折鶴蘭の少女 136~180

ようやく地上に出られた一同は、下山してふもとの廃店に身を寄せる。
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ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

折鶴蘭の少女 136  陽が暮れるまで街並みを見下ろしていてもしようがなかった。誰からというのでもなく、自然と足がふもとに向かった。大して間を置かずに分かったのが、道に沿って様々な看板が数百メートルおきに立ててあることだった。『槍別町の動植物』と題して、蝶や草花の 137へ

2017-05-25 17:40:09
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

137 写真を掲載しており、簡単な説明文が記してあった。年月日までは入ってない。傷んでいる看板も幾つかあり、歳月を感じさせた。一時間ほど道を下り、夕陽が消え去る寸前になって、ようやく街の一端……『倉成商店』なる小さな店の前に至った。相変わらず、自分達以外に誰の気配も 138へ

2017-05-25 17:48:55
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138 ない。店は、素っ気なくシャッターが降りていて、立ち話さえ許さないような雰囲気を漂わせていた。店の構えからすれば、数十年前の地方都市にはどこにでもあった、雑貨屋と飲食店と煙草屋を合体させたような造りだ。もっとも、一同にすれば、精々昭和時代を扱ったドラマか何かで 139へ

2017-05-25 17:54:34
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139 ちらっと見たくらいだ。自動販売機もあった。近づくまでもなく、電気が切られて野ざらしになったままだと理解出来る。電話ボックスさえ見当たらなかった。 「せめて、泊まる場所が欲しいよね」  薄墨色の空を仰いで、雅は言った。 「あ、見て下さい」  藍斗が示す方角には、 140へ

2017-05-25 18:00:00
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140 幅10メートルになろうかという一際巨大な看板があった。恐らくは地元が抱えるのであろう、山の写真と、その斜め上に折鶴蘭の写真がまとめてあった。『ようこそ槍別自然調和センターへ』との表題がある。 「観光地にしたかったのかな」  キョーカが、いかにも月並みなセンスだと 141へ

2017-05-25 18:07:35
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141 言いたげに看板を眺めた。 「でも、槍別なんて聞いたことないよ」  雅が言うと、キョーカもうなずいた。もっとも、同じ都道府県の人間でも、かかわりのない市町村まで全て把握しているとは限らない。 「空いてる本屋さんでも……」  店の裏で何かが激しく倒れる音がして、 142へ

2017-05-25 18:12:07
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142 三人はまとめて飛びずさった。 「ななな、何だろ」  雅は、バッグからハンカチを出した。 「み、雅さん、どうしたんですか?」  藍斗が、身体をすくませつつも聞いた。 「か、懐中電灯だよ。せめて明かりが……」 「それ、ハンカチ」  冷静なようでいて、キョーカは 143へ

2017-05-25 18:18:33
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

143 藍斗の背中に隠れていた。 「たたた、確かめないと。ほら、救助を待ってる生存者かも知れないじゃない」  ハンカチをしまい、懐中電灯を……実のところ、最初から手に持っていたのだが……雅はつけた。 「そ、それって、私達の方なんじゃ……」  藍斗も、キョーカに背中から 144へ

2017-05-25 18:22:17
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144 しがみつかれつつ、懐中電灯のスイッチをつけた。 「な、何か、武器とかない?」  キョーカは藍斗の耳元で言った。 「な……さそうです」  ナイフやバットはおろか、石ころ一つ見当たらない。 「一斉に、一斉に行こう」  雅が、腰を引かせたまま一歩踏み出した。キョーカを 145へ

2017-05-25 18:25:27
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

145 引きずりながら、藍斗も前進した。そうして、音のした方へ進むと、倒れて転がるビール瓶のケースと、数メートル離れた場所にうずくまる一匹の野良猫がいた。店の勝手口もあり、ドアは閉じられている。ガラスは破られていた。 「なーんだ、猫か」  雅が、殊更大袈裟に溜め息を 146へ

2017-05-25 18:30:47
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

146 つくと、野良猫はそのまま走り去った。 「ガラス、破れてますね」  藍斗が、野良猫より重大な事実を指摘した。 「誰かがやったんだよね」  ようやくにも藍斗から離れ、キョーカは確かめるように言った。 「な、な、中に、誰かいるのかなあ」  明るく陽気な棒読みを、 147へ

2017-05-25 18:34:19
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

147 雅はやってのけた。 「でも、物音とかしませんし」  冷静さを取り戻すと、藍斗は五感をすぐにフル活用し始めた。 「あ、あたし達を待ち伏せとか……」  キョーカの想像力はいつも奔放だった。 「ノックしてみる?」  雅の提案は、あながち無意味でもない。本当に待ち伏せ 148へ

2017-05-25 18:37:26
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148 しているなら、ノックしようがすまいが結局は同じことだ。 「はい、それがいいと思います」  藍斗は賛成した。キョーカもうなずいた。  雅は、懐中電灯を戸口に向けたまま、もう一方の手でためらいがちにノックした。反応はない。もう一回、少し強くノックしたが、同じだった。 149へ

2017-05-25 18:40:14
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

149 「開けようか?」  雅の大胆な提案に、二人は軽い衝撃を受けた。とは言え現実的な提案でもあった。見知らぬ街で、夜になってからさ迷うくらいなら、不法侵入してでも屋根の下にいる方がまだしもましだろう。緊急避難というものだ。 「他にしようがないと思います」  150へ

2017-05-25 18:44:40
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

150 「何だったら、あとで事情を話せばいいし」  キョーカも、正直なところ、歩き回るのはそろそろ終わりにしたかった。 「じゃあ、開けるよ」  雅は、ガラスの破れ目に腕を伸ばした。 「鍵、開いてるね」  手の感触で確かめ、腕を引っ込めてからノブを回した。 続く

2017-05-25 18:48:15
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

折鶴蘭の少女 151  入るなり、室内を懐中電灯で照らした雅は、安心していいのか悪いのか判断に困った。コンクリートが剥き出しになった床の上は、大雑把に言って、八割が商売の為に、二割が休憩の為に当てられていた。前者については、空になった棚や、段ボール箱で覆った 152へ

2017-05-28 08:25:25
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

152 アイスクリームか何かの冷蔵庫がある。良くも悪くも商品は残っていなかった。その代わりに、もっと衝撃を与える代物があった。ちょうど、店の出入口から見て真正面になる壁……そこはレジにもなっているが……に、等身大のポスターが張ってある。 「サミヤンヌ……」 153へ

2017-05-28 08:29:56
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

153 驚きの余りものが言えなくなった雅とキョーカに代わり、藍斗がぽつりと述べた。三人とも、インターネットの動画チャット等でしか見ていないが、確かに佐宮だ。セーラー服を身につけ、眼鏡をかけたショートカットの女の子が、はにかみながら笑っている。清純そのものといった 154へ

2017-05-28 08:35:40
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

154 初々しさだ。キャプションには『幸せ世界 平成7年槍別町イメージガール さみちゃん』とある。言うまでもなく、現在は平成29年である。 「キャプションがおかしいよ」  キョーカとしては、分かりきっていても口に出さずにはいられない。 「うん、おかしい」  雅も、 155へ

2017-05-28 08:41:26
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

155 それだけ口にするのが精一杯だ。 「あ、でも、お持ち帰りしたいかも。しないけど」  藍斗は常に、佐宮を独り占めしたがっていた。  明かりが懐中電灯だけなので、ポスターの内容を完全に把握するには少し時間がかかった。佐宮は、正確には、小高い丘の登り口に立っている。 156へ

2017-05-28 08:46:11
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

156 登り口にある看板には見覚えがあった。一同が、下山してすぐに目にしたものだ。つまり、少なくとも写真の背景がついさっきまでさ迷っていた山なのは理解出来た。 「サミヤンヌ、地域起こしに参加したのかな」  藍斗が、いささか未練を感じつつ、ポスターに向かって言った。 157へ

2017-05-28 08:52:10
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157 「さあ……でも、恥ずかしいから嫌がると思うんだけどな」  雅の意見ももっともだった。 「休憩スペースに、何かないかな」  キョーカが話題を変えた。確かに、いつまでもポスターを眺めるわけにはいかない。 「そうだね。お菓子でも何でも、残っていたらいいんだけど」 158へ

2017-05-28 08:56:32
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

158 一同は、懐中電灯の向きを変えた。休憩スペースは、障子とカーテンで二重に仕切られていた。それが中途半端に開けられ、畳敷きの上にちゃぶ台が置いてあるのが分かる。 「とにかく、座って休もうか」  実は雅は、自分が真っ先にそうしたかった。 「うん」 「賛成です」 159へ

2017-05-28 09:00:30
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

159 休憩スペースへは、靴をぬいで上がる。そこで、雅は一度足を止めた。 「アイスの冷蔵庫にかけてある段ボール……持ってこようか」  畳にせよ絨毯にせよ、人が使わなくなるとダニやほこりがこびりつくものだが、他に腰を降ろして休める場所はなかった。不法侵入の上に窃盗だが、 160へ

2017-05-28 09:07:45
ぞろ目の八ことマスケッター(旧1d6) @hm1d6

160 背に腹は変えられない。 「うーん……。やっちゃいますか」  藍斗も、伊座となれば大胆である。 「そうしようそうしよう」  衆議一決、雅は振り返り、アイスクリーム用の冷蔵庫に進んだ。バッグからハサミを出して、段ボールを固定していたビニールテープを切った。 161へ

2017-05-28 09:10:58