@TOS 26 今まで鉄華団で培われた技術と経験を活かした仕事は、業界からも一目を置かれ、経営も安定している。社長になった(未だに現役で現場で怒声をあげることもある)雪之丞に代わり、ヤマギが今は整備長をしている。ヤマギの責任と仕事は鉄華団にいるときの倍になったが、充実している。
2017-05-25 23:34:19@TOS 27 何よりいつ訪れるとも知れない死の足音を聞かなくなっただけ精神的には穏やかかもしれない。 ヤマギは出勤するとまず工具類のメンテナンスをして、部下たちに指示を出す。全体の行程を見て、誰に何を任せるかを考えるのは未だに慣れない。 自分でやった方が早いと思ってしまう。
2017-05-25 23:39:08@TOS 28 「それじゃあ下が伸びねぇだろ」と何度も口酸っぱく注意をされた今でも、何かにつけて部下の仕事の様子が気がかりで、自分の仕事が押してしまうのは常だった。雪之丞は呆れたが、最後には好きなようにしろ、と任せてくれた。面倒見がいい(自覚はない)ヤマギは部下からの信頼も厚い。
2017-05-25 23:42:14@TOS 29 そうこうしている内にあっという間に昼を迎えた。社員は昼食にありつくために食堂に走ったり、近所のパン屋に行ったりする中、ヤマギは雑貨屋に向かうため、会社の車を拝借しようと車庫に向かう。序でに不足しそうな部品も仕入れてこようか、と考えていると正面からメリビットが歩いてきた。
2017-05-25 23:47:41@TOS 30 彼女のお腹には新しい命が宿っていて、もうすぐお目見えする予定だ。 細い体躯なのに腹部だけはち切れそうなほど膨らんでいて、いつ見てもびっくりしてしまう。昔と変わらない柔らかい笑みを浮かべて、名前を呼ばれた。 「こんなところで何してるんですか?」
2017-05-26 00:13:43@TOS 31 彼女は臨月を迎えた今も事務所で経理や管理の仕事をしている。休めと言われても、なかなか休んでくれないらしい。 妊娠発覚後は、社員全員で現場や倉庫には入らせないようにしていたから、こんなところで鉢合わせるのは意外だった。
2017-05-26 00:20:02@TOS 32 「在庫が気になって、そろそろ買わなきゃいけないかな、って」 「そんなの言ってくれたらやるのに」 メリビットがふふ、と「ありがとう」と笑った。 「でもあなたも働きすぎよ。先月の残業時間、一番だったわよ」 優しく微笑みながら釘を刺された。ヤマギは苦笑して頬をかいた。
2017-05-26 00:23:29@TOS 33 「あなたも、こんなところでどうしたの?お出かけ?」 「あ、はい。便箋なくなったので買いにいこうと、ついでに仕入れもしてこようと思って」 メリビットの瞳が少しだけたわむ。 「…そう。じゃあ、お願いしてもいい?リストアップしてるからタブレットに送っておくわ」
2017-05-26 06:38:49@TOS 33 けれど、それ以上の追及はない。メリビットはヤマギの習慣を知っている。 以前、便箋の入手先を相談したからだ。彼女から手紙という風習が、今は上流階級の手習いとして残っているということも聞いた。 きっと喉元まで出かかった言葉を、それを飲み込んでくれた、彼女は「大人」だった。
2017-05-26 06:40:18@TOS さっきの34でした、これは35 「いってらっしゃい」 「いってきます」 優しく微笑んで、胸の前で小さく手を振る。ヤマギもそれに、手だけあげて応えた。 メリビットが紹介してくれた店はヤマギが最初に見つけた店より品揃えが豊富で、ヤマギは手の平大のメッセージカードを選んだ。
2017-05-26 06:42:13@TOS 36 さすがにずっと続けていると嵩張ってそのうちしまう場所がなくなってしまう。 色やデザインも数種類ある中で、つい選んでしまうのは、シノが愛したピンク色だ。 受け取った時に、大きく口を開いて「ありがとな!」って言った時に、彼の手に一番似合うのはやっぱりこの色だと思うから。
2017-05-26 06:45:29@TOS 37 手に取って、今日はどんなことを書こうかと思い浮かべる。昨日はあまりに疲れていて、ただの独り言になってしまったと反省する。中を見たときシノはどんな反応をするだろうか。「なんだこれ!?」と面食らうだろうか、「ちったぁ休めよな」と荒い口調ながら仕方ないなと笑うだろうか。
