深海棲艦に育てられた神通さん

深海さかな @dzurablk_kai

私が初めて艤装を身につけ海に出たのは、七歳になったときのことだった 「地上では七歳になった子に『らんどせる』とか言うのを贈るんだったわよね この島にはそんなものないし、私たちの誰も本物のランドセルを見たことがないから、代わりといってはなんだけど」 #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

そう言って私に初めての艤装をくれたのは、タ級だった 「有り合わせで作ったから、ちょっと調整が済んでない部分もあるけれど 海の上は普通に航行できると思うわ」 「これター姉が作ってくれたの！？」 喜び勇んだ私は咄嗟にそう問いかけたことを今でも覚えている #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

「設計はね 実際に組み立ててくれたのはヲ級よ」 「部品集めはチ級も協力してくれたのよね～？」 会話に便乗してル級が悪戯っぽい視線をチ級に向ける 「う、うっせえ！！ 早く戦力になってもらわねえと困るからだ！！」 #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

「ありがとう皆！」 私がそうお礼を言ったときに、一番照れくさそうにして顔を背けていたのはチ級だった 「こ、これで明日からビシバシシバいてやるからな！！ 覚悟しとけよ！！」 #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

「あらあら、照れちゃって可愛い♪」 「一番乗り気だったくせにな」 「ツンデレ・・・」 「うっせえ！！」 談笑と四人の笑顔、温かな食事と団欒の空間 どれも私にとって、かけがえのない瞬間だった #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

だがそんなチ級も、一度海の上に出ると厳しいことこの上なかった 艤装をつけてよちよち歩きよろしく航行する（それすら一週間と掛かったが）私に浴びせられる容赦のない叱責と訓練弾の水柱に、早くも私の心は折れそうだった #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

座学でタ級やル級から砲撃距離の計算方法や敵との戦闘については教わっていたものの、実際に外洋に出るとそんな理屈は全て混乱のうちに波間に消えていってしまう その代わりに訪れるのはチ級からの砲撃と怒声、そして拳骨 #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

いつもは優しかったほかの皆も、私がチ級に訓練で酷い目に逢わされることに関しては誰も異議を唱えなかった 結果的に甘える術をなくした私は必死で毎日の訓練に追いすがるようになり、次第に叱責されることも少なくなっていった 相変わらず怒鳴られはしていたが #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

そんな訓練を乗り越えるうちに、気がつくと私は十二歳になっていた その十二歳の誕生日（実際の誕生日ではなく私がこの島に来て暮らし始めるようになった日付だ）にチ級から贈られたのが、鬼のような仮面と四つのレンズのついた黒い仮面だった #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

「ほら、これをお前にやる お前はもう一人前だから、これ以上教えてやれることもない この仮面はその証だ」 チ級は真っ直ぐに私の瞳を見つめながら（とはいっても仮面越しで視線が定かではなかったが）そう言った #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

「お前は俺たちみたいに夜目も効かなければ赤外線も見えない 無線の声も直接は聞こえないだろう これにはそんな機能が全部入ってるから、お前でも夜の海で戦えるはずだ」 チ級はこう言ったものの数日前に私は寝床の中で、仮面に秘められた別の理由も耳にしていた #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

「なあ、あいつもいい歳だ どうするつもりなんだ？」 とチーさんの声 「どうもこうも あの子は私たちの家族でしょう」 こちらはターお姉ちゃんの声だった 「そんなこと言ってられるかよ これ以上俺たちと一緒にいたら、あいつまで危険に晒されるんだぞ」 #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

「わかってるわよそんなこと！」 「艦娘ごとき何隻来ようが、俺は怖くねえ だがあいつにとっては元は同じ土地で育った人間同士なんだぜ」 「・・・何が言いたいのよ、チ級」 しばしの沈黙の後にチーさんはこう答えた #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

「あいつ、そろそろ陸に返してやらなきゃならないんじゃないか？」 寝床で耳にしたこの言葉で、私は全てを理解した 最初に私が島に来たときに拒絶したのも、訓練で私に厳しく接していたのも、全てはチ級が私のことを案じてくれていたからこそなのだと #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

だから私は、心に決めていたのだ たとえどんな危険に晒されても、彼女たち深海棲艦と一緒に戦うと 「あいつは多分、帰りたがらないだろうな・・・」 「でしょうね」 私の心中を察したかのように二人の会話は続く #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

「ならせめて、あいつの目を隠してやらねえと 人間の目は青くは光らないからな、もし海上で艦娘どもと出くわしたら最悪、裏切り者扱いされてリンチで殺されかねない」 「お面か何かが要るって事？」 「顔の全体だけじゃなくていい、目元を隠せるのがいいんだ」 #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

そんなわけでの黒い仮面であった つまるところこの仮面は、チ級のように何かを庇ったり隠したりするためのものではなく、「私が人間であること」を隠すためのものなのだ この日以降私は海に出るときは常に黒い仮面を身につけるようになった #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

仮面をつけて黒いワンピースを身にまとった私の姿を目にしたチ級は、顔には出さなかったものの、心底嬉しそうであった #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

そんなこんなで月日は流れ、私も十八歳になった 相変わらずサバイバルと訓練に明け暮れる、厳しくも楽しい日々 時折流れ着く新聞を五人で覗き込んでみるに世界情勢は相変わらずの戦争下であったが、島の暮らしは至って平和だった #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

楽しかった、幸せだった この上なく満ち足りていたし、かけがえの無い家庭であった だが、そんな日々は永遠には続かなかった #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

・・・奴らが島に攻め込んできたのは、私が二十歳になる少し前のことだった #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

その日はとても暑い夏の日だったことを覚えている 「少しお仕事を頼みたいんだけれど 近くの味方から要請があったの」 そう言ってタ級は私とチ級を呼び出した 「まあお仕事といっても、簡単な輸送任務よ 装備を運ぶその護衛」 #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

私の幼少期から続くこの戦争は十数年の時を経てもなお終わる兆しは見せず、それどころか近年は激化していく一方であった 小さな無人島で暮らす私たち五人にすらその影が忍び寄っていることからも、戦局は優勢とは言いがたい #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

「物資を運ぶ要員は明日にでもこっちに着くから、それと同行するだけの簡単なお仕事よ 緊張するほどのこともないわ」 私の不安げな面持ちを見て取ったル級の投げかける言の葉 「そもそも、この中で一番脚が早くて腕も立つお前が負けるなんてありえねえだろ」 #深海棲艦に育てられた艦娘

深海さかな @dzurablk_kai

とチ級も続ける 「まあ、俺が直々に指導してやったんだ 無様な所見せでもしたら後ろから蹴り飛ばしてやるけどな！」 「ありがとうございます 少し、元気が出ました」 「そうでなくてもチ級はしょっちゅう私たちに誤射するしねぇ」 #深海棲艦に育てられた艦娘