神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

すすり泣きのような声が届く それは、数メートル先に黒々と口を空けた、診察室からのものだった よく耳を澄ますとなにか液体の滴るような音もする 川内の声に気付いたのか、すすり泣きの声が一層大きくなる それは、川内にとって聞き覚えのある声だった 「・・・那珂？」 #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

「オネエ・・・チャン・・・？」 掠れたというよりも爛れた、という方が相応しい そんな、金属同士をすり合わせるかのような神経に障る不快な音 妹の美声とはまるで異なるそれはだが川内の期待を裏切って、愛する姉の名を呼んだ 「オネエチャン、ナンデ・・・？」 「那珂なの！？」 #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

川内はおもわず駆け寄った ・・・那珂の制止も聞かず 「オネエチャン、コナイデ・・・！！」 「那珂！？」 そして、それを見てしまった 「ミナイデ、オネガイ・・・」 深海棲艦と化した妹の、その醜い姿を #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

「・・・いやあああああああああああああああああ！？」 川内の絹を裂くような悲鳴が響き渡る 「なんで、那珂が・・・ そんな、嘘よ、嘘に決まって・・・」 へなへなとその場に崩れ落ち必死に後ずさる川内に、那珂の顔をした化け物が迫り来る 「オネエチャン、オネガイ・・・」 #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

「いや、来ないで・・・！！ いや、こんなのって・・・」 「コノカラダ、イタイノ・・・ オネガイ、タスケテ・・・！！」 川内の下半身に那珂の身体から滴った深海棲艦の冷たい体液がどろどろと零れ落ちる その時だった 必死に床を探る川内の手に、固い感触 #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

「うわああああああああああああああ！？！？」 恐怖のあまり裏返った声を上げ川内はそれを、那珂にたたきつけた 「ギャアアアアアアアアアアア！！！！」 身体を鉄パイプで貫かれた那珂の悲鳴にはっと我に返った川内はすかさず距離を詰め、鉄パイプを引き抜くと那珂の体に叩きつける #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

闇に青白い体液が飛ぶたびに那珂の口からは、ひび割れた悲鳴が上がった 「イタイ・・・イタイ・・・ イタイ、イタイ、イタイ・・・ イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイィィィィィ！！！！」 #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

「死ね、この那珂の名を騙る化け物め！！ 死ね、死ね、死ね・・・！！！」 川内の鉄パイプが振り下ろされるたびに敵の身体は小さな「ヒッ、ギイィッ！！」という声を上げながら震え、やがてそれは生肉を叩きつけるかのような湿った音に代わって行った #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

敵の身体が動かなくなる頃にようやく川内は自らの手の痺れに気付き、鉄パイプを離す 「なんで、なんなのよ、もう・・・！！」 そう言って顔の、涙か汗か化け物の体液かも分からぬ液体を拭おうとしたときだった 敵との思わぬ相対で極限まで研ぎ澄まされていた五感が背後からの殺気に、 #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

考えるよりも早く身体を弾く 直後、川内のいた場所に振り下ろされる手斧 「なんだ、いい勘してるな 実の妹を殺した後だって言うのに」 「き、貴様・・・！！」 川内の憎悪と殺意を煮詰めた視線の先に、提督がいた 「貴様が、貴様が那珂を・・・！！」 #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

「殺してなどいない、殺したのはお前だよ、川内」 「あれは那珂なんかじゃない！！ 貴様が殺したんだ、神通も那珂も、私の妹たちを・・・！！」 白刃一閃、再度振りかぶられた手斧を済んでのところで足元の鉄パイプで受け止め、すばやく距離をとる 「殺してやる、殺してやる・・・！」 #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

「そっちがその気ならこちらも手間が省ける これ以上付きまとわれるのは迷惑なんでな」 かくして、深夜の廃病院での、最後の戦いが始まった #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

広い部屋の中、二人の距離がじりじりと詰められる 先に動いたのは川内だった 提督の手斧が振りかぶられるタイミングを読んで懐へと飛び込む、がそれを見越した提督の前蹴りに吹き飛び床を転げる 「どうした、それでも旗艦か？」 あざけるような暴言 だが冷静さを欠いてはならない #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

鉄パイプを聞き手の右手に構えると、被弾面積を減らすべく半身に構え、今度は提督に悟られる前に一気に飛びかかると、提督が手斧を振り上げた瞬間身を引き、がら空きになった背中へパイプを振り下ろした 「ぐぅッッ・・・！！」 逆袈裟に振り上げられる手斧をかわすと川内は鼻で笑った #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

「提督、喧嘩は素人でしょ」 いくら訓練や空手で鍛えているとはいえ、徒手格闘においては最前線で身体を張っている川内とは比べるべくもない 長期戦になればどちらが不利かは、明らかだった それを理解している川内はあえて提督の大振りを誘い、着実に体力を消耗させていく #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

だが川内のほうも無傷ではなかった 最初に蹴飛ばされ転んだときの生傷からは出血が続いている上、手斧を何度も受けている鉄パイプを持つ手も痺れで半分感覚がない 川内の意図を理解したのか攻撃を控える提督にこれ以上の消耗戦も無意味とあれば、双方に残されたのは短期決戦しかなかった #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

意を決した川内が、最後の一撃を加えようと鉄パイプを下段に構える ・・・その時だった 川内の腕を、冷たい何かが掴んだ 「ナイスタイミングだ、神通」 #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

「な、何！？ ちょっと、離し・・・ひッ！？」 羽交い絞めにされあがく川内の顔の横に、見慣れた口元と鬼の面 「サアテイトク、ヤッテクダサイ」 川内が向き直ると、闇の中ひときわ白く輝いた斧が、自分をめがけて振り下ろされていた #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

「提督、やりましたね！」 「ああ神通、これで俺たちを邪魔するやつはいない！」 左肩から血を噴出しながらゆっくりと倒れる川内を尻目に神通は駆け寄ると、提督に抱きついた 「これで二人、いつまでも一緒にいられるな」 「ええ ずっと提督とご一緒します」 #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

ああ、よかった これでもう何の心配もいらない・・・ 腕の中に広まる神通の暖かさが殊更愛おしく、強く強く抱きしめながら貪るような激しいキスを交わす二人 「これで終わったんだ、ようやく」 「ええ、提督 愛していま・・・」 #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

だが神通の言葉は、激しい轟音にかき消された 「神通！？ 神通、くそッ！！」 力なく倒れる神通の向こうには、右腕だけでショットガンを構えた川内の姿 「・・・くたばりやがれ、化け物め」 銃社会の米国ですら所持を禁じられている、銃身を短く切り詰め殺傷力を増した散弾銃 #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

その凶悪な武器から放たれた、猛獣を一撃で打ち倒すほどの散弾が神通の背中を砕いたのだ 神通がよろよろと部屋の隅へはいずっていくのを視界の端に捕らえながら、提督は手斧を握りなおす まずいことに、川内の猟銃は二連装 まだ一発弾が残っている こうなれば神通を守るため、 #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

自らの命と代えてでもあの怪物を倒さなくては 一瞬の思考の後に提督は手斧を振りかざし一気に駆け出す それを見た川内の銃口がゆっくりと上がっていく まだだ、まだ間に合う・・・！！ 銃口が提督の顔面を指すと同時に、提督は投げた手斧が川内に致命的なダメージを与えられる位置に #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

迫っていた 勝った・・・！！ そう確信した提督が斧を振り上げた目前、川内はにやりと笑うと・・・ その銃口を、真横に向けた その先には、いまだ血を流しながら川内の死角から襲いかかろうと力なく立ち上がった、神通の姿 「辞めろおおおおおおおおおおおおお！！！！」 #神通の唄

深海さかな @dzurablk_kai

一瞬の閃光と共に拳銃弾ほどもある９つの鉛のベアリングが、神通の腹部に打ち込まれる 内部で互いがぶつかり拡散した弾体は内臓や骨を砕きながら、射出時の何倍もの径をうがち神通の背中側から抜けた 声もなくその場に倒れる神通 川内の狂ったような笑い声 提督は声も出せなかった #神通の唄