2017-05-26 07:02:08@TOS 38 そうやって、手紙を渡したときのシノの反応を考えるのも、この習慣をやめられない理由だった。 ヤマギが書くのはいつも他愛ない日々の出来事だった。ユージンが、とか。おやっさんが、とか。チャドが、とか。近況報告が主だった。 今日はメリビットの話にしよう、お腹の子の話。
2017-05-26 07:27:35@TOS 39 Dear Shino 昨日はごめん。ろくなこと書けなかったね。 今日は久々に会社でメリビットさんに会ったよ。 お腹がすごく大きくなってて、びっくりした。 性別は生まれるまで秘密だって教えてくれないんだけど、メリビットさんに似てるといいな、っておやっさんが言ってた。
2017-05-26 20:42:09@TOS 40 俺もそう思うって、シノなら言っちゃうかな。 想像したら笑ってしまった。きっと雪之丞は容赦なく拳骨を脳天に叩きつけて、シノは「いってぇぇぇぇっ!!」って大袈裟なくらい叫んでのたうち回るんだろう。鮮やかにその光景が浮かんだ。 シノ、 ヤマギは手を止めた。
2017-05-26 20:50:07@TOS 41 一瞬の空白に、胸にぽかんと空洞があるような感覚にとらわれる。シノ、と書いた続きを、ペン先が焦れたように待つ。 やっぱり、なんでもない。 シノは「なんだよっ!」ってむくれるかな。じゃあ言うなよ!って。俺も、そう思う。 また書くね。 from Yamagi
2017-05-26 20:56:25@TOS 42 ヤマギは手紙を締め括り、封筒に入れて封をした。日付を入れて、いつもの引き出しにしまう。 積み重なった手紙の山を見ていると、時折思い出したようにきりり、と胸の深くに痛みを覚える。 シノのいない日々にも慣れた。慣れてしまった。
2017-05-27 07:08:26@TOS だけど、だからといって、何もかもを忘れられない。 それは良いことなのか、悲しいことなのか、ヤマギにとっては前者だろう。それでも、思ってしまうのだ。 「…さみしいよ」 手紙にだって記せない、胸の内に根付く本音の核はそれだった。
2017-05-27 07:09:21@TOS こんな記憶じゃなくて、想像じゃなくて、こっちなんか向かなくたって全然よくて。だから、今すぐ見せて欲しい。 春の陽だまりにも、夏の苛烈な日差しにも、秋の少し寂しい薄陽にも、冬の凛とした日照にも似た、ーー。 時に襲われる寂寥の波が収まるのを待って、ヤマギは引き出しを閉めた。
2017-05-27 07:14:21@TOS 46(44、45欠番) Dear Shino 今日、メリビットさんの子どもが生まれたよ。 おやっさんが朝からそわそわしてたんだけど、病院から電話が来てすっ飛んで行ったのが、すごくおかしくて、でも、…温かいって思った。会えるのが楽しみだな。 from Yamagi
2017-05-27 09:43:02@TOS Dear Shino 今日はメリビットさんが赤ちゃん連れてきてくれたよ。 メリビットさんに似てるみたいだった。よかったよね。おやっさんもデレデレだった。 今度、ユージンたちとお祝いしようと思ってるんだ。 何がいいかな? シノ、…写真入れるね。 from Yamagi
2017-05-27 09:49:26@TOS 47飛ばしちゃった、48 ーー… 仕事を終えたヤマギは会社と家の真ん中くらいにある酒場に来た。 ドアの前から漂っていた、喧騒とアルコールと食事の匂いが、開けた途端に人々の熱気と共にクリアになった。 ヤマギはきょろきょろと見渡した。 「おーい!ヤマギ!こっちだ!こっち」
2017-05-27 09:54:39@TOS 49 声の方に顔を向けると、赤髪と褐色肌の男が二人、ひらひらと手を振っている。ダンテとチャドだ。ヤマギは二人の席に向かった。 「お疲れさん」 「お疲れ。二人?」 テーブルの上にはすでに空いたグラスが二つずつ乗っていた。 「ユージンは後から来るってさ」
2017-05-27 15:58:44@TOS 50 なに食う?とメニューを見せながらダンテが答えた。 「チャドはいるのに?」 ユージンとチャドは、鉄華団解体後、クーデリアのSPをしている。 「俺は先に出てきたんだ」 「仕事押しつけたんだ、ひどいな」 「違う!」 じとっとした目で睨むと、チャドが食ったように否定する。
2017-05-27 16:00:30@TOS 51 ヤマギはふっと笑いを溢した。 「わかってる。冗談だよ」 「お前なぁ…」 「で、何飲む?麦酒でいいのか?」 がくっと肩を落としているチャドを他所に、ダンテが注文を促すので頷いた。 明朗な声で店員を呼んで、三つの麦酒と適当に見繕ってを追加で注文した。
2017-05-27 16:06:40