魔女の家と勇者の話

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葛 鈴子 @omutan

異世界の話、魔女の家。深い森の中、何者の侵入をも拒む不思議な佇まいの家がある。時々姿を見せる魔女は、十数年経っても変わらぬ姿をしている。村人に聞いた噂を頼りに、少女は森の中を駆けている。少女、異世界の日本という国から召喚されてしまった勇者。

2017-06-18 14:50:02
葛 鈴子 @omutan

最初は楽しかった。見たこともないような美形に囲まれて「あなただけが頼りだ」とちやほやされて。……言葉通りだとは思わなかった。見目麗しい男性達は対人戦こそ強いらしいが、魔物に対してはまるで戦えないなんて。夢にも。

2017-06-18 14:54:57
葛 鈴子 @omutan

勇者の体液を摂取することだけが、この世界の人間に魔物と戦う力を与える唯一の手段。それを聞かされたのは数日前だ。旅に出てから随分疲れると思った。……寝ている間に、血を抜かれているなんて思わなかった。

2017-06-18 14:57:58
葛 鈴子 @omutan

「この旅が終わったら」一番の友人……あるいは、片思いの相手は満面の笑みで告げた。「子供を産んでください」プロポーズかと思う前に言葉が続く。「何人も、何十人も」それだけ、魔物と戦える血筋が増えると。

2017-06-18 15:00:13
葛 鈴子 @omutan

男は国の第三王子。それを聞き咎めたのはお付きの騎士と魔術師。「王子、我々にも権利はあります」「五百年前は戦いの中で勇者が死んだ、二百年前は一人目で産褥で死んだ。今回は失敗が許されないのに、何故今バラすのか!」勇者は、齢17の少女は逃げ出した。

2017-06-18 15:03:59
葛 鈴子 @omutan

1日でも体液を摂取できねば戦えないと喚く声を聞きながら逃げた。魔物だらけの森の中。3ヶ月一緒にいた青年たちを置いて逃げた。魔王を倒せば元の世界へ帰れるという約束をもはや信じられなかった。

2017-06-18 15:06:04
葛 鈴子 @omutan

勇者の能力の一つ、探知。それを使って見つけ出した建物。閉ざされた門。インターフォンを押せば受話器の上がった音。「あけてください、あけてください、たすけてください!いれてください!」中から走り出てきたのは少女と変わらぬくらいの人影。

2017-06-18 15:09:11
葛 鈴子 @omutan

門が開く。泣きじゃくる勇者は魔女らしき少女に抱きついてそのまま気を失った。魔女らしき少女……否、この家に住む魔女は勇者を見て驚いた。懐かしい、日本人の姿をしていたから。

2017-06-18 15:11:04
葛 鈴子 @omutan

勇者が懐かしい匂いに目を覚ます。台所から出てきた魔女、「あの、大丈夫」「あ、は、はい」「ええと、話を聞きたいけど、いいかな?」「あ、あの、先にちょっと、顔を洗わせて、ください!」勇者は身を起こして洗面所へと駆けた。

2017-06-18 15:13:58
葛 鈴子 @omutan

水道をひねり、ばしゃばしゃと顔を洗う。うさぎさんがついたタオルで顔と手を拭いて、ピンクのプラスチックブラシで髪を整えてダイニングへ。魔女が座る向かいの端の椅子へ腰を下ろしてから、「ええっ!?」声を上げた。

2017-06-18 15:16:48
葛 鈴子 @omutan

うさぎさんのタオル。ピンクのブラシ。子供の落書き跡が残るテーブル。花柄のカーテン。虎のマークの魔法瓶。柿色の急須。お客様用の『ありたやき』の湯呑み。目の前の彼女。「……ちぃ、ねえちゃん……?」呼ばれた魔女の顔にも驚き。

2017-06-18 15:21:52
葛 鈴子 @omutan

「ちぃ、ねぇちゃん、ちぃねぇちゃんだよね?!あたしだよ、みなだよ!なんで……なんで、どうして……」「みな……?美しいに、菜っ葉の菜で、美菜?」「美しいに菜の花の菜だよぉ〜〜、うわーん、ちぃねぇちゃんだあああ〜〜!」

2017-06-18 15:25:04
葛 鈴子 @omutan

「ごめんなさい、ごめんなさいっ!あた、あたしが、おばあちゃんに、わがままいって、雨なのに、アイス、買いに行かなかったら……!」「……美菜のせいじゃないよ。でも、そっか。向こうの家は、なくなったのか」十四年前。雨。具合を悪くして寝ていた少女。落雷。倒木。引火。魔女が魔女になった日。

2017-06-18 15:30:00
葛 鈴子 @omutan

「私はこっちでも結構楽しくやってたよ、食べ物のあの日から減らないし。それにさ、遊びに来てくれる友達もいるし、本もゲームもあるし!」「……ちぃねぇちゃん」「それより、何があったのか聞かせて、美菜。どうして泣いてたの?どうしてこの世界にいるの?」「……あのね……」

2017-06-18 15:33:27
葛 鈴子 @omutan

勇者から話を聞いた魔女は渋面。彼女にとって目の前で泣きじゃくる少女は、『三歳』の頃に生き別れた『姪っ子』だ。そんな姪を利用しようとした国が許せない。魔女が悩んでいるとインターフォンが鳴る。「おい魔女っ、無事であるか!?」「……事情を説明する。入ってきて」

2017-06-18 15:37:02
葛 鈴子 @omutan

入ってきたのは髭を蓄えた貴族風の出で立ちの男性。ただその頭部に山羊の角が生えている。「マーくん、この娘は私の姪っ子の美菜。……当代の、召喚勇者」「なんと、魔女の姪御が勇者だと……?!おのれ、あの国めよりによって!!」「みな。こいつはマーくん。当代の魔王」「ま、魔王?!」

2017-06-18 15:40:00
葛 鈴子 @omutan

かくして魔王と魔女は手を組み、姪を利用した国に復讐を「そういうのは良いから、もう、帰りたい……」しない。「私はね、この世界の魔力がないと死んじゃうから帰れない。でも、みなだけなら帰れる。絶対、帰してあげる。だって、あたしがした親不孝を、みなにさせるわけにはいかない」

2017-06-18 15:43:24
葛 鈴子 @omutan

幸い、追っ手は来なかった。魔王は召喚魔法の術式を手に入れ、送還魔法の術式を組み立てる。3ヶ月後に出来上がり、次の日に勇者は日本に帰れることになった。勇者は魔女との別れを惜しみながら、あることを頼む。

2017-06-18 15:47:30
葛 鈴子 @omutan

勇者は日本に帰還。対外的には家出をしていたことにして。「あたしね、ちぃねぇちゃんに会ってきたよ」勇者が手にしていたスマホ。電気の通る魔女の家で充電して、動画を撮っていた。「お父さん、お母さん、お姉ちゃん、謙一さん、千代です……」動画の中で魔女近況を伝える魔女に、家族はまた泣いた。

2017-06-18 15:51:39
葛 鈴子 @omutan

魔女の住む世界。勇者召喚の術式を持つ国は一夜で滅んだ。元々、五百年前の勇者に呪われていた国だった。二百年前に、時の王族に恋した勇者が呪いを緩和した国だった。勇者が体液を分け与えるならば戦う力が与えられるとした国だった。再びの裏切りは国の崩壊とイコールだった。

2017-06-18 15:55:33
葛 鈴子 @omutan

異世界の話。深い森の中。魔女の住む奇妙な家がある。いつからかそこには、幼子を連れた魔王が出入りするようになった。そういう話。

2017-06-18 15:56:58