稲川淳二の『つぶやき怪談』(2017.04.26)

稲川淳二 @Junji_Inagawa

いつもはすごく活発で、暴れ回っている元気者のカッちゃんが、 なぜだかその日は、やけに暗いムードを漂わせて異様に静かなんです。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

森脇君がいくら話しかけても、ほとんど返事もしないで暗い顔をして、 膝頭を抱えたままうつむいているんです。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

森脇君は、 『なんか今日は変だな？』 そう思って話しかけるのをやめたんです。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

下水管の中にいると、かなり暗いんです。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

暗い空間から外を見ると、 丸い世界が切り取られたように見えるだけです。 外はもう夕日が見えて、次第に暗くなる時刻です。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

日が暮れてくるから、森脇君は家に帰りたくなったんですね。 でも、元気のないカッちゃんが気になるから、帰るに帰れない。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

無言のまま、うつむいていたカッちゃんが、突然に顔を上げたんです。 ビクッ、と痙攣したのがわかったんです。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

そして森脇君のほうを恐ろしそうな顔で見ている。 ギクッ、としたんです。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

こんな恐ろしそうな、 怯えた顔をしているカッちゃんの顔を見るのは、初めてだったんです。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

でもよく見ると、 カッちゃんは自分を見ているのではない、って気が付いたんです。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

カッちゃんは自分の向こう側を見ていた。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

「どうしたの？」 森脇君も反対側のほうを見たんです。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

今度は森脇君が、ビクッ、と恐怖の顔になった…。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

その丸い下水管の外。 丸く見える空間に、逆さになった女の顔があった。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

上から顔を逆さにして、こちらを覗いていた。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

顔は暗くてよく見えないが、長い髪の毛を垂らしている。 ふたつの目だけが光って見える。 その長い髪が風にそよいで、ユラユラと動いている。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

森脇君は凍りついてしまった。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

でも、逃げ出すことも出来ないから、 そのまま怯えたまま、逆さになった女を見ていた。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

すると下水管の中で、女の声が響き渡った。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

「見つけたよ………」

稲川淳二 @Junji_Inagawa

その声に、森脇君の背筋が凍りついた。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

今まで身動きもしなかったカッちゃんが、 「ウワーッ！」

稲川淳二 @Junji_Inagawa

突然叫んで、下水管の反対側から逃げ出した。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

森脇君も逃げ出したいけど、自分のほうには女の顔がある。 逃げ出したくてもそっちには逃げられない。

稲川淳二 @Junji_Inagawa

カッちゃんが逃げ出したほうへ、 森脇君も慌てて四つん這いになって逃げた。