神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

提督は膝からその場に崩れ落ちた 「神通が、神通が・・・死・・・」 目の前で起こったことが理解できない、いやこれは現実などではない、現実などではないのだ こんなことがあってはならない、俺はもう二度と神通を失わないと決めた、そのはずだった、なのに・・・ #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

神通が倒れてから動かなくなった提督を、川内はただ冷めた目で見ていた ほんのひと時の命のやり取りの最中、アドレナリンで沸き立った脳内は今は冷え、あるのはただ空虚さばかり ああ、この人はやっぱりそうだ 今も昔も神通しか見えていないのだ だからきっと今私が殺した深海棲艦も、 #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

提督の中では神通そのものであったに違いない 提督は愛する人を、いや既に人ではなくなっても、二度も喪ったのだ それに気付いてしまってからは、川内の提督への殺意もどこかへ消えうせてしまっていた そんな川内の前で提督は斧を逆手に持ちかえると・・・ 「提督、ダメ・・・！！」 #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

その刃を自らの額に打ち込んだ だが一度では死に切れなかったらしい、もう一度強く強く白刃を頭骨に押し当て崩れ落ち、そうしてやっと動かなくなった 「ああ、やっとこの人は楽になれたんだな・・・」 そう川内が呟いたときだった #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

「テイ・・・トク・・・」 耳障りな金属音に頭を巡らすと、死んだとばかり思っていた軽巡棲姫が、床を這いずって来ていた 「ソンナ、ワタシヲオイテイカナイデクダサイ・・・ テイトク・・・」 苦しそうに呻きながら半分千切れかけた下半身を引き摺り迫るその深海棲艦の姿に、 #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

川内の胸に再度憎悪が湧く こいつさえいなければ、こいつが神通の名前さえ騙らなければ、提督はただの病人でいられたのだ 誰も不幸にはならなかったし、那珂も死なずに済んだ その怒りの矛先が目の前で死に掛けている化け物に向けられる 「それ以上提督に、近づくな・・・！！」 #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

川内は手斧を拾うと、軽巡棲姫の背中に振り下ろした ぶちぶちと千切れた肉の間から臓物や青い体液がこぼれ広まっていく それでも軽巡棲姫は提督に向け、這いずるのをやめない 「このっ、このっ、このっっっ！！」 何度も何度も斧を振り下ろす 下半身が千切れ艦尾の艤装と共に右腕が #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

落ち、頭の仮面が斧の直撃で砕けてもなお、軽巡棲姫は進むのをやめなかった 「テイトク、イマ、ソチラニ・・・」 体を引っ張る左腕が提督の顔に触れ、その頬を愛おしそうに撫でる 「アイ・・・シテマス・・・」 そう呟いて軽巡棲姫は、提督と体を重ねたまま事切れた #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

仮面の下から赤い涙を流して 「くそ、この、なんで・・・ なんでよお・・・」 取り戻せなかった 提督の心を、化け物に奪われたまま・・・ その悔しさに耐え切れなくなった嗚咽があふれ出す #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

「あああああああああああああああああああああああああああああ！！！！！！！」 その川内の獣のような咆哮は、夜の闇を裂いて、ずっと響き続けていた #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

・・・夜の闇 どこまでも続く夜の闇に、川内は必死に目を凝らす 暗い、何も見えない、黒い・・・ しばらくしてそれは、海の底だと気付いた 道理で見えない訳だ、道理で寒いわけだ そんなことをひとりぼやいていると耳元で聞きなれた声がする 『病室にこもってたって、帰ってこられる #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

訳じゃないんだよ？』 那珂の声に振り向くと、軽巡棲鬼が笑っている 違う、私は正常な世界に戻りたいわけではない 『愛する人がいれば、耐えられるのに』 神通の声がした方を見るとそこには、額に斧の刺さったまま幸せそうに、口元だけで微笑む軽巡棲姫と腕を組んだ提督がいた #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

『なんなら俺みたいに潔くさっぱっりやれよ そうすりゃ楽になれる』 違う、この不眠と狂気に耐えられないわけでも、楽になりたいわけでもない 私はただ・・・ 『サバカレタイノ？ ミズカラノ　ツミヲ、ミズカラノ　テデ』 #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

背後から声が聞こえると同時に川内は目を覚ました ソファーに身を起こしてスマホを見ると、まだ日の出までは一時間以上ある すっかり慣れきってしまった頭痛とともに川内は起き上がると、洗面所へと向かう 鏡の中の自分は、やつれ眼光が鋭くなり、全くの別人に見えた #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

あの夜は、全てを変えてしまったのだ 自らの顔も、艦娘としての人生も、そして平穏の夜も 川内は腰のキットルを取ると一口煽る これのおかげで今では夜でも眠ることができるようになっていた ・・・三日に一遍ほどだが #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

『ソンナニタエテ、ドウスルノ？』 鏡の中の自分が嗤い掛ける 「うるさい、黙れ」 キットルを煽る 『モウアナタニ、ミライナンテナイノヨ』 「知ったことか」 気付けばキットルは空になっていた #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

川内はため息をつく もうどうせ今までのように夜戦に行けるわけでもない 多少飲みすぎても構わないだろう そう思ってみても、心は全く晴れない かつての川内は、本当の闇と言うものは真っ暗なものだと思い込んでいた だが、今は違う 本当の闇とは、何もない虚無のことなのだ #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

そう、この胸の中のように セーラー服を捲り上げた川内の胸には、真っ黒な穴が開いていた 日に日に大きさを増していくそれは、いずれ川内自身を飲み込んでしまうのだろう そうなった後がどうなるのかは、大方予想がつく ・・・夢に出てきた姉妹艦と同じ運命が待ち受けているのだろう #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

だが、川内はそうなるつもりはなかった 目の前の戸棚を空けると、小さな鉄のリボルバー 深海棲艦には寿命の概念がない いつまでも終わらぬ地獄を味わうくらいなら、人のままで死ぬ方がどれほどよいことか 川内はその手のひらに収まるほどに小さな救いを、こめかみに押し当てた #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

装弾数は一発のみ 小指の先ほどの、ほんの数グラムの救い それを指先だけの動きで、命に撃ち込む 川内は迷うことなく、引き金を引いた #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

・・・願わくば、死後の世界でも、酒の味が分かる身体だといいのだが #神通の唄