異国とこの世の境目で長月は皐月に出会った

長月皐月、皐月長月。赤草さんにありがとうを
1
ラスカる @Not_Araiguma

爵位付き士族の娘長月が旅行で訪れた神戸。そこで彼女は不思議な金髪の少女、皐月と出会い…

2017-07-22 11:35:01
ラスカる @Not_Araiguma

「異国風の髪色をしたその少女は、しかしどこか和風の佇まいを感じる出で立ちでそこにいた」

2017-07-22 11:35:54
ラスカる @Not_Araiguma

そういった士族の殆どが没落する中、運良く男爵の称号を賜った我が家はなんとかその気風と家柄を保ったまま今に至る。私も庶民と同じように暮らすなど想像も出来ないので、上手いこと立ち回り家を存続させた祖父を尊敬するばかりである。」

2017-07-22 11:40:08
ラスカる @Not_Araiguma

もし爵位付きで無ければ、こうして異国と本土の風景が入り乱れる不思議な港街、神戸へ旅行に行くなどとても無理な話だっただろう。しっかりしていると言われはするがまだまだ幼いと自覚している私にとって、此度の旅行は良い経験になったと振り返る。 __彼女とも出会えたのだから。

2017-07-22 11:43:00
ラスカる @Not_Araiguma

彼女。異国では時折見かけるという金色の髪を潮風になびかせながらもどこか私みたいな本土で生きる人々と同じような肌の色をした少女。 そう、私はここ神戸で『皐月』と出会った。 それは偶然ではない。きっと、必然だったのだ__。

2017-07-22 11:45:23
ラスカる @Not_Araiguma

「ああっ!貴方が長月さんだね!」 彼女の第一印象は控えめに言ってもあまり良いものでは無かった。馴れ馴れしい。そうした態度は私が好みとするものでは無かったからだ。 「その、なんだ貴様は。いきなり馴れ馴れしいぞ」 「あ、そっか。長月さんは僕のこと知らないもんね」 「…?当たり前だろ」

2017-07-22 12:45:31
ラスカる @Not_Araiguma

態度こそ悪く感じたが、このふっと湧くような親近感は何だ。今よりもっと幼い頃に出会った旧友?それとも私が知らない遠縁の親戚? そんなはずは無い。このような嫌でも目立つ金髪の娘を覚えていないはずなど無い。 …無性に彼女の正体が気になってきた。正体不明の異国風の少女、まるで小説だな。

2017-07-22 11:57:27
ラスカる @Not_Araiguma

正体を探るため、私は彼女と並んでしばらく歩くことにした。 その少女は『皐月』と名乗った。初夏に煌めく太陽を現したかのようなその名前を聞いた途端、まるで私が名付けたかのような錯覚を覚えた。 そのことを恐る恐る彼女に伝えると、驚きと嬉しさが混じった表情になった。

2017-07-22 12:00:23
ラスカる @Not_Araiguma

「そっか、そうだね。うん、ありがとう」 「礼を言われる意味が分からないのだが…」 「ううん、言わせて。僕を『皐月』にしてくれて本当にありがとう」 …赤ん坊の頃に出会ったりしているのだろうか?分からない。本当にどうして皐月は私のことを…。 洋宿に帰ったら母上に聞いてみるか。

2017-07-22 12:36:01
ラスカる @Not_Araiguma

「そろそろ帰らないと」 「門限が厳しいんだな」 まだ日は高い。帰って夜会の準備でもするのだろうか。いや、彼女が別に私と同じような境遇の家にいるとは限らないが。何故同じだと思ったんだ、私は…? 「門限というよりは、まぁとにかく時間がもう無いんだ。結構無理してここに来たからね」

2017-07-22 12:08:57
ラスカる @Not_Araiguma

「そうか…。また会おう」 「うん、またいつか。きっと会えるよ」 「その謎の自信は一体どこから来るんだ…?」 「あはは、これが私の取り柄だからね。…そうだ」 皐月は何か思いついたらしい。両腕を広げて笑みを浮かべている。 「最後にさ、ぎゅって抱っこしてよ」 「んなっ」 晴天の霹靂。

2017-07-22 12:12:40
ラスカる @Not_Araiguma

「馬鹿、何を言って…。こんな往来でだ、抱きつくなど出来るかっ」 「えー。でもこの時代、長月さんみたいな女学生は姉妹より深い関係になるって聞いたんだけど」 「え、エスは一部の者がしていることだ!…それに、そんなの私には似合わないし」 くっ、何をもじもじしているんだ私は。似合わない。

2017-07-22 12:15:01
ラスカる @Not_Araiguma

「…それなら仕方ないか。じゃあね、長月さん」 「ま、待てっ!」 「え?」 何故呼び止めたのだ、私は。何故"今を逃せば二度と出来ない"などという思考が走ったのだ、私に。 …ああ、もう! 「わっ」 「こここ、これでいいか!」 「…うん、とってもいいよ。ありがとう長月さん。いや、お…」

2017-07-22 12:17:26
ラスカる @Not_Araiguma

皐月が抱きついた私の耳元で何か囁きかけた辺りで、その言葉が不意に途切れた。 「皐月…?」 異変に気付いた私が辺りを見回すと、皐月の姿はどこにも無かった。 私は、幻を見ていたのか…?いや、そんなはずはない。歯をむき出しにして笑った表情と天真爛漫な声は確かに私の記憶に残っている。

2017-07-22 12:22:46
ラスカる @Not_Araiguma

「皐月…」 私は煉瓦造りの並ぶ街中で一人、立ち尽くした。 (また、会えるだろうか) ほんの僅かな時を共に過ごした少女、皐月。私は彼女のことを生涯忘れることは無かった。…いや、違うな。 "忘れなくて当然"だったのだ。

2017-07-22 12:25:43
ラスカる @Not_Araiguma

____ 「わぁ、懐かしいなぁ」 「お母さん、何見てるの?」 「古いアルバムの写真よ」 「なになに私にも見せてー!わ、これフィルムってので撮った写真なんでしょ。古ーい!」 「古くて当たり前よ?だってこれ、貴方のひいお婆ちゃんの頃の写真なんだから」 「ひいお婆ちゃん?」

2017-07-22 12:27:28
ラスカる @Not_Araiguma

「これがひいお婆ちゃんよ。この薙刀を構えて凛と立ってる人ね」 「わ、かっこいー!」 「で、こっちが若い時の写真ね」 「かわいー!」 「孫にそう言われてるの知ったら、きっとひいお婆ちゃんも喜ぶでしょうね」 「ひいお婆ちゃんかぁ。僕の小さい頃に死んじゃったんだっけ」

2017-07-22 12:30:29
ラスカる @Not_Araiguma

「ええ。だから覚えてなくても仕方ないわね。あ、そうそう」 「なぁに?」 「貴方の名前『皐月』はね、ひいお婆ちゃんが付けてくれた名前なのよ」 「そうなの?そうだったんだ…」 「生まれたばかりの貴方を見て、なんだか懐かしいものを見た顔してたっけ」 「そうなんだ。…ひいお婆ちゃんかぁ」

2017-07-22 12:32:16
ラスカる @Not_Araiguma

その夜。僕は何年も掛けて貯めていた貯金箱の中身を一思いに開けた。 「お金は……よし、ギリギリ揃ってる!」 使い道は公共の貸し出しタイムマシン。向こうにいられる時間は三十分しか無いけれど、一目見るには充分な時間だ。 「待っててね、長月お婆ちゃん…!」 (終)

2017-07-22 12:35:11