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小説を書くのに人生経験は不可欠か?~星新一の作家論・『きまぐれ星からの伝言』より

『きまぐれ星からの伝言』(牧眞司編/徳間書店)は、昨年2016年に星新一生誕90周年を記念して刊行されたバラエティブックです。 新井素子ファンとしての目線から非常に興味深い記述を発見しまして、それについて昨年ツイートしたものを自分でまとめました。
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新井素子研究会 @motoken1989

【素研更新】 - 「お仕事リスト:書籍」に『きまぐれ星からの伝言』(星新一/牧眞司編)を追加 motoken.na.coocan.jp/works/book/ess… 新井素子さんによる『声の網』の作品解説や、新井素子さんのデビューを決めた伝説の「第一回奇想天外SF新人賞選考座談会」を収録。

2016-12-25 22:21:38
新井素子研究会 @motoken1989

『きまぐれ星からの伝言』に収録された「第一回奇想天外SF新人賞選考座談会」が、何度読み返しても面白いです。当時高校二年生だった新井素子さんの投稿作「あたしの中の……」を巡り、激賞する星新一とその文体に拒絶反応を示す小松左京・筒井康隆の論戦は後々まで語り草となる程だったです。

2016-12-25 22:28:57
新井素子研究会 @motoken1989

僕が『奇想天外』1978年2月号の古本でこの座談会を読んだのは、今から30年近く前の大学時代でした。噂には聞いていましたが、星の褒めっぷりと小松・筒井の拒絶反応は完全に想像を超えていました。そして、もしこの場に星新一がいなかったら、新井素子さんはデビューできなかったか、

2016-12-25 22:35:33
新井素子研究会 @motoken1989

そうでなくてもデビューが何年も遅れることになったかも知れず、そしたら俺のような新井素子直撃世代の人生は変わっていたかも、などと改めて星新一に対し畏敬の念が沸き起こって来る程でした。

2016-12-25 22:36:42
新井素子研究会 @motoken1989

ただ、それにしても褒めすぎなのでは、と思ったのも一箇所あって。『きまぐれ星からの伝言』P.223で筒井康隆の問いに対して星はこんなことを言っています。

2016-12-25 22:39:56
新井素子研究会 @motoken1989

筒井 ほんとにこのままでいいと思いますか。これを入選させて、このままの調子であちこちからの作品依頼に応じさせてもいいと、ほんとうに思う?

2016-12-25 22:40:25
新井素子研究会 @motoken1989

星 そりゃ、いいと思うな。 SFと劇画で育った世代の象徴とみていいんじゃないかな。ぼくは、これによって人生観が変わった。なまじっかの社会体験ならむしろない方がいいらしい。

2016-12-25 22:40:42
新井素子研究会 @motoken1989

唐突に「人生観」という重たい単語が出てきて戸惑ったです。「あたしの中の……」を読んだことにより、「なまじっかの社会体験ならむしろない方がいいらしい」と星新一の「人生観が変わった」と。なんだか大げさな物言いに感じられました。

2016-12-25 22:45:00
新井素子研究会 @motoken1989

で、それから30年近くの歳月が流れ、今年『きまぐれ星からの伝言』を読んだ訳ですが、そしたらですね、「あたしの中の……」を読む前のv人生観=作家観が語られている処を見つけたんです。いやもう驚いたのなんの。あの発言の重みがぐっと増して感じられるようになりました。

2016-12-25 22:49:28
新井素子研究会 @motoken1989

三箇所ありました。抜き書きしてみます。まずひとつめ。エッセイ「SFの短編の書き方」(初刊『きまぐれ博物誌』1971年1月)にて、「アイデアのうまれる原理」を語った処。『きまぐれ星からの伝言』P.117より。

2016-12-25 22:50:56
新井素子研究会 @motoken1989

「一、知識の断片について。要するに本を読むなり、人生経験を経るなりして、知識の断片をふやすことだ。多ければ多いほど、組み合わせの範囲も広くなり、新鮮なものの発生率も高くなる計算である。しかし、知識の断片を得るはじから、すぐに忘れてしまうという性格の人は問題外である。

2016-12-25 22:52:03
新井素子研究会 @motoken1989

ふたつめ。「インタビュー 星新一(同人誌ベム)」(初出:「Bem」8号1967年7月)。『きまぐれ星からの伝言』P.181より。

2016-12-25 22:53:16
新井素子研究会 @motoken1989

「【12】我々、少年の書くSFについて ☆ 人は体験の少ないことが、一つの限界となっているようです。これは無理のないことです。だから社会の矛盾などをとりあげると、裏付けがなく、実感がうすくなります。

2016-12-25 22:53:44
新井素子研究会 @motoken1989

あまり無理をせず、少年の生活・少年の実感から発想された作品がもっとあっていいし、傑作も出るのではないかと思います。

2016-12-25 22:54:08
新井素子研究会 @motoken1989

みっつめ。対談:星新一VS福島正実「SFと純文学との出会い」(初出:「三田文学」1970年10月号)。『きまぐれ星からの伝言』P.203-204より。長い引用になります。

2016-12-25 22:55:01
新井素子研究会 @motoken1989

「星 あまりに卑俗な発言で恐縮ですが、文学青年というのはいかんのじゃないかと思います。青年時代に読むのはいいですよ。しかし青年には社会体験がないわけですよ。非常に観念的になってしまいます。小説を書いて安定した実績を残す人というのは、必ずしも若くして出ていないのですよ。

2016-12-25 22:55:44
新井素子研究会 @motoken1989

ある年代に達してから書き始めた。統計的にそうなっています。若くして書き始め名作を書きつづける人はいないことはないのですが、社会体験、人生体験が限られているから、じつに苦労している感じもするし、一種の天才でないとできない。

2016-12-25 22:56:16
新井素子研究会 @motoken1989

小説に情熱を燃やし、その炎を消さずに守りながら、ある時期を人生体験、これは義務教育みたいなもので、それを経なければむりじゃないかという気がします。

2016-12-25 22:56:59
新井素子研究会 @motoken1989

音楽やスポーツや碁や将棋の世界ならば、純粋に若い才能がそこにそのまま開花することはあるけれども、小説となると、ある社会体験を経なければこれはいかに情熱だけではどうにもならんのじゃないかという気がしてならないのですが。

2016-12-25 22:57:14
新井素子研究会 @motoken1989

「星 中学高校生なんかの作品、コントの選者やっていると、カンニング・マシンという機械を発明したなどという作品は、じつにうまいですね。体験に基づいていますものね。タイム・マシンで試験問題を調べるとか、実感がこもっていて、じつにいい。

2016-12-25 22:58:12
新井素子研究会 @motoken1989

しかし、これが夫婦喧嘩となると、ぜんぜんそらぞらしくなる。また、たとえばビジネスの経験がないから、大きな取引の描写、大発明品の売買なのに店でノートブックを買うのと同じ感じ。社会体験がある程度ないと、SFでも限界にすぐぶつかっちゃうようです。

2016-12-25 22:58:38
新井素子研究会 @motoken1989

小説を書くためには人生経験・社会体験が必須であり、それに欠ける若い人はいい小説は書けない、と思っていたようです。それが「あたしの中の……」を読んで「人生観が変わった」と。パズルのピースがぴたりとはまった感じがしました。

2016-12-25 23:00:57
新井素子研究会 @motoken1989

そして、「第一回奇想天外SF新人賞選考座談会」から8年後のインタビュー「戦後・私・SF」(『幻想文学』11号・1985年6月)で、星新一はこのように述べています。『きまぐれ星からの伝言』P.177より。

2016-12-25 23:04:03
新井素子研究会 @motoken1989

それと、社会が豊かになったために、若い人たちがいわゆる人生の苦労というものをあまり知らないで成長する。だから実体験で小説書こうとしても書くネタがなんにもない。そのかわり劇画でストーリーづくりのノウハウを覚えこんじゃってますから、

2016-12-25 23:08:37