぜだろう。

2016-04-21 10:13:02
永太郎(ながたろう) @Naga_Kyoto

洛北・洛南・洛西・洛東の名称がいつできて、いつ広まったのかについて詳しく調べたい。

2016-09-03 14:11:17
永太郎(ながたろう) @Naga_Kyoto

4つを並べて、地域区分として用いたのは、明治28年の第4回内国勧 業博覧会に出品された石田有年「京都名所五十景」が初めてなのでは。国立国会図書館サーチでそれぞれ調べてみたら、4つに共通して登場する資料の中で最も古いのがこれだった。 pref.kyoto.jp/shiryokan/docu…'

2016-09-03 14:18:51

※国会図書館サーチで調べただけで「初めてなのでは」とか言っちゃってますが、早計にすぎますね。もう少しちゃんと調べたいところですが、いまいち資料探しのスキルがないので何をすればいいか分かりません。用語の初出ってどうやって調べるんでしょうか。司書さんに聞けば分かるかな。

永太郎(ながたろう) @Naga_Kyoto

1900年に京都府が編纂した『京の百景』には、丹後篇、丹波篇、南山城篇と並んで、洛北篇、洛西篇、洛東・洛南篇が設けられている。面白いのは、洛心篇という編が設けられていること。「洛心」って言葉は初めて聞いたけれど、「洛中」と同じ意味なのかな。ググってもお菓子屋さんしか出てこなかった

2016-09-03 14:29:47
永太郎(ながたろう) @Naga_Kyoto

1910年の東陽堂『京都名所図會』の副題は「東山 洛中 洛西 洛北」となっている。これ以前にも「洛東」の語は使われていたが、「東山」と指す範囲がかぶっているので負けてしまったのだろうか。

2016-09-03 14:45:31
永太郎(ながたろう) @Naga_Kyoto

1928年には鳥瞰図絵師・吉田初三郎が『洛東洛西洛南洛北京名所交通図会』を出している。吉田初三郎は他にも「京都名所洛東遊覧交通図絵」や「広隆寺を中心とせる洛西名所図絵」を出しているが、ここでの「洛東」「洛西」は現在の洛東・洛西とは少し違うようだ。

2016-09-03 14:56:29

※吉田初三郎:明治~昭和にかけてたくさんの鳥瞰図を描いた絵師。名前は知らずとも、絵は見たことがある方も多いのではないでしょうか。鉄道を赤い線で書く人ですね(ものすごく雑な認識) 吉田初三郎 ‐ Wikipedia

永太郎(ながたろう) @Naga_Kyoto

戦前の「洛東」「洛西」はそれぞれ東山、太秦・嵯峨のあたりを指していたが、戦後になると山科、大枝のあたりを指すようになる。また、この2つ以外にも、「洛北」「洛南」にも指し示す範囲のずれが起こる。おそらくこれは高校の存在が大きい。

2016-09-03 15:13:34
永太郎(ながたろう) @Naga_Kyoto

現在の「洛〇」の位置は、ほぼ「洛〇高校」の位置の付近にある。高校の通学圏を中心にして「洛〇」の名が広がったのではないだろうか。(Googleマイマップで作成。黄色マークが「洛〇高校」の位置。黒=洛北、赤=洛南、白=洛西、青=洛東) pic.twitter.com/c1wYvlLJVz

2016-09-03 15:22:54
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永太郎(ながたろう) @Naga_Kyoto

なお、それぞれの「洛〇高校」の成立は、 府立洛北高校:1950年(京都第一中学校から改称、廃校の後再興) 私立洛南高校:1962年(東寺高校より改称) 府立洛西高校:1980年(創設) 府立洛東高校:1954年(創設) これらの高校ができた頃に「洛〇」が現在地に落ち着いたのでは。

2016-09-03 15:35:46

※ちなみにこれらの他にも京都には「洛」のつく高校がいくつかあり、洛星高校、洛水高校などがあります。洛星高校は衣笠にあるキリスト教系の中高一貫男子校。洛水は横大路にある府立高校。洛水の「水」は近くを流れる桂川や宇治川のことでしょうか